第58話 ベルン王国との戦争 2

 様子見程度の緒戦。

 旧ミリシア王都近くのビルピス平原で、我等のベルン王国近衛師団が、グランザイア帝国・コリコス王国連合軍とぶつかったが、手痛い敗北を喫した。


「あの様な場所に湿地帯があるとは」


 延々と連なる平原。

 我々はそう理解して、騎兵中心の軍編成を取っていた。


 だが奴等は、特に帝国軍は軽歩兵弓兵を中核に機動力を主体とする軍編成だった。


「帝国軍を見るに、彼等はこの湿地帯を把握していた様だな。見事に此処に誘い込まれている。その為の軽歩兵。そして此方が身動き取れなくなったのを見計らって弓兵の攻撃。ゼクト元帥、我等の斥候は昼寝でもしていたのか?」


 王太子たるハンス=ベルンの詰問に、ゼクトは真っ赤な顔をしつつ憤然と応えた。


「その様な事は…。ミリシアの者からも聞いてはおりませぬし」

「どうやら投降したミリシア兵も知らなかったか、それとも此方に知らせたく無い程の恨みを買っていたか。どちらにせよ、我々の認識は甘かった様だ」

「…」


 見ると父国王アルベルト3世も怒りに震えている。

「余は彼奴等に『キツい罰を与えよ』と言った筈じゃ。ゼクト元帥!この失態は如何なる事ぞ?」

「申し訳ございません、陛下。ですが、まだ緒戦。これからやりようはどの様にでも…」

「あるのか?たった今、我々の認識は甘かった、と言ったばかりだったのだがな」


 私の追求も少し強くなる。

陛下父上、先日此方を件のテイマーが偵察していた事は報告したと思います。彼者はミリシア宮廷魔術師たるパルム侯爵夫人と共に行動しておりました事も併せて報告致しました。当方と偵察力は雲泥の差があると言わざるを得ません」

「フム。面白く無い報告じゃの」

「地の利は彼等に有る。その認識の上で今後は臨むべきでしょう。であるならば、我等の不利は否めません。これ以上傷口を拡げない内に事態を収めるべきかと具申致します」

「これはしたり。やりようはどの様にでも、と申し上げた筈です」


 ゼクト元帥はまだ強気なのか?


「その意気や良し!良いな、元帥。必ず帝国に儂の鉄槌を降せ‼︎」

「御意」


 強気…、何故こうも強気でいるのか?


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「何故、あの湿地帯を教えてくれなんだ?貴女は知っておった筈だ」

「あら?南に進撃なさいとお教えしましたよ。意に介さなかったのは貴方でしょうに」


 黒髪の闇属性魔法使い。

 彼女の言う通りの進撃で我々はミリシア王都を手中に収めた。国土は3分割となったが、王都を含む重要拠点は全て此方のモノになったというのに。


 何か?何か、ここに来て違和感がある。


 これは何だ?


 ゼクトの胸に刺さる小さな棘。

 この時は何か、気付かなかった。


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 パルム夫人から逃げおおせたのはいいけれど、状況は芳しく無い。


 ベルン王国近衛師団司令ゼクト元帥。

 そして、彼を経由して国王に闇の魔力の楔を打ち込んだ。が、それだけだ。あまり支配力はない。やや強気にさせているだけ。


 しかも王太子には効かなかった。

 彼は楔を跳ね退けてしまっている。


 所詮は、こんなものか。


 パルム夫人は帝国中枢法皇と上手くやっていると言うのに…。


 まぁ、生きて、こうして歴史を引っ掻き回せているだけでも僥倖か?


 もう少し楽しませて欲しいのよ、ゼクト元帥。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「どうしますか?団長」

「さぁな、お前、アレをどうにか出来る知恵有るか?」


 別働隊として平原を迂回しつつリザン山脈の麓から山道を通り、ヴァイセルバーグへと侵攻する筈の部隊。

 此処を落とせば、コリコス王国は退路を失い元の国境線より後退する。


 その命を受け出陣した第8近衛師団。

 指揮官たる私、フリッツ=ハインツ伯爵は、実はこの戦争に否定的な存在であり、その為にこの様な後方支援に回されている訳だが…。


 リザン山脈の麓に、氷神狼フェンリル鷹獅子グリフォンがいる。

 そのグリフォンの背にいるのは、件のテイマーだろうと思う訳だ。


「ミィゼナー砦を吹き飛ばせる魔法を持ってるんですよね。此方に使われた時点で全滅ですよね」


 広域極大爆裂呪文エグゾフレイム


 城塞をブッ飛ばすのに3発かましたのは記憶に新しい。この狭い山道で、あんな呪文を使われたら此方はなす術もないぞ。


 それにランクAの魔物が2頭。

 いや、2頭もいらん。場所が悪い。

 グリフォン1頭で、此方は殱滅されるよ。


 上空から一方的に。


詰んだチェックメイト、の状況だ。何の手もねェ」

「団長?」

「伝令を飛ばせ。我等は死に体無駄足になった、と」


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 別働隊からの伝信ハトーボ。


『件のテイマーのお陰で進撃出来ず』


「悉く我等の行動を先読みされているな。こうなると事態を収めるのは、もはや手遅れと言えるやもしれぬ。ゼクト元帥、これ以上は傷を広げるだけと思わぬか?」


 ハンス王太子は、はなから消極的だった。

 ゼクトも、其方に舵を切らずを得ぬと考えざるを…。だが…。


「何故、こうも後手に回る。ハンス!お前はもしや帝国と通じてはおらぬか?」

「父上…。此処迄世迷い事を言われるのであれば、私にも覚悟はありますよ」

「フム。余に…、儂に『世迷い事』と言い切るか、ハンス。…どうやらお前が1番状況を冷静に見える様じゃ。今が退き際と見るか?」

「御意」

「お、お待ち下さい、このままでは王国の威信が…」

「此処迄手玉に取られている以上、既に堕ちているな。帝国、コリコス。共にベルン恐るるに足らずと思っているだろう。これをひっくり返す妙手は、残念ながら私には思い付かない」

「そ、それは…」

「帝国の切札ジョーカー例のテイマーロディマスに対抗出来る手が無いのだ」


 ハンス王太子の言葉通り…。

 私にも、あの規格外のワンマンアーミーをどうすればいいか。


 規格外過ぎる。

 彼者一手で、状況を全てひっくり返せるなんて。


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「ヴァイセルバーグ侵攻は諦めた様だよ。ベルン別働隊が撤収しつつあるらしい」


 宰相兄上の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。

「それは重畳。ベルンは勿論、コリコスにも王太子の切札クロノ男爵の存在は大きく刻まれた事でしょう」

 ガスター国務大臣も満足気だ。


王太子切札ジョーカー

 これだけの働き手柄、報いるには陞爵だろうな。


 本人ロディマスは嫌がりそうだが。

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