第136話 大精霊の託宣

「オアシスに侵入した犯罪者だ! 決して逃すなーっ!!」


「ぶふーっっ!?」


 何ですとぉー!?


「ままままさかバレた!? オアシスに勝手に入ったのバレちゃったの!?」


 ヤバイ! 早く町から逃げないと!


「落ち着くニャ。どうやらニャー達の事じゃニャいみたいニャ」


「え?」


 しーっ、と口元に指を当てるニャットに従って口を閉じると、私は耳を澄まして外の音を聞く。


「向こうに逃げたぞ! 追い込め!」


「砂漠のど真ん中の町で逃げられると思うな!」


 と、明らかに誰か別の人を追っていると思しき声が聞こえてくる。


「私達の事じゃ……ない?」


 追われているのが自分達じゃないと分かり、私は脱力しながら床にへたり込む。


「ニャーが侵入でそんなヘマする訳ニャいニャ。あの馬鹿精霊ならともかく」


 ニャットのその大精霊への辺りのキツさは一体なんな訳? いや確かにお肉を盗られたけどさ。


「ともかく、他に侵入者が居たのなら、早めに逃げた方が良さそうだね」


 うん、私達の侵入がバレる前に逃げて、厄介事は向こうの侵入者さん達に任せてしまおう。

 という訳で、今日はもう夜だから砂馬車も出ないし、早めに寝て朝一の砂馬車で町を脱出しよう。

 そう思っていた私だったのだけれど……


 ◆


「オアシスに侵入した犯人が捕まるまで、砂馬車は出せん!!」


 なんと朝になっても犯人が捕まらなかった為に、オアシスを出る砂馬車が欠航になってしまったのだ。


「ええーっ!?」


 驚いたのは私だけではなく、他の商人や旅人達からもブーイングがあがる。


「文句はオアシスに侵入した犯人に言え!」


「どうにかならないのか!? 私達は別の町に取引に行くためにこの町を経由しただけなんだ。納品の期日もあるから、早く町を出たいんだよ!」


「そうだそうだ! 宿代だってタダじゃないんだぞ!」


 急ぎの案件を抱えている行商人や、お金がカツカツの旅人達が衛兵に苦情を言う。


「うるさい! 領主様の命令なのだ! どうしても町から出たいというのなら、お前達も怪しい者が居ないか協力しろ!」


「滅茶苦茶だ! 怪しい奴なんてそれこそ旅人の数だけ居るだろ!」


 旅人のお兄さんの言う通りだ。

この町に頻繁に来る顔なじみの商人でもない限り、旅人や行商人なんて怪しさしかない。 

こちらにしても、誰が町の人間で誰が旅人なのかすら分かんないんだから、協力しようもない。


「うるさい! あまり文句を言うなら、お前も犯人の仲間として捕らえ、尋問しても良いんだぞ!」


 ここまでくると私達も迂闊に彼を擁護したり、衛兵に文句を言ったり出来ない空気になってしまった。

 下手に文句を言えば、私達まで捕まってしまうかもしれないのだから。


「仕方がニャいのニャ。一旦宿に戻って犯人が捕まるのを待つのニャ」


 はぁ、しょうがないか。


 ◆


 宿に戻った私達は店主に事情を説明すると、改めて再度の宿泊を頼む。


「まいど。アンタ達が使ってた部屋はまだ清掃してないから、それで良いなら、ちょっと安くしてやるよ」


「ありがとうございます」


「災難だったな」


 事情を聞いて同情してくれた店主の計らいで、今日の宿代だけ一割引きにして貰えた。


「でもオアシスに侵入者……っていうか入る事が出来なかったんですね」


「ああ、大事な町の水源だからな」


「侵入者って良く出るんですか?」


「いや、聞いた事もないな。ここに町が出来た頃には既にオアシスは閉鎖されていたからよ」


 って事は、店主さんはこの町が出来た時から暮らしていたんだ。


「あれ? そうなると店主さんって何歳なんですか?」


「俺は50だよ。30年前、この場所にオアシスが発見されたんだ。で、国はここを他の町との中継地点にする為に町を作ることにしたんだ。オアシスの発見者が領主に任命され、俺達一家は移住者の募集を見て引っ越してきたのさ。あの頃は本当にオアシスしかなくてな。うちの宿も掘っ立て小屋同然だったのさ。けど家族で頑張って働いて、遂にこんなに立派な宿が出来上がったのさ! まぁ働き過ぎて親父は宿を改築して早々に死んじまったが」


 と、店主さんがしんみりした空気を醸し出す。


「大変だったんですねぇ」


 などと言いつつ、苦労話に付き合うのも面倒なのでそっと鍵を受け取って部屋へ戻ると……


「あー、やっと戻ってきた」


 そこにはぷっくりとほっぺたを膨らませた大精霊の姿があった。

 いや、君ずっとここにいたんかい。


「もー、帰って来たら誰も居ないんだもん。私を置いてどこかに行っちゃったと思っちゃったじゃない!」


 いや、こっちもてっきり勝手についてくると思ってたんですけど。


「精霊ってそう言うの分かったりしないの?」


「契約してない相手の事なんて分かんないわよ」


 成程、何となく納得した。


「ゴメンゴメン」


「それで、いつ町を出るの? それとも先にご飯?」


 大精霊は久々の旅にワクワクしているのか、いつ旅に出るのかと聞いてくる。


「それなんだけど、ちょっと面倒なことになったんだよね」


「面倒な事?」


 私は大精霊がオアシスに戻った後の出来事を説明する。


「ふーん、そんな事があったんだ」


「あったんだって、犯人と会わなかったの?」


「うん、会わなかったわ」


 どうやらオアシスに侵入した犯人は、大精霊と会う前に衛兵に見つかってしまったらしい。


「本当なら大精霊にオアシスが枯れるから皆も避難してって伝えて貰ってから町を出ようと思ってたんだけどね」


 けどこの状況でそんな事したら、更に大事になってしまう。


「だから犯人が見つかるまでは町で大人しくし……」


「分かったわ。オアシスが枯れるって伝えれば良いのね!」


 すると、プカプカ横になって浮かんでいた大精霊が突然立ち上がり、そう言い残して外へと飛び出していった。


「……え?」


「ニャに?」


 って、待って、今なんて言った?

 この場からいなくなった大精霊に問いかけようとしたその時、まるで直接頭の中に語り掛けられたかのような声が響いた。


『聞け、器に縛られし者達よ』


「へ?」


 突然の声に町中が騒めく。


『盟約は履行されなかった。オアシスを管理していた水の大精霊たる私は、これを以って古の契約が破棄されたと判断した。故に、契約によって私が維持していたオアシスは枯れ果てる。オアシスの加護に縋って生きて来た者達よ、水の精霊の加護を失って枯れ果てる前に、この地を去るが良い』


 そう語ると、頭に響いていた声は聞こえなくなった。

 そしてその少し後に、大精霊がニュルンと窓から戻って来る。


「言われた通りオアシスが枯れるって伝えて来たわよー。さっ、これで町を出れるのよね」


「「んな訳あるかぁー!」」


「ぐはぁーっ!」


 私のチョップと、ニャットのネコパンチがそれぞれ大精霊の脳天と鳩尾に叩きこまれる。


「なんつーことしてんのーっ!」


 コイツやりやがった! 最悪のタイミングで最悪な事言いやがった!


「ごふっ、何よぅ、言われた通りに町の人間にオアシスが枯れるって言っただけじゃない」


「言ってもらう予定だったけど、予想外のトラブルが起きてそれが出来なくなったって意味で言ったのーっ!」


「えー、それなら初めからそう言ってよー」


 今のは私が悪いのか!? 私の所為なのか!?


「ニャァ、精霊って奴はこれだから……」


 それにしても不味いことになった。

 この状況でそんな爆弾発言が知れ渡ったら次に待ってるのは当然……


「領主様からの命令である! オアシスの件は昨夜オアシスに侵入した犯人が原因である! これは非常事態である。今この瞬間町に居る者は全て我々に協力せよ! これはオアシス存亡の、この町の危機である! なんとしてでも犯人を捕まえ、オアシスが枯れる事を阻止するのだ! もう一度言う! これは領主様の命令である! 拒否は許されない!!」


 ほらとんでもないことになったぁぁぁぁ!


「あわわわわっ、大変なことになってしまった……」


 不味い不味い不味い。この状況で大精霊と一緒に居る所を誰かに見られたら、絶対私が犯人だと思われちゃう!


「だ、誰だー! 精霊をこの町から連れ出そうとしてる罰当たりな奴はーっ!」


「オメーだニャ」

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