第92話 謝罪攻防
「では婚約者で手を打たないかね?」
嫁入りを諦めたと思った公爵様だったが、なかなかどうして食い下がって来る。
だが諦めて頂きたい。流石に政略結婚なんて御免なんですよ。
とはいえこのままだと公爵様も簡単には諦めてくれそうもないので、ここはさっさと切り札を出そう。
「申し訳ありませんが、私はレイカッツ様に相応しくありません」
「ふむ? あれだけの成果を上げておきながらウチのバカ息子を立ててくれるのかね? 正直に言わせてもらえば、過ぎた謙遜は相手の不興を招くから気を付けた方がいいぞ」
むむ、さらっとお叱りを受けてしまった。
成程、この世界じゃあんまり謙遜し過ぎちゃいけないのか。まぁ私の場合謙遜じゃなくてホントの事なんだけど。
「いえ、そうではありません。もっとシンプルな理由です」
「ほう?」
「私侯爵家の養女です。つまり平民です。そんなどこの馬の骨とも知れぬ者を次期公爵様の婚約者にするのは問題があると思います」
そう、これが私の切り札、身分の差だ!
貴族との恋愛ものと言えば、身分の差が二人を引き裂くのはお約束!
平民と貴族の恋物語、下級貴族と王族のロマンスと言えば大抵身分が原因で悲恋になったり大きな苦難が押し寄せるもの!
特に親である公爵様は主人公達を引き裂……いや身分の差を気にして苦言を呈する側な訳だし!
「ああそれなら第二夫人でも構わないよ。ウチは妻になる女性の身元にはそこまでこだわらないんだ。何なら適当な貴族に金を掴ませて生まれを誤魔化す事も出来るしね!」
「わぁ~お」
まさかのパワープレイ。戸籍の偽造も何のその。
流石王族と血のつながりのある大貴族様だわぁ。
って、感心してる場合じゃない!
このままだとホントに権力と言う名のごり押しでレイカッツ様の婚約者にされてしまう!
「いえいえいえ、本当に私はどこに行っても胡散臭い人間ですから。レイカッツ様には相応しくありませんよ」
「はははははっ、それを言ったらウチのバカ息子は貴族の義務も碌に果たさずに放蕩三昧する駄目息子だからね。寧ろ嫁に来てくれる真っ当な女の子を探しているくらいさ」
「いえいえいえ」
「はははははっ」
くっ、手ごわい!
「……あのさ」
と、そこでレイカッツさんが憮然とした顔で会話に加わって来る。
「ん? 何だ馬鹿息子?
「何ですかレイカッツ様?」
「……そこまで身内と相手に扱き下ろされながら結婚を嫌がられると、流石に俺も傷つくんだが」
「「……ごめんなさい」」
私達はそっとレイカッツ様に頭を下げた。
◆
「とにかくだ、今回の件はカコ嬢にも侯爵家にも随分と迷惑をかけた。婚約云々はまた今度話せばいいだろう父上」
素晴らしい事にレイカッツ様は公爵様の婚約攻勢から私を庇ってくれた。
ありがたい、私の中でレイカッツ様の株が爆上げだよ! 結婚しないけど。
「やれやれ、何時まで経っても身を固めようとせんお前の為に父が気を効かせてやったというのに、親の愛情の分からん奴だ」
「今回は詫びの為に来て貰ったんだろうが! それよりももっと話さなきゃいけない事があるだろ!」
「話さないといけない事ですか?」
はて? まだ何か話す事ってあったっけ?
「おっとそうだった。いやすまんすまん。カコ嬢がなかなかに手ごわいのでついうっかりしていた」
そういって公爵様は姿勢を正すと、キリリとしたお仕事モードに変貌する。
ずっとこうならモテるんだろうに、残念な人だなぁ。
「では改めて、今回は本当に迷惑をかけた。この地を統べるものとして深く感謝をする。その礼として、侯爵家に対する謝礼を用意した」
「謝礼ですか?」
貴族としての話し合いになったと察したのか、メイテナお義姉様が私の前に出る。
「うむ。まず大金貨10枚」
「大金貨?」
はて、聞いたことのない金貨だ。
昔の童謡で大判小判がざっくざくとかいう歌詞があったような気がしたけど、その大判の事かな?
時代劇だと小判は耳にするけど、大判ってのは見た覚えがないんだよね。
「大金貨と言うのは商取引で大金を扱う時に使う特別な金貨の事ですよ。大金貨1枚で金貨1000枚になります」
と、こっそりパルフィさんが耳元に囁いて教えてくれた。
「金貨1000枚!?」
何それ、めっちゃ大金じゃん!
それにお金のケタの上がり方がこれまでの硬貨よりも一桁多いよ!?
「ええ、それだけのお金を取引で使うのは流石に不用心ですからね。そして大金貨は国の財務省を介さないとお金を降ろす事が出来ない特殊な貨幣です。仮に盗んだ大金貨をお店で使おうとしたら、買い物が出来ないだけでなく問答無用で衛兵に捕まってしまうんですよ」
「言ってみれば割符のようなもんだな」
イザックさんがパルフィさんの説明を補足する様に例を挙げてくれた。
成程、大金貨は小切手みたいなものなんだね。
あれも単体じゃお金として使えないけど、銀行でお金に交換して貰えるし。
っていうか金貨1000枚で1枚って事は、大金貨10枚で金貨10000枚!?
物凄い大金じゃん!?
「結構な金額ですね」
いや結構とかいうレベルじゃないですよ!?
「それだけではない。我が南都の港の一角を侯爵家専用として使う許可を出そう」
「何ですって!?」
ここで大金貨には全く動揺しなかったメイテナお義姉様が驚きの声をあげる
え? なに? そんなに凄いの?
「無論船と倉庫も提供しよう。まぁ船は最新型とはいかんが、代わりに引退した腕の良い船乗りを教官役として遣わせよう。彼等の賃金も公爵家で出す」
「それは……随分と大盤振る舞いですね。それで、期限はいつまでですか?」
驚きから回復したメイテナお義姉様が、慎重に問いかける。
「無期限だ」
「むっ!? 本気ですか!?」
けれど公爵様の言葉に再びメイテナお姉様が驚きの声を上げた。
一体何が凄いわけ!?
「ああ、公爵家はそれだけ侯爵家に恩義を感じていると言う事だ」
「っ!?」
公爵様の言葉にメイテナお姉様はわずかに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「喜んで貰えたかな?」
「……過分な配慮感謝いたします」
「うむ、満足して貰えたみたいで何よりだよ!」
◆
「やられたな」
話の終わった私達が公爵家を出て馬車で帰っている最中、メイテナお義姉様は溜息と共にそんな言葉を漏らした。
「何がやられたんですか?」
正直メイテナお義姉様が何に驚かれたのかさっぱり分かんないんだよね。
「港の使用権の事だ。しかも無期限だぞ」
「良い事じゃないんですか?」
この国唯一の港がある町で自由に港を使って良い権利は凄く良いものに感じる。しかも船と操縦の先生までセットで。
「ああ、この国唯一の港町の使用権だ。これ以上ない成果なんだが……」
最高の成果だと言いつつも、メイテナお義姉様の反応は芳しくない。
「何か問題があるんですか?」
「破格の待遇過ぎてこれ以上この件について文句を言えなくなった」
「え? それの何が悪いんですか?」
えっと、それって物凄く得をしたって事だよね? それの何が悪いのかな?
「つまりね。不満が残る程度の謝礼なら、今回の件を後でネチネチ突いて色々な場面で便宜を図ってもらう事が出来るのさ。仮にも公爵家だからね。その権力のいくらかでも借りる事が出来るのなら、相当なメリットだよ」
と、マーツさんが教えてくれた。
成程、相手の弱みをつついて上手く利用しようって訳だ。
さらっとえげつないです。
「だが公爵の提案は今回の事件の損害を補って余りある。何せこの国で一つしかない港を使えると言う事は、船団の規模の違いこそあれど、海を使った利益の半分を公爵家と侯爵家で分け合おうと言ったに等しいのだからな」
えっと、それって滅茶苦茶凄くないですか?
「更に貿易が成功すれば、港の一角を無期限で使用できることも相まって長期的な利益は計り知れない」
「良いことだらけに聞こえますね」
だからこそ、何でメイテナお義姉様が頭を抱えるのか分からない。
それだけメリットが大きいのなら、深く考えずにお礼を言って港を使わせてもらえばいいんじゃないの?
「成功すればな。だが我々が得たのはあくまで港を使って交易をする権利だ。商売に失敗すれば大損だ」
「あっ」
そういう事か。今回の件は一等地に土地と店舗をあげるからそこで商売をしても良いよって言われただけなんだ。
でも商売をするには商才が必要。しかも侯爵家には海で船を操縦した経験のある人間はいない。つまり最悪の場合、商売が大失敗する可能性だってあるって事だ。
そう言う意味じゃちょっと少なめに慰謝料をゲットしつ、上手く相手の弱みをつついてジワジワと力を借りた方が長期的には色々な事に利用出来て美味しいんだけど、公爵様が用意したのはそれこそ駅前の超一等地みたいな垂涎ものの土地。
「そんな好条件を提示されておきながら、この件は家に持ち帰って相談しますねなんて言った日には、それこそ貴族としての資質を疑われてしまうでしょうね」
「ああ、それに才覚さえ示せば長期的な利益を得られる港の権利は失敗すれば港を自ら手放す結果に繋がりかねない。昔から商売に手を出して身を滅ぼす貴族は多いからな」
パルフィさんの言葉に眉間を揉みながら同意するメイテナお義姉様。
「だが、相手に貸しを作るやり方も、未来の当主がボンクラで将来の公爵様にやり込められたら、適当な案件に協力した事で借りを返したと言質を取られる危険もある」
「どっちも一長一短なんですね」
あー、相手の弱みを握る方法はそういうデメリットもあったかぁ。
将来の当主が皆優秀って保証はないもんね。同時に未来の公爵家の当主達が物凄い賢い人達になる可能性だってある。……あるよね?
「どちらかに不足があれば良かったんだがな。しかも最初に差し出してきた大金貨10枚、あれは恐らく貿易に使う為の初期費用として使わせるつもりだろう。海洋貿易の経験を持たない我々にとって、船の運用始めは予想外の出費で赤字が続くだろうからな。だがその際の出費の大半は公爵領に流れる事になる。例えば船の修理費などをな」
さらに大金貨10枚まで罠の可能性があると言われて二度驚く私。
公爵様そこまで考えていたの!?
「それってつまり、貰ったお金は殆ど公爵家に回収されるって事ですか?」
「上手いやり方だよ。これだけの将来的な利益のお膳立てをしてやったのだから、まさか失敗しないだろうな? と言っているんだ」
うーわー、めっちゃ煽られてるじゃん。
いやそれでもそれだけの好物件を惜しげもなく提供してくれたところに貴族としての気前の良さがあるとか考えるべきかな?
というかですね……
「あの、何で私を見つめてくるんですか?」
何故かメイテナお義姉様が私の事を真正面から凝視してきたんだよね。
「カコ、公爵様はお前に上手く商売を軌道に乗せろと言っているのさ」
「ええ!? 私に!? 何で!?」
なんで私の名前が!?
そこは侯爵家の誰かに対してじゃないの!?
私が困惑していると、メイテナお義姉様は残念な物を見る目で私を見てくる。何で!?
「侯爵家で商売をしているのはカコだ。そして南都で商売をするのなら、既に現地の商人達と交流を持ち、人魚達とも友好的な関係を築いているカコ以上の適任者は居ないだろう?」
「で、でも私は南都に長期滞在するつもりはありませんよ?」
どっちかというと、色んな土地を見て回りたいし。
「それは向こうも織り込み済みだろう。だからカコには南都での商売の代表になってもらい、現地では東都から連れて来た従業員に働いてもらう事になるだろうな。そして重要な取引の時だけはカコが同席する形になるだろうな。少なくとも公爵様はそのつもりだ」
つまり普段はバイトに仕事をさせて、デカい取引の時は店長である私の出番と?
「でも何で公爵様は私に? 公爵様にも言いましたけど、私は養女だから侯爵家への仲介とか、政治的な役には立たないと思うんですけど?」
私が問いかけると、再びメイテナお義姉様が残念な子を見る目で見てくる。
「……忘れたのかカコ?」
「はい?」
「お前、レイカッツ殿と婚約しないかと誘われていたじゃないか」
「……あっ、で、でもまさかその為に!?」
すっかり忘れてた! でもいくらなんでもそんな事で私を南都に誘い込もうだなんて……
「間違いないな。公爵様はお前をかなり気に入っている。なんとしてでもお前をレイカッツ殿の嫁にしたいんだろう。まったく、公人としても私人としても強かな人だよ。誰も損をしないうえに得にしかなっていない。こうなるとあの豪快な振る舞いも周りを油断させる為の演技かもしれんな」
なんとも恐ろしい事を仰る。あの豪快筋肉おじさんが演技で実は知性派とな!?
よそのマッチョイケメンが好きなお姉様方がギャップで悶死しちゃうぞ!
「まぁ安心しろ。要はお前を南都に近づけなければ良いだけだ。どうしても行かなければいけない案件の時は、優秀な護衛を沢山付けてやるさ」
「メイテナお義姉様~っ!!」
さっすがメイテナお義姉様!! あまりの頼もしさに感極まった私は、その豊かなお胸にダイブする。
ふわわ、超柔らかデカい!!
「よしよし。大丈夫だぞ」
メイテナお義姉様は、慈母の如き優しい声音で囁きながら私の頭を撫でてくれた。
はう~、癒されるよぉ。
それにしてもまさか最後の最後にこんな特大の爆弾を仕掛けて来るとは思ってもいなかったよ!
おのれバルドック公爵様、恐ろしい人!!
……でも正直ファンタジー世界で船旅とか言われるとめっちゃワクワクします。
く、くっそー公爵様め、絶妙に憎み切れないぞー!
「まぁでも、考えたら上手く商売すればものすごく儲かる訳だし、別に損はしてないから良いんじゃない?」
うん、マーツさんの言う通りだね。
めちゃくちゃ儲けて公爵様にしまった! 早まった! って後悔させてやるぞー!
「そうニャそうニャ。漁船を買って美味い魚が獲り放題ニャ!」
そして、ニャットさんはブレないニャー。
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