第32話 見習い達の競演

 その日は朝から村中が騒がしかった。


「んん~? 何かうるさい」


 一体何事かとあくびを堪えて食堂に向かった私は女将さんに何でこんなに騒がしいのか尋ねる。


「何言ってんだい。今日は見習い達の試験の日だろ?」


「えっと、それと村が騒がしい事に何の関係が?」


「アンタ知らないのかい!? 試験の日は村中に見習い達の作った作品が並ぶんだよ!」


「え? それってどういう意味ですか?」


 村中に並ぶ? 試験ってそれぞれの工房でやるんだよね?


「見た方が早いよ。ほらほら、外に出てみた!」


「わわわっ」


 女将さんに強引に背中を押されて宿の外に出た私は、その光景に眼を見開いた。


「うわぁ……!?」


 そこに広がっていた光景は女将さんの言っていた通りだった。

 文字通り村中に様々な品が展示されていたのだ。

道の端に箱や机が並べられ、その上に剣や鎧など所狭しと並べられている。


「作品が並ぶってこういうこと……」


 その光景はさしずめ学園祭の展示か武器のフリーマーケットか。


「最初はどこの工房も工房の中で弟子の作った品を見比べていたんだけどね、工房に見物人が増えてきて中が手狭になった事で外に作品を並べて見るようになったのさ。で、それを見た他の工房も真似を始めていつの間にかちょっとした祭りみたいになったって訳さ」


へぇー、そんな事情があったんだ。


「まぁ本音は自分の工房の力を他の連中に見せつける為だろうけどね」


おっと、意外に自己顕示欲が強い話だったよ。


「そうなった事で見習いの作った品が部外者の目にも止まる様になって、武器を求める連中や売り物を探してやって来た商人が集まって来た事で猶更祭りみたいになったのさ」


 色んな人が集まって本来の形とは違う方向で盛り上がるのはこの村の成り立ちみたいだなぁ。


「見習いにとっても後援者が出来たり作った物を店に置いてくれるから都合が良いしね」


 成程、見習いにとってもメリットがあるんだ。師匠としては自分の工房の力を周りに見せつけ、商人は新商品のチェックと見込みのある職人に商品を卸してもらうチャンス、そして武器を求める人は将来の一流職人の作る武具を見る事が出来ると。

 上手くできてるなぁ。


「聞いたよ。アンタも商人なんだろ? 他の商人達は皆見にいったよ。アンタも早くいった方がいいんじゃないのかい?」


「そうですね」


 折角だから女将さんの言う通り展示会場になった村を見て回ろう。

 でもその前に。


「朝ご飯にしてからにします」


 ご飯はちゃんと食べないとね。


 ◆


「じゃあ行こうかニャット」


「んニャ」


 しっかり朝ご飯を食べた私達は早速展示されている作品を観に行くことにした。


「でもホント凄いね。村中が作品だらけだ」


 あっちを見れば剣、そっちを見れば鎧とあちこちに見習い達の作った作品が展示されていた。

 流石に師匠に見せる物だけあって、お店で見た見習い商品よりもしっかりと作り込まれているものばかりだ。

 まぁ中にはいまいちな物もあるけど。


「あっ、女神様だ!」


 そんな風に展示されている作品を見ていたら聞き捨てならない単語が周囲の人々からあがる。


「女神様、俺の作品を見て行ってください!」


「いや俺の作品を見てください!」


「お嬢様、丁度そこに私が贔屓にしている職人の作品があるんですよ」


 そして自分達の作品に興味を持ってもらおうと見習い職人や彼らに目を付けている商人までもが私に声をかけてくる。

 正直言うと美術館の展示品を見る感じで気軽に見て回りたかったんだけどなぁ。

 けどこの空気じゃ気軽に見るのも難しそうだ。


「だが、そっちがそのつもりなら……鑑定」


 私は覚悟を決めるとすぐそばにある両手剣を小声で鑑定する。


『多少質の良い両手剣。素材が良いため作りの甘さや形状由来の強度不足を補っている。装飾には力が入っている』


「この両手剣は素材こそ良いものの作り込みが甘いです。それに形状に問題があるから強度に不安があります。装飾は凝っているので細工師としてなら評価できます」


「え? あ、はい……」


 予想外にしっかりした批評が出てきた為に面食らう両手剣を作った見習い職人。

 更に私は鑑定を利用した批評を続ける。


「こっちの鎧は素材がいまいちです。それに見た目に拘りすぎて動く際に大事な部分が守れていません」


 こっちは防御力の面で完全にアウトだ。ただこの鎧も見た目のデザインはよいので大きなお屋敷に飾る分装飾品には良いかな。

 私は次々と辛口の批評をしては見習いと商人達を撃沈していく。


「以上、皆さんの作品は性能よりも見た目を良くする事にばかり意識が向かっています。実戦で使う装備なのですから命を守ってくれるかどうか、簡単に折れたりしないか、使う際に動きやすいかで決めるべきでしょう」


 これぞ辛口批評作戦!

 ぐうの音も出ない程の正論は彼等に私への苦手意識を作り、自分から私に話しかけてくる事もなくなるだろう。

 そういう訳なので私の穏やかな見物の為に君達にはヘコんでもらうよ!

 現に今この場に居る見習い達は私の批評に怖気づいたらしく、プルプルと震えてい……


「す、凄い!」


 ……え?


「凄いぞ! 女神様はそこまで詳しく俺達の問題点を把握していたのか!」


 はい? 何を言ってんの この人達?


「俺達の師匠は『ダメだ、やり直し』しか言わないのに!」


 おかしい、何でそんなキラキラした目で見てくる訳? 私は厳しい事しか言ってないんだけど?


「まぁこうなるのもやむニャし、というか寧ろ当然の帰結ニャ。ようはそれ、こうすればよくニャるって言ってるのと同じだニャ」


「女神様! 俺の盾はどうすればもっと良くなりますか!?」


「いや、俺の斧の改善点を教えてください!」


 げぇー! 厳しい物言いをしたはずが逆効果にぃーっ!?

 向上心の塊かコイツ等!!


「ほう、あのお嬢ちゃんなかなか良く見ているじゃないか」


「ありゃあただの道楽娘の鑑定眼じゃねぇぜ。きっと生まれた頃から武具を見てきたに違いない」


「よほどの優秀な親に仕込まれたと見える。まぁ欲を言えばあいつ等には自分で気付いてほしかったが、ああいう話の分かるパトロンに出会えたのなら悪い様にはならんか」


 なんか師匠っぽい人達が私の辛口批評を妙に評価してるーーっ!?

 あかん、このままだと鑑定地獄が始まるぞ。これは急いで逃げねば!

 だが時すでに遅し。

 周囲には自分の作品を抱えた見習い職人達が私を包囲していたのだ。


「「「「「女神様! 俺達の作品も批評してくださいっっ!!」」」」」


 ぎゃーっ! お前等未来のライバル同士の筈なのにこういう時だけ連携良すぎぃーっ!!

 はっ! そうだ! こういう時こそ護衛のニャットの力を!!


「おやじ、そことそこの串焼き肉をくれニャ」


「あいよ! いやーネッコ族の兄さんは良い肉を持ってくねぇ!」


「ふっ、ニャーの鼻にかかれば良い肉はすぐ分かるのニャ」


 ってニャット! 護衛の仕事をほったらかして何のんきに屋台で串焼き肉を買ってるの!?


「ちょっ、ニャット!」


「安心するニャ。モグ。そいつらからは悪意を感じないニャ。おっ、これ美味いニャ。安心して見習い共に改善点を指摘してやるが良いのニャ。ほほう、これはタレが良いのニャ」


「お、分かるかいネッコ族の旦那。そうよ、このタレには秘伝の……」


 って料理談義してるなぁー!


「女神様! 批評を!!」


「「「「お願いします!」」」


「~~っ!! 分かった! 分かりましたよ! ボッコボコに叩きのめされても泣くんじゃないぞー!」


「「「「「おおーーーっ!!」」」」」


 マゾかお前等!!

 こうして私は見習い職人達の批評を次から次へと行う事になるのだった……


 ◆


「つ、疲れた……」


 どこで聞きつけてきたのか、次から次へとやってくる見習い職人達の批評を片っ端からやった私は、ようやく全ての批評を終えた。


「む、村中の見習いの作品を見た気がする……」


「お疲れ様だニャ」


 私を見捨てて串焼き肉を食べ散らかしていたニャットが、口元にタレを付けながら白々しく私を労ってきた。

 コ、コイツ! 私を見捨てたくせにぃーっ!


「ほれ、果実水だニャ。喉が渇いたニャ?」


「あっ、ありがと」


 はっ! 差し入れをくれたからって騙されないんだからね!

 まぁ貰えるものは貰うけど……


「っ! 美味しいーっ!」


 何コレ何コレ! 超美味しいんだけど!


「プルアの実の搾り汁だニャ」


 成程、異世界版のアップルジュースだね!

 でもすこしリンゴっぽくないさっぱりした味もするんだよね? プルアってこんな味なのかな?


「隠し味にジレオンの汁が少し入ってるみたいだニャ」


「へぇー、ミックスジュースなんだ」


 いや隠し味って言うからにはミックスジュースって言うほどブレンドはしてないのかな?

 でもまぁ美味しいからいっか!


「……チョロイニャ」


「ん? 何か言った?」


「そろそろおニャーの知り合いの所に行った方がよくニャいかニャ?」


「……あっ!」


 そうだった! そもそもこの村に残っていたのもシェイラさんの作品を見る為だったもんね!


「よし、それじゃあシェイラさんの展示を見に……」


「おーいカコーッ!」


 行こう、と言おうとしたら当のシェイラさんがやって来た。


「あれ? シェイラさん、どうしたんですか?」


 シェイラさんは試験の準備やお師匠さんの批評で忙しいと思ってたんだけど。


「アンタを迎えに来たんだよ」


「私を迎えに?」


 そりゃまた何で?


「そりゃアンタは私に鉄をくれた恩人だからね! 私の作品を最初に見てもらうのはアンタが良いのさ」


「シェイラさん……」


 うう、なんて義理堅い人なんだろう!


「それじゃあ行こうか!」


 そう言ってシェイラさんは私の手を掴んで自分達の工房の展示場所に向かう。


「はい!」


「逸れるといけないからしっかり手を掴んでるんだよ」


 いや子供じゃないし。


 ◆

 

「ここが私達の展示場所さ」


「へぇー」


 シェイラさんに連れられてきたのは、宿から少し離れた位置にある工房だった。

 青い屋根が特徴的な建物だね。


「それで、展示物はどこにあるんですか?」


 私は待ちきれずにシェイラさんの展示物を探す。

 けれどどこにもそれらしいものが無い。


「何言ってんだい、私達の展示ならそこに……あれ?」


 しかしシェイラさんが指差した方向にはなにも無かった。

 あるのは展示用と思われるテーブルがいくつかあるだけ。


「あ、あれ? 私の作品が……それに兄弟子達の作品も無いぞ?」


 え? それってどういう事?


「シェイラ! 今までどこほっつき歩いていたんだ!」


 私達が困惑していると、工房から誰かが姿を現した。

 ああ、確かシェイラさんの兄弟子だったなこの人。


「ああ、丁度良かった。私の作品をどこにやったんだい? まさかアンタ等、勝てないからって隠したんじゃないだろうね?」


「だ、誰がそんな事をするか!」


 けれどシェイラさんの兄弟子は馬鹿にするなと怒ると、衝撃的な言葉を告げた。


「盗まれたんだよ! 俺達の展示品が全部!」


 盗まれた? それってつまり……っ!?


「「……は、はぁーーっ!?」」

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