超一流ヴィランの俺様だが貴様らがどうしてもというならヒーローになってやらんこともない!

阿弥陀乃トンマージ

チャプター1

第1話(1)いきなりハメられた件

                  1


「ふん……あれが地球か……」


 暗い宇宙空間をゆっくりと進む大きな宇宙船が一隻。その船の船長室の壁面一杯をスクリーン代わりにし、そこに映った地球を見た男が呟く。男は手元の端末を手際良く操作する。


「……地球、太陽系の第三番惑星。太陽系の誕生とほぼ同時に形成されたとみられ、約46億年が経過。直径1万2756キロメートル。地表の70%が海で覆われていて。大気の成分は窒素が77%、酸素が21%。存在する生命体はおよそ870万種類と推定……」


 端末から流れる機械音声を切って、男が再び呟く。


「自然破壊が深刻とか言っていたが……あの青さ……そこまででもなさそうだな……」


 男は再び手元の端末を操作すると、部屋の床からバスタブがせり出してきた。男は既に全裸である。筋骨隆々というわけではないが、程よく鍛えられた体つきをしている。


「温度、38℃。適正温度を維持……」


 再び機械音声が流れると、男は満足気に笑みを浮かべる。若干のあどけなさを残してはいるが、非常に端正な男らしい顔つきをしている。笑顔からも伺えるように、大胆不敵な雰囲気を醸し出している。長すぎず、短すぎない黒髪をかき上げながら男はバスタブにその体をゆっくりと浸からせる。体も顔も、地球の人類とほぼ変わりなく見える。


「~~♪」


 男は頷く。良い湯加減のようだ。壁面には相変わらず地球が大きく映し出されている。


「……これから俺様のものとなる星を眺めながらの入浴というのはやはり格別だ……」


 男は地球と向かい合うような形で入浴している。


「しかし……わざわざ俺様が出張ってくるほどの価値がある星なのか? ここまで接近しているというのに、許しを乞いに通信してくるでもなく、ましてや迎撃しようという動きも見られない……まさか、監視衛星の一つも満足に設置出来ないのか?」


 男は呆れ気味に笑い、首を左右に振る。


「まさに辺境の蛮族が住む星ではないか。義父上……皇帝陛下は一体何をお考えになって、俺様を派遣されたのか……そうか」


 男は納得したように頷く。


「ゆっくりと体を休めよという心遣いなのだな、まことにありがたいことだ……」


 男はバスタブに背中を付け、部屋の天井を見上げて呟く。


「こんな星などさっさと制圧し、陛下の心遣いに甘えさせてもらうとするか……!」


 部屋のスライドドアが開き、武装した兵士たちがドカドカと数人入ってくる。


「何だ? 報告があるなら通信を使え、俺様がバスタイムを邪魔されるのがなによりも嫌いだというのは知っているだろう?」


「……」


「なっ⁉」


 兵士たちの内の一人が右手をスッと上げると、兵士たちが銃を撃ち始めた。男はすぐさま、バスタブから飛び出し、その陰に身を隠す。


「くっ⁉ このっ!」


「⁉」


 男は自分の倍以上あるバスタブを持ち上げ、兵士たちに向かって投げつける。


「どわっ⁉」


「な、なんという力……スーツを着ていないというのに⁉」


「怯むな!」


 バスタブが割れ、お湯が流れ出し、煙がもくもくと上がるなか、男は自らの執務机の上に雑に脱ぎ捨ててあった黒いスーツを手に取る。


「スーツを着用させるな! 撃て!」


「ちぃっ!」


 一瞬の混乱から平静を取り戻した兵士たちは射撃を再開する。男はスーツを持ったまま、裸で部屋を飛び出す。


「追え、追え!」


「な、なんだというのだ! はっ⁉」


 通路を素っ裸で走る男は、自らの副官を務める者が立っているのを確認する。


「アマザ! 反乱だ! 即刻鎮圧せよ!」


「……」


 タコのような顔の、男とは違った種族と思われる、アマザと呼ばれた者は沈黙している。


「何を黙っている⁉」


「ジンライ様……漆黒のパワードスーツに身を包み、幾つもの宇宙要塞を陥落させ、数多の屈強な種族を倒してきた……若くして銀河に名を轟かす、超一流のヴィラン……」


「なんだ⁉ 急に褒めそやしても給料アップくらいしかしてやれんぞ!」


「きゅ、給料アップ……?」


 アマザはごくりと唾を飲み込む。


「反乱を鎮圧しろ! 俺様に銃を向けるということは皇帝陛下に対する反逆と同じだ!」


「……残念ながら、皇帝陛下には違った形で御報告を奏上いたします」


「何⁉」


「『ジンライ様は辺境の星で蛮族の奇襲を受け、名誉の戦死を遂げられた』と……」


「なっ⁉ ⁉」


 ジンライと呼ばれた男は信じられないという表情を浮かべる。すると、通路の前後に兵士たちが詰めかけ、銃を構える。アマザは後方に下がると、兵士たちに告げる。


「撃て……」


「くそ!」


 ジンライは通路の壁の汚れた部分をドンと叩く。すると壁が横にスライドし、ジンライはその中に飛び込む。アマザは驚く。


「な、何⁉ あ、あれは予備の緊急脱出用ポッド! 闇雲に逃げているだけかと思ったら、しっかりと把握していたのか! 全く小賢しい奴め!」


 壁が元に戻る。兵士たちが壁に向かって銃撃をくわえる。ポッドに立てこもったジンライは舌打ちしながら、考えをまとめる。


(ちっ! 艦内は全て敵! こんな辺境への任務、おかしいと思っていたが、始めから仕組まれていたのだ! 恐らく、俺様の地位を妬んだ者の企みだろう! 誰の仕業だ……だ、駄目だ! 心当たりがあり過ぎる! ⁉)


 ポッドのドアに穴が開きそうになる。このままでは蜂の巣である。


(スーツを着用すれば! こんな雑魚どもなど! ……ど、どうした⁉ スーツが着用出来ん! こんな時に故障か⁉)


 銃撃は続く。ジンライはポッドを起動させ、宇宙船から切り離す。


(太陽系の端まで逃げれば、あいつの乗る船も航行しているはず! そこで体勢を立て直し、反逆者どもを一気に始末してやる! 見ておれよ!)


 ジンライはモニターを確認するが首を捻る。


「きゅ、旧式過ぎて、詳しい操作が分からん! 航路の設定はどうするのだ⁉ これか⁉」


「……」


「くっ、なにか反応しろ!」


「……反応を感知」


 機械音声が流れる。ジンライは笑みを浮かべる。


「音声認識か⁉ よ、よし! 航路を伝える!」


「強いエネルギー反応を感知。そこまでフルスピードで向かいます……」


「はっ⁉ な、なにを勝手に決めている! どわっ⁉」


 ポッドが急に速度を上げて動き始める。


「航行速度、さらに上昇可能……」


「ど、どこに向かうつもりだ⁉」


「北緯41度、東経140度……」


「ど、どこの座標だ⁉」


「地球、日本国北海道函館市……」


「はあっ⁉ 地球だと⁉」


 そこから僅かな時間でポッドは地球に降り立った。ほとんど墜落に近い形であったが。落下の衝撃でジンライはポッドから投げ出された。


「ぐっ……こ、ここは?」


 ジンライが立ち上がって顔を上げると、そこには裸の女性が立っていた。女性が叫ぶ。


「きゃ、きゃあああ⁉ 痴漢!」


「どおっ⁉」


 ジンライは頬を思いっ切りビンタされ、気を失って倒れ込んだ。

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