~7~
次に意識を取り戻したのは、病院に着いてからだったようだ。消毒液の臭いが独特の空間の中、傍らに片桐がいることが気配で分かる。
「渉さん」
「ん?」
呼びかければ、優しい声が返ってくる。ああ、本当に、この時が永遠に続けば良いのに。
「ボクは、やっぱり疫病神なんだね」
湊の言葉に、片桐は何も返さない。何を返しても、この少年に真の意味で伝わることは無いと知っている。慧眼の少年は、独り、吹雪の中に立っている。誰もそこには踏み込めない。踏み込ませない。悲しい時は悲しいと、つらい時はつらいと、苦しい時には苦しいと、そう喚いて良いのだと誰もこの少年に教えることはなかった。片桐と出逢った時にはもう既に手遅れであったのが悔やまれてならない。その点だけは、片桐は綾木とヴァーリを恨んでいた。誰より近くに居たはずの、誰よりも心を砕いていたのは彼らだったからだ。
「……また、ボクのせいで、誰か死ぬのかなぁ……」
泣きそうな声で、泣きそうな顔で、けれど泣けない少年に、何と返したら良いのか片桐には分からなかった。孤独を愛し、独りを望み、優しい世界からひたむきに顔を逸らし続ける聡く愚かな少年には、何も通じないと分かっていた。
髪を撫で、額にキスを落として片桐は湊の布団を柔らかく叩いた。
「……もう、寝なさい」
幼子に言い聞かせるような柔らかい口調でそう言うと、湊は小さく頷いたあと瞼を閉じた。しばらくして、安らかな寝息が聞こえてくる。
湊の心を守る術が分からない。ガラスよりも砕けやすい心を持った少年は、誰かが傷つく度それを自分のせいだと思い込む。誰も、そんなことなど思っていないのに。
どうすれば良いのだろうか。
何が正解なのだろうか。
分からなかった。何も。何も。
湊の心に住み続ける青年なら分かるのだろうか。湊があの吐き溜めの中で唯一心を開いた彼なら。
「俺は、どうしたらいい。教えてくれよ……ヴァーリ」
呟いた声は、自分でも驚く程に弱々しかった。だが、正解を知っているのは彼だけだという確証がある。それが一体何なのか、教えてほしかった。
ふと、後ろで誰かが動く気配を察し、片桐は振り返った。
モゾリと動いて枕元の眼鏡を取り起き上がって、それをかけた成宮がこちらに向いているのに気付いた。
「起きてたのか」
「…………っす」
目を合わせずに、成宮は俯く。恐らく、今の自分の情けない独り言を聞かせてしまったのだろう。大の大人が情けない。本当に、情けない。
「すまない……変なことを聞かせてしまったな」
「変なことじゃねーっすよ」
カタリと微かな音を立てて立ち上がり、片桐は成宮のベッドの枕灯をつけた。一度湊のベッドに戻ってそちらの枕灯を消し、椅子ごと成宮のベッドに寄ると、湊との間のカーテンを閉めた。
「これで片桐の心の断片が見えた気がするから」
成宮が何とか顔を上げ、弱く笑みを浮かべながらそう言う。
「……何が琴線に触れたか、分かった気がするから」
成宮は泣きそうな表情になったが、俯くことでそれを隠した。この歳にしては大人びた少年だ。男の矜恃、というものなのだろう。
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