春告げ鳥は生命を謳う ‐騎士団長′sの共闘戦譚-

第1話 春告げ鳥の喚ぶ嵐①

「俺だけ……俺だけが遺った。つまり俺が『勝者』だろう⁉ 願いを叶えろ『春告げ鳥』ッ!」

「――ほう? それはまた強引な勝利だの。……しかし気に入ったぞ、妾の叶えられる事柄は限られておるが、それでも構わぬのだろう?」

 巨大な金の鳥籠を抱く白い部屋。

 鳥籠の前で膝を突いて歯を食い縛る砂色の髪の男に、鳥籠の中から応えた女性は不敵な笑みを浮かべる。

「……〈島喰い〉を屠れ! できるはずだ、そうだろう⁉」

 悲痛な表情で訴える男の左眼は、まだ刻まれたばかりと思われる傷で縦に裂かれていた。

 頬を伝った血を乱暴に拭った痕はすでに乾いて赤茶けているが、視力は二度と戻らないであろう決して浅くはない傷だ。

 女性は切羽詰まった様子の男とは程遠い優雅な所作で白い髪を耳に掛け、くくっと喉を鳴らす。

「それができるのならば『お告げ』など降りてこなかろう。……しかし……ふむ。このままでは妾もお前も喰われるだけか――そうだな。『止める』ことならばできよう」

「……!」

 薄紫色をした残る右目を大きく見開いた男はごくりと空気を飲み下すと、震える声で口にした。

「と……止められる……のか? あの……化け物を……」

「ふは。屠れなどと啖呵を切った口でなにを言うか。妾のすべてを絞り出せば、という話ではあるがな。――そこで条件がある。ひとつ、この身体は〈島喰い〉を縛るには保たぬだろう。妾の新しい器を用意せよ。ふたつ、止められるのは八年……いや、十年。そのあいだに四つの騎士団を立て直し戦力を揃えよ。みっつ、次の『お告げ』で同じ望みは聞けぬ。つまりこれが最初で最後、敗れたそのときが妾たちの最期となろう。……以上じゃ。どうかの?」

「是非もないさ! でなきゃ浮島はすべて喰われてしまう……ッ」

「よかろう。南十字サウスクロスト浮島群、その核たる妾がその願い、聞き届けた」

 立ち上がった彼女は、幼い容姿からかけ離れた凜とした表情で――金色の双眸を細めた。


******


「はぁっ、やーっ! ……と、うわぁっ⁉」

「……同じ攻撃を繰り返しすぎだロア」

 突き出した双剣をいなされて、踏み込んだ右足に重心を載せていたロアは踏鞴を踏んだ。

 灰色の髪と冷たい青の瞳を持つ狼々族ろうろうぞくであるロアの頭には髪色と同色の三角耳がふたつ。臀部からはふわりとした尾が伸びているが、まだ十歳の彼はともすれば子犬のようであった。

「燃やせ!」

 そこに響いたのはロアよりも少し高い声。

 ロアの攻撃をいなした男は一歩右へと滑るように移動し、飛んできた拳大の火の玉群から悠々と身を躱す。

 火の玉群を撃ったのはサラサラの金髪に大きな翠色の瞳を持つ少女――にも見える少年。

 ロアと同じく十歳の彼はテト。男性らしい骨格へと変わっていけば少女のような容姿も消えるだろう――と本人は楽観視している。

 左手には自身の顔と同じくらいはあろうかという魔導書を開いて携えており、それが彼の魔法の教本であり武器でもあった。

 まだ炎の槍を練り上げるような複雑な魔法は使えないが、同年代より遥に多くの火の玉を生み出せるだけの才能がある。

「不意を突くなら会話中にしろ、テト。そうすれば少しは気が逸れているうちに――」

「もらいますっ!」

 さらに轟くのは丁寧ながらも鋭い声。

「……ふむ、いい線だが踏み込みが甘いなレント」

 男は突き込まれた右の拳を自分の左手で受け止めると、攻撃を繰り出した少年へと体を寄せて足払いを掛ける。

「うわぁっ」

 引っくり返った少年は朱色の髪とそれよりも明るい橙色をした眼を持ち、ロアとテトよりふたつ年上の少年レント。

 武器はその拳だが、力がつくのはまだまだこれからだった。

「……よし、今日の鍛錬はここまで。次は講義だ、移動しろ」

「えぇー、俺もうちょっとやりたいー」

 不満の声を上げたのはロアだ。頭の上で三角耳が忙しなく動いている。

「僕は講義のほうがいいや。先に行く」

「あ、テト! 私も行きます。……ほらロア、行きますよ」

 テトはぱたんと音を立てて魔導書を閉じると、腰の固定具へと器用に収めてさっさと歩き出す。

 それに続いたレントは年上らしくロアへと移動を促すと、男に向き直った。

「本日もご指導ありがとうございました、ガロンさん。いってきます」

「ああ」

 ガロンと呼ばれた男はひと言だけ応えると……無意識に左眼を縦に裂いた傷痕に触れる。

 十年。正確には既にあと九年と半年ほど。彼らを育て上げる時間は……長いようで短い。

 そして命を賭す危険を彼らに背負わせることを――ガロンはどこかで申し訳なく思っていた。

 けれど次は負けられない。負けは即ち……世界の終わりを意味するのだから。


******


「私たちの住まう浮島群は南十字サウスクロストと呼ばれ、十字のそれぞれの頂点、そして中央に島を持っています。ここはその中心、中央塔を要する場所ですね。各浮島は中央を含めた隣り合った島と天空廊で繋がっています。ではテト、北から右回りに浮島を治める騎士団と島の名を答えなさい」

 深い蒼色をした裾の長いローブを纏う彼女は、ロア、テト、そしてレントに教養を身に付けさせるべく指導係を任命されたアルマ。

 緩やかに大きく弧を描く短めの白髪と目尻や頬に刻まれた皺は、彼女が生きてきた時の長さを物語る。

 壇上から机に向かう三人の少年を見下ろすその瞳は黒々としていた。

「はい。北は〈獣騎士団じゅうきしだん〉の治める『シルヴァ』、東は〈闘騎士団とうきしだん〉の治める『ラクス』、南は〈魔導騎士団まどうきしだん〉の治める『クリスタルム』、西は〈鋼騎士団はがねきしだん〉の治める『アレーナ』です」

「正解です。それぞれが島の環境を表す言葉で、たとえばロア、あなたの島『シルヴァ』の意味はなにかしら」

「……えぇっとー。俺の島は森がいっぱいで……だから、森!」

「正解です」

「へへー」

「それくらいわかって当たり前だよ、ロア……」

 得意気に犬歯を見せて笑うロアに、テトが呆れた声をこぼす。

「ではこの中心の島の名と意味を、レント。答えなさい」

「はい。名は『メディウム』……そのまま中心の意味です。『メディウム』はほかの四島の住人をすべてかくまえるほどの空間が内包していて、内部は潤沢な魔素によって農産や畜産も可能です。いま私たちがいるのは聳える中央塔ですが、この頂点に住まう『春告げ鳥』がお告げをすると――騎士たちは〈島喰い〉と戦わなければなりません。私たち三人はガロンさんに選ばれた次期騎士団長で、勝者は願いを叶えてもらえるといいます!」

 レントは机から身を乗り出すようにして聞かれてもいないことまで口走る。

 アルマはそんな彼を敢えて止めず、静かな瞳で見据えていた。

 ……どうやらそれに気を良くしたらしいレントは、鼻息も荒く続けて言葉を紡ぐ。

「半年前に南十字サウスクロスト浮島群を喰わんと現れた〈島喰い〉はお告げによって予見されていました。私たち子供やお年寄りたちは皆『メディウム』の地下に隠れていたので生き残った方々の話を聴くのみですが――四つの騎士団は死闘を繰り広げたそうです。〈鋼騎士団〉団長ガロンさん以外の騎士団長は皆、時間を稼ぐために戦って命を奪われてしまったけれど――その間にガロンさんが『春告げ鳥』とともに〈島喰い〉を封じる術を発動、これを成功させました!」

「…………」

 得意気なレントとは反対にロアの耳がしゅん、と垂れる。臀部から伸びた尾もだらりと下がったまま動かない。

 横目でそれを見たテトは顔を顰めた。

「……レント。君、少しは気を遣いなよ」

 ロアの父親は〈獣騎士団じゅうきしだん〉を率いる団長であり、母親も騎士だった――つまりレントが語る〈島喰い〉との戦いで散って……この世にいないのだ。

「あっ……」

 レントも己の失言に気付いたらしい。

 小さくこぼすと眉尻を下げて視線を彷徨わせる。

 少しのあいだ……呼吸さえ忍ばれるような静けさが満ちたが、そのいたたまれない沈黙を破ったのは――ロアだった。

「ううん、いいんだレント。父さんは皆を護ったんだから。騎士団の皆も俺によくしてくれるし……寂しいけど大丈夫だから。テトもありがとな!」

「……ロア、ごめんなさい。私、無神経でした……」

「いいよ、許す!」

 ロアは優しく快活で底抜けに明るい。

 この明るさが皆を照らす希望になりますように……と、指導係のアルマは密かに思う。

 犬歯を見せて笑うロアを確認して気を取り直すと、彼女はぱんっと手を打った。

「気配り、心配りは大切な素養です。そして謝ることも、赦すことも……どうか、それを忘れないでくださいね。――では続けましょう。今日は貴方たち三人の今後についてご説明しますから、よく聞いてください」

 アルマはゆっくりと息を吸うと、神妙に頷いた三人に向けて講義を再開した。

「五年後……貴方たちは騎士団長に就任します。そのとき初めてこの塔に住まう『春告げ鳥』と謁見することが許され、以後は騎士団長の特権により自由に中央塔へと訪れることが可能です。それまでの五年は西の浮島『アレーナ』を治める〈鋼騎士団〉団長ガロンの鍛練を続けていただき、私からは教養を身に付けるための指導を行います。それからの五年はそれぞれが己の騎士団を磨きあげ……きたる『お告げ』に備えてください。最終的には〈島喰い〉を討伐すること――これが貴方たちのやるべきことです」

 倒しきることができずに封印されただけの〈島喰い〉を今度こそ倒す。

 それがどれほど難題なのか――まだ幼いロアたち三人は誰も理解できないかもしれない。

 半年前、〈島喰い〉を目の当たりにした彼女は情けないことに腰を抜かしてしまった。

 いまでも思い出すと足が竦むような寒気が全身を駆け抜けていく。

 畏怖すら憶えるほどの絶対的『強者』――。

 数多の騎士と、それを率いていた三人の騎士団長が散ってしまうほどの驚異。

 ……しかし彼らが命を賭して戦っている間、アルマはこの『メディウム』の地下で震えているしかできなかったのだ。


「――アルマ先生」


「あ、はい。なんでしょう、テト」

 物思いに沈んでいた彼女は肩を跳ねさせて我に返った。

「どうして僕たちなの? まあ、僕は魔法が得意ではあるけど……大人に勝てるほどじゃないし」

 アルマはその問いに「ふふ」と笑うと、両腕を広げる。

 彼らの指導係に立候補したのは……自分がなにもできなかったからだ。

 彼らが強くなり、生きて戦い抜くための知識を教えること――それが自分の使命であると思った。

「いまから大人に勝ってしまったらガロンも舌を巻いたでしょうね。……そうですね、選んだのはガロンですが、貴方たち三人はそれぞれが特化しているのです。テトは魔法に。レントは肉弾戦に。ロアは斥候、つまり隠密行動や敏捷力に。――〈島喰い〉と戦うために連携が必要になるとガロンが言っていましたから、詳細は彼に聞くとよいでしょう」

 ロアはその言葉に耳をぴくぴくと動かして跳ねるように立ち上がった。

「ガロンに聞くってことは鍛練ができる! 俺、すぐに行って――うわわ!」

「まだ私の授業は終わっていませんよ、ロア?」

 すかさずロアの襟足を掴んだアルマに、彼は渋い顔をして唇を尖らせながらこぼした。

「……勉強、嫌いだ……」

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