第20話

 係員の案内が始まったとたん、乗客がゲートに群がった。福岡発札幌行きの正午をまたぐ便は長蛇ちょうだの列となった。

 チケットを見せてゲートを通った後は、人の流れに身を任せて飛行機へと向かう。

 この私は一抹いちまつの不安に襲われていた。これがなかなかどうして、飛行機までの道則みちのりが長いのだ。

 飛行機に乗るために、一度この建物を出なければならないとは。ここは空港だというのに、まったく信じがたい。

 この私はこれまで飛行機に乗る機会が少なかったため、あまり勝手を知らない。

 この不安がこの私だけのものなのか、念のために確認しておくことにした。


「それにしても、遠いな」


「そうね。でも、日本列島の南から北へ縦断じゅうだんするといっても、ここから札幌までの空路よりはここまでの航路のほうが時間がかかるから、感覚的には――」


「いや、そうではなく、待合室から飛行機までの話だ」


 美咲みさきは一度押し黙ったが、すぐに答えてくれた。


「……そう? こういうものなんじゃないかしら。搭乗口が遠い場合はバスで飛行機まで移動しなければならなかったりするみたいよ。私も詳しくは知らないのだけれど」


 最後の一言はこの私の面目めんぼくのためにとっさにつけ足した感じがした。

 この私の面目がつぶれるという思考そのものが侮辱的ぶじょくてきであるが、男を立てる女には価値があるし、現代においてはそこに希少価値も含まれる。

 何より凡夫ぼんぷならざる美咲の言葉である。寛容かんようなるこの私が許さないはずがない。


 それにしても、美咲は海外に行ったことがあるのか。それもきっと経営コンサルタントという仕事柄必要だったに相違そういない。

 この私は仕事上で必要にならなかったから行ったことがないだけだ。うむ、そうなのだぞ、おまえたち。

 ともあれ、この私の不安は杞憂きゆうだったようだ。

 言っておくが、おまえさんたち。べつに飛行機に慣れていないから不安だったわけではないぞ。船橋ふなはしを警戒しているから不安だったのだ。


 階段を下りた先には陽光が待ち構えていた。

 手で悪意ある直射光を退しりぞけながら、乗客を仕分けしている女性係員に従ってバスへ向かう。

 こうして人ごみにまぎれていると、この私がまるで凡夫のようではないか。

 だがいまは贅沢を言っている場合ではない。いたしかたない。


 バスには乗客がバラバラに座っていた。最初に埋まりそうないちばん奥の席が空いていた。この私は吸い込まれるようにそこへ向かう。しかし、この私のそでがひっぱられる感覚があった。振り向くと、美咲が入り口の大扉に最も近い席に座った。


「美咲、そこは優先席だ。奥の方へ行こう」


 美咲は丸く大きな瞳でこの私を見上げた。それは意外そうな表情であった。この私が優先席ごときに気を使ったのが意外だったのだろうか。

 美咲の大きくうるわしい瞳には、奥の座席以上にこの私を引き込む力が備わっていた。この私は美咲の反論を聞くより先に美咲の隣に座った。


ただしさん。用心するに越したことはないわ。何かあればすぐに外へ出る必要がある。少しでも扉に近いほうがいいわ」


「なるほど……」


 そう納得の言葉を返したものの、さすがに用心のしすぎではないかとこの私は思った。

 いくら用心してもしすぎることはない、などとよく言うが、これは用心しすぎであろう。

 荷物検査のゲートをくぐった時点で船橋はこの私の逃亡を阻止そしできなかったと言ってよいのに。


「ところで、あなたの言っていた探偵さんとはいつ合流するの?」


「彼には我々の便名を告げてある。飛行機内で向こうから会いに来てくれるそうだ」


 もしも船橋ふなはしさとるがこの私に気づかれることなく飛行機に乗り込んでいたとしたら、カノンが奴を始末してくれる。

 飛行機内ならば奴に逃げられることはない。

 船橋理はおそらく鋭い。ゆえに上空の密室へ誘い出すまで、カノンの気配を悟られてはならない。

 だからこそ、飛行機に乗る前の合流は避けたのだ。


「そう……」


 美咲は一言だけつぶやいて、いつもどおりにキラキラしている眼差しを入り口のステップに落とした。

 少し考え込んでいる様子だ。

 さすがに飛行機内で合流というのは不自然すぎるだろうか。彼女も鋭いのだ。彼女がいぶかしむのも仕方ない。

 だがこの私のシナリオがほころびることはない。用意周到なるこの私は、いかなるイレギュラーに対しても、事前にそれを想定した合理的理由づけをしている。


 乗車の足が途絶とだえて少し待つと、扉が閉まり、バスが動きだした。

 状況が急激に動きだしたのは、バスが動きだした少し後だった。


 その契機けいきを作ったのは、作ってしまったのは、この私だった。


 用心深く用意周到であるこの私は、カノンに電話をかけた。

 機内では電話が使えないため、いまのうちにカノンがちゃんと来ていることを確認しようと考えたのだ。


 突如として車内にメロディが鳴り響く。

 それは、そのメロディは……。




 ――パッフェルベルのカノン。




 殺し屋であるカノンが携帯電話をマナーモードにしていなかったことに驚きを覚えつつ、周囲の様子をうかがう。

 もしも船橋理がこのバスに乗っていたら、カノンの存在が露見してしまう。

 カノンが殺し屋であることや、彼がこの私の知り合いであると感づかれなかったとしても、船橋理の意識に残ることによって、作戦の失敗確率が格段に上がってしまう。船橋理は狡猾こうかつで油断ならぬ、凡夫ならざる者だ。

 この私は席を立ち、メロディの発信源たる後方座席を見た。カノンの居場所と船橋理の存在の有無を確認するために。


 そのときにこの私が目にしたものは、壮絶な修羅場であった。


「かくほーッ!」


 怒号が響くと同時に何かが床を叩き、金属音が響く。


 手荷物検査をどうやって潜り抜けたのか、カノンが持ち込んだそれは、円筒状の小さなスプレー缶のようなものだった。

 それは爆弾かと思われて身が凍りついたが、その金属筒から白い煙が噴出したことで、それがスモークグレネードであると分かった。


「取り押さえろ! 絶対に逃がすな!」


 後方の座席の一箇所に窓が開いている所がある。

 思い返せば、スモークグレネードが床に落ちる音にわずか一秒ほど遅れて窓の開く音がした気がする。

 声の主とその仲間は、グレネードにひるんでしまったせいで、伸ばす手が一瞬遅れ、カノンと思しき人物を取り逃がしてしまった。


「大丈夫です。外で待機していた人員に任せましょう」


 白い煙幕の向こう側から足音が近づいてくる。怒号を放っていた声とは別の声。その落ち着いた声には聞き覚えがある。

 カランカランという乾いた無機質な音が車外から聞こえた。さっきのスモークグレネードを窓の外に放り出したようだ。

 人の影が煙の中から浮かび上がるに従い色彩を帯び、この私の眼前に顕現けんげんした。


「貴様、船橋理!」


 ついに鉢合わせてしまった。みさき美咲みさきの前で、この私とカノンが暗殺しなければならない相手の船橋理と。


 船橋本人を前に奴がこの私の命を狙う殺し屋であるなどと説いたとして、美咲はすんなりこの私の言葉を受け入れられるだろうか。

 船橋が否定することは容易であるのに対し、それを否定して奴を殺し屋であると第三者に確信させることは、この私ですら極めて困難である。


 これはこの私の失態か?


 いいや、カノンの失態だろう。なぜマナーモードにしていなかった? 

 いや、それはあまり責められまい。おそらくカノンはマナーモードにしていた。現在において最も重要な着信が来る可能性に配慮し、この私の電話だけ音が鳴るように設定していたに相違ない。

 だがしかし、その音をパッフェルベルのカノンにしていたのは、やはりカノンの失態だ。そんな着信音が鳴れば、カノンがいるとすぐにバレるではないか。

 ん? いや、待て。パッフェルベルのカノンが鳴ったとして、彼のことを知らない者が殺し屋カノンの存在に気づくはずがないではないか。

 彼は世間では親指殺人のサムとして周知されており、彼の本当の名前がカノン――本当の名前は別にあるだろうが、本当の名乗り名がカノン――であることも、彼が着信音にこだわってパッフェルベルのカノンに設定していることも、彼本人と依頼者しか知らないはずなのだ。


 と、いうことは……。


「船橋理、貴様、カノンのことを知っていたのか⁉」


 この私はこの私の隣に立った男をにらみ上げて問い正した。

 奴はスーツを着ていた。他の乗客にうまく紛れるためのコスチュームであろう。奴の若さでは社会人というより、リクルート活動をしている大学生に見える。


「ええ、まあ」


 船橋理は少しひきつった微笑をこの私に落とした後、すぐに奥の方、岬美咲へと視線を移した。


「美咲、こいつは――」


 こいつがこの私の命を狙っている殺し屋で、先ほど逃げた男が探偵だ。無理があると思いつつもそれを美咲に説明をしようとしたとき、この私の言葉に船橋が声を被せてきた。


「いいかげん、邪魔をするのはやめにしてもらえませんかねぇ。ええと、岬美咲さん。もう、いいでしょう?」


 どこか違和感のあるさとし方だ。

 まるで美咲がすべて知っていてこの私をサポートしていたかのような。

 そしてそれを船橋理が知っているかのような。


 いや、キザな船橋理が美人を諭すのに格好をつけているだけだろう。

 典型的な空回りだ。


 そのとき、切り忘れていたこの私の携帯電話から叫び声が聞こえた。


「ひぐらしィッ! その女から離れろォッ!」


 これはカノンの声。その女とは、美咲のことか⁉


 この私が美咲を見ると、美咲もこの私を見ていて視線がぶつかった。

 いつもどおりのキラキラした大きくて魅力的な瞳だ。

 小首をかしげて「どうしたの?」とでも言っているようだ。


 美咲の手が動く気配がした。

 魅力的でありながら、どこか不安を駆り立てる大きな瞳をさえぎろうと、この私もほぼ無意識のうちに手を挙げた。


 ――カチャリ。


 この私は音源たる手元を見る。

 美咲の手には手錠てじょうが握られていて、その手錠が座席の肘掛を逮捕していた。

 この私が手を持ち上げなければ、その銀色の無骨ぶこつなブレスレットはこの私を拘束していたはずだった。


「どういうことだ、美咲……」


 言うと同時にこの私は席を立った。

 その瞬間、船橋の手が伸びてきた。

 この私は三色ボールペンの中に忍ばせて持ち込み、隠し持っていたアイスピックで、瞬時に船橋の手を切りつける。が、船橋は間一髪で手を引いてそれをかわした。


 この私は船橋を警戒しながら美咲の返事を待った。

 美咲の返事はこの私ではなく、船橋理に対して返された。


「これはこれは、とんだ名探偵さんだこと。県警から何人の助っ人を借りたのかしら。それでいてこのていたらく。ターゲットには逃げられるわ、殺人犯には凶器の抜刀を許すわ。何より、私の作戦を完全に台無しにしてくれたわね」


 美咲の言葉をこの私はすぐには理解できなかった。

 裏切られた、とまず思った。そうではなく、出し抜かれた、たばかられていた、と次に直感した。


「あの着メロが鳴ったときに彼らの殺気がれてしまって、それをカノンに感づかれたんだ」


 船橋は親指で自分の後方を指し示した。

 その手は下ろさず、船橋はこの私を見て話を続けた。


「日暮さん、あなたは失態を犯したと思っているでしょうけれど、当のカノンさんはあなたに感謝していると思いますよ。こうして罠に気づくことにできたのだから。ま、いまごろは外で待機していた刑事たちに捕まっているでしょうけれどね」


「どうかしら。あの武装の様子からして、一筋縄にはいきそうにないけれど」


 美咲が口を挟んだ。

 この口調、明らかにこの私よりも船橋理のほうが付き合い馴れている感じがするが、これは相手が凡夫であるからということだろうか。


「まあ、それはいなめないけどな。でも、いちばんの大失態を演じたのはおまえだろ。おまえの顔はカノンに知れていた。それはさっきの携帯電話越しの怒声から分かるよな? カノンは日暮さんとおまえが一緒にバスに乗り込んだ時点で警戒心を極限まで高めたんだ。だから逃亡の準備を許し、さっきみたいな迅速な逃亡を可能にできたんだ」


 たしかに。さっきの警告は、船橋ではなく美咲から離れろと言った。カノンは船橋以上に美咲を警戒したのだろう。


 そのとき、船橋の後方から声がした。

 さきほど怒鳴っていた声とは違う声。落ち着いた声が呼びかけてきた。


「夫婦喧嘩も大概たいがいにしてくださいよ……」


 この状況が単なる喧嘩に見えるのか?

 よほどの凡夫らしい。このボヤ騒ぎのごとき状況でどうしてそう落ち着いているのか。凡夫だからか。凡夫だから説明してやらねばならぬのか。それほどまでに凡夫なのか?


「そう見えるのも詮無せんなきことだが、この私と美咲はまだ夫婦ではないのだ」


「はぁ? あなたではなく、船橋夫妻に言ってんですよ」


 船橋、貴様、結婚していたのか。

 だが煙が引かず姿が見えない後ろの男はなにとぼけたことを言っているのやら。

 船橋の嫁などどこにもおりはせぬ。船橋と喧嘩しているように見える女といえば、それは岬美咲くらいしかおらぬではないか……。


「美咲よ、君の名は本当に岬美咲だろうな? よもや偽名ということはあるまいな……」


「私、本名は佐藤優子といいます。岬美咲というのは偽名です。お察しのとおり、あなたの私に対する認識はすべて、私が用意した偽物です」


「なん……だ……と……」


 岬美咲は、いや、佐藤優子は、ニコリと微笑んだ。


「佐藤優子もいまでは本名じゃないけどな」


 付け足す船橋を美咲がひと睨みしてこの私に向き直る。

 なんと仲のよいことか……。


「私はエージェント・ネームとして旧姓を名乗っていますが、本名は船橋優子と申します」


「あ、そう……」


 ぐつぐつ、ぐつぐつ、と何かが煮えている。

 音はなく、熱だけがある。

 この私の中で、何かが突沸とっぷつしている。

 同時にそれを冷静に観察する冷水のごとき思考もこの私の中に存在している。

 遅すぎる。

 煮えるのが遅すぎる。


 それはつまり、ようやくこの私が出し抜かれた実感をいだきはじめたということだ。

 それを認め、理解することによって、全力でこの凡夫どもを叩きのめすことができる。


「貴様……だましたなァアアアアッ!」


 いまや憎しみしか沸かない。

 しかしもったいない。これほどの美人が、なぜこんな凡夫の妻に……。

 いいや、もっと煮えろ。煮えるべきなのだ、この私は。この私は人妻にもてあそばれていたのだ。いくら年下とはいえ、人妻だ。お手つきだ。


「あなたこそ、人を殺したことを隠していたでしょう?」


「あたりまえだ! 隠していなければ、この私を信用するはずなかろう」


 船橋がニヤリと笑った。「ついに認めましたね」とでも言いたげだったが、いまさらどうでもよいことだ。

 奴らの本命はカノンだったのだ。

 この私はダシに使われたにすぎない。上格者であるこの私を、単なるとして使ったのだ。殺人犯でさえあるこの私を、である。

 決して許されることではない。


「日暮さん。私は最初からあなたを信用していませんでした。私は基本的に人を信用しないけれど、それを抜きにしても、口調から推し量れるあなたの人格はとうてい信用するに値しない愚劣ぐれつなものでした。もちろんそれは、あなたが人殺しだと知らなかったとしても同じことです」


 佐藤優子の言葉に、一瞬、言葉が出なかった。詰まったというより、途方もない罵倒に対し、返せる同等の言葉を見つけられなかった。


「こぉんの、おんなアァ! 殺す。殺してやるゥウウウウウ!」


 佐藤優子。貴様の血を浴びて、瀕死の貴様に自分の血の味、臭い、感触、温度を実況してやるぞ。あるいはこの私の尿を貴様の血管に注射器で注入してやろうか。

 血液とは体内のさらに内側にある存在。己の体の構成成分を蹂躙じゅうりんされることほど、女として屈辱的なことはなかろう。

 この殺意、あの豚女に抱いたときの比ではないぞ!


 この私は船橋理に向けていた右手のアイスピックを佐藤優子にも向け、二人に対して殺意を向けた。

 だが冷静沈着であるこの私は、激情に任せて飛びかかったりはしない。この二人を確実に殺すために、態勢を立て直す必要がある。

 この私はアイスピックを構えたまま、決して油断せず、少しずつ後方に下がった。

 このまま下がれば運転席に辿りつく。運転手を人質に取り、まずは空港の敷地内を延々と走っているこのバスを停めさせ、下車せねばならぬ。


 と、そのとき――。


 この私の右側から何かが動く気配がした。

 激情していることを表に出し、その実、極めて冷静でいるこの私は、瞬時に状況を理解した。

 このバスはカノンを捕らえるための罠だったわけで、乗客全員が仕掛け人であることは必然。

 つまり乗客は全員が探偵か刑事かのどちらかなのだ。ここまで誰も悲鳴をあげて騒いでいないのが何よりの根拠といえる。

 そして動く気配があったということは、この私を取り押さえようとそやつが飛びかかってきているということ。


 この私が相手の顔も確認せずに右側へアイスピックを振りいだ。

 そやつはこの私がこんなにも的確に反応できるとは想定していなかっただろう。この私はまんまとそやつの目をかき切ってやった。


「アアアアアアアッ!」


 第一号の悲鳴に車内の緊張感が一気に増した。

 しかしそれは、いまのこの私には些細ささいなことのように感じられた。

 この私は全身の毛が逆立つ感覚に襲われていた。

 身体が内側から熱くなり、背筋がゾワゾワとする。


 この感覚は何だ? 

 快感か? 


 否、違う。その前兆だ。


 もっと、もっと痛めつけ、悲痛の叫びを聞きたい! 

 そして、その叫びをこの私自身の手で止めて見せたい! 


 そう、殺すのだ。

 それはもう、きっと至高の快感だろう。


 そしてもっとたくさん、少しでも多くの人間を殺したい! 

 快感の極みはその先にある。


 この私が凶器を振るう結果として、地べたに転がる死体の山を見下ろしたとき、そのときにこそ、最上なる恍惚こうこつが訪れるのだ。


「ははっ」


 思わず笑いがこぼれた。

 この私に大いなる野望が生まれたことに乾杯したい気分だ。

 とりあえず、いまのは見せしめだ。これで容易に誰もこの私を捉えようなどという愚行ぐこう先走さきばしる者はおるまい。


 だが、船橋理の表情はこの私の想定を外れたものだった。

 それは激怒と呼べばよいのか、憎悪と呼べばよいのか。その視線から放たれる殺気じみたにぶい光は、少なからずこの私の魂を萎縮いしゅくさせ、若干ではあるが、この私の動作から鋭さを奪ったらしい。

 この狭い空間の中で、船橋が真正面からこの私に向かって飛び込んできた。

 アイスピックを素早く振るったが、気づけばアイスピックは床の遠いところに落ちており、この私は身動き一つできない体勢にされて制圧されていた。


 この私を片手と片膝で拘束する船橋は、もう片方の手でこの私がほかに凶器を持っていないか探りながら叫んだ。


「すぐに救急車を呼んでください!」

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