この私がか!?

日和崎よしな

第一章 この私がそこに至るまでの経緯

第1話

 さあて、おまえたち。

 いまからこの私がおまえたちの心を読んでやろう。


 おまえたちの心は、カーテンを取り払った部屋のように丸見えだ。

 そんなおまえたちの心を、週刊誌が掲載するスキャンダルばりに表へ引きずり出してやろうではないか。


 さあて、おまえたち。

 1から9までの九つの数字の中から、二つの数字を思い浮かべてみたまえ。

 この私がおまえたちの思い浮かべた数字を当ててやろうではないか。


 さあ、思い浮かべたまえ。


 思い浮かべたかね?


 思い浮かべたら紙に書きたまえ。

 証拠を残すのだ。嘘などつかせるものか。


 書けたかね?


 よし、書けたな。

 まだ書けていない者はとっとと書きたまえよ。書かなければきっと後悔するぞ。


 書いたか? よし。この後に及んでまだ書いていないれ者はもう待たぬ。


 さあ、言い当てるぞ。心して聞きたまえ。


 おまえたちの思い浮かべた数は、ずばり――


  ※


  ※


  ※


  ※


  ※


 《3・8》だ!



 どうだ? 当たっていただろう? 少なくとも一つは当たっていただろう?


 うむ、そうだろう、そうだろう。


 おっと、かすりもしなかったと言っているそちらのおまえさん、すまない。

 おまえさんは少数派だったのだ。

 べつに私はおまえさんの心が読めなかったわけでも、おまえさんを無視したわけでもない。

 この私はいま、大勢に対して読心を披露しているわけであって、全員に話しかけている都合上、心の声が最も多かった3と8をそれと言わざるを得なかったのだ。

 おまえさん以外の大多数のおまえたち――数字を思い浮かべずに私の答えを聞いた臆病者や卑怯者を除くほぼすべての者――が、3か8、あるいはその両方を心に思い浮かべていたのだ。

 ああ、あと5も多かったな。


 ところで、この私はこの世界に生きる人間を二種類に分類した。


 それは、凡夫ぼんぷ上格者じょうかくしゃである。


 凡夫とは、常世とこよにありふれた凡庸ぼんようなる人間。人間である必要のない、人間らしい人間。3・5・8を選んだ人間。そう、《おまえたち》のことだ。

 私を無視して数字を思い浮かべなかったそこのおまえももちろんこれに含まれる。


 上格者とは、稀有けうながら人間である価値のある人間。3・5・8を選ばなかったそちらの《おまえさんたち》のことだ。

 さあて、おまえたち。

 ここで一度、この私はおまえたちに念を押しておかなければならない。


 これは小説である。


 さらに念を押すが、《おまえたち》とはおまえたち読者諸君のことであり、べつにこの私は小説内の登場人物に呼びかけているわけではない。


 さらにさらに念を押すが、《この私》とはこの私、日暮匡という登場人物のことであって、小説の作者などでは決してない。

 だからおまえたちのことをお客様などとは微塵みじんも思っておらず、平気で「この凡夫め!」とののしったりするのである。

 ちなみに、凡夫のために補足しておいてやるが、この私の名前 《日暮匡》は、ヒグラシタダシと読む。覚えておきたまえ。

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