屋敷

 俺たちはエドに連れられた勢いで彼の運転する車の中にいた。時間帯は既に夜の七時となっており、辺りはとても暗く、町の中心部からも少し外れた道を走っている。街を外れると、そこは舗装された二車線の道路以外は手付かずの自然が広がっていた。おそらく、惑星一個という広大な土地を住人たちが持て余しているからだと俺は思った。俺たちが住んでいた地元でも、街の中心部を抜ければこういった風景が広がっていた。俺たちの目的地はエドの自宅だった。街の中心部から車で三十分ほどかけて車を走らせた。

 車内はしばらくの間静かだったが、ふとしたタイミングでエドが一息をついて、運転を自動モードに切り替えて話を始めた。

「なあ、君たちは家出でもしてきたのかい?」

 その通りだった。俺たちは今、家出をしてこの車の中にいる。どうして見抜けたのだろうか。

「…… どうしてわかったんですか?」

 気になった俺がエドに尋ねた。すると、彼は少し微笑んだ様子で答えてくれた。

「なあに、簡単なことだ。君たちのような子を大勢見てきたからね。私には直感的にわかるのだよ」


 俺たちはその答えの真意がその場では、よく分からなかったが、何か、自分たちが大事にすべきことを受け入れてくれるような安心感をこの紳士は俺たちにもたらしてくれた。

『自宅前に到着しました』

 またしばらく無言が続いてたが、車の人工音声が、アラーム音と共に目的地への到着を告げ、車が停車した。目を窓の外に向けると、前方には大きな格子状の門が立ち塞がっていた。

「待ってろ。今、門を開けるから」

 エドがそう言って車から降りて門の方まで向かった。レイは少し驚いた表情で、

「これが、おじさんの家?」

 と問いかけた。エドが門の横にある装置を操作し終えると、門が自動でゆっくりと開かれはじめる。彼は自動車のキーを操作すると、自動車の方もゆっくり動きはじめて、門の向こうへと走る。


「ようこそ! 我が家へ!」

 彼は大きな声をあげている。俺は呆気に取られて少し混乱した。レイもセイジも同じ思いだったらしく、セイジは少し小さめの声で

「マジかよ…… 」

 と呟いていた。


 門をくぐった先には二つの建物が建っていて、一つは豪華絢爛の言葉が似合う大昔の建築様式が取り入れられている手入れの行き届いた大屋敷。またしても、セイジの歴史的知識を頼りに説明するのならば、この大屋敷は十七世紀頃の建築様式で作られたカントリーハウスというかつての貴族たちが住んでいた邸宅だった。もう一つは、大きなガレージの様な建物で、出入り口の周囲には様々な工学部品が散乱していた。

 車から降りた俺たちは屋敷の入り口まで歩いて移動した。その際、エドはこの屋敷についての説明をしてくれた。

「この家は、私の先祖が大事にしていた屋敷でね。地球からこの地に移築したんだ」

 一人の老男性が立っていた。格好からするに召使いのようだった。

「お帰りなさいませ、エドワード様」

「ただいま。アルフレッド」

 召使いはエドの脱いだジャケットを手に取ると何も言わずに去っていった。

「今のは私の召使いのアルフレッドだ。さて、ご飯にするとしよう。彼にご飯の相談をしてくる」

 そう言ってエドもアルフレッドと同じ方向へと歩いていき、この場には俺たちだけになってしまった。


「なんか、とんでもねえことになったな」

 セイジが小声で俺とレイに話しかけた。俺とレイは共感の意で大きく頷いた。これから俺たちはどうなるのだろうか。そう考えている間にエドが

戻ってきた。

「こっちに来たまえ、さあ今からご馳走だ」

 戻ってくるなりエドは手招きをしながらこう言った。俺たちは昼から何も食べてなかったこともあって、彼についていくことしかできなかった。


 しばらく歩くと、これまた豪華な部屋へと案内された。広めの空間に綺麗に整えられた大きなダイニングテーブルが一つと、豪華な装飾の施されたイスが左右合わせて十席ほど並べられ、壁には価値のありそうな大きい絵画が掛けられている。俺たち三人は横に並んで座る。エドは俺たちと対面できるように斜め前の席に座った。それから程なくして、アルフレッドがご馳走を人数分運んできてくれた。

「さあ、ゆっくり食べてくれ」

「いただきます…… 」

 エドに言われるがまま、俺たちはご馳走を口へと運ぶ。とても美味しい。気がつくと、料理を口へと運ぶ手が止まらなくなっていた。


「君たちのデバイスを直すのに時間がかかりそうなので、しばらくここに泊まるといい。必要なことがあったらアルフレッドに聞いてくれ」

 食事が一通り済んだあと、エドはこう言ってくれた。俺たちは断る理由もなかったので彼にレイのデバイスを預けて、アルフレッドに部屋へと案内してもらった。部屋へと入ると、やはり部屋はとても広くて、俺たち三人がしばらく滞在する分には困らない環境だった。


「なあ俺たち、とんだ所まで来ちまったな」

 部屋に荷物を広げ、三人それぞれシャワーを浴びたあと、いざ寝ようとした時にセイジが少し楽しげにこう言った。

「だね」

「そうだな」

 レイと俺も同感の言葉を愉快げに言う。直後、俺たちの間で爆笑が起こった。

「俺たちの街からまさか、ここまで行くことになるなんて」

 俺が笑いながら呟いた。すると、どういうわけか笑いながら俺の目から涙が出てきた。

「おい、ワタル大丈夫か?」

「大丈夫」

 俺は笑い泣きながらセイジの心配に対して“大丈夫”と言ってしまった。心のどこかでは大丈夫じゃなかったはずなのに。この時の俺は感情を整理しようにもできなかったし、どんな感情なのかもをうまく言葉にはできなかった。レイとセイジはそれを汲み取ったのか何も言わずにいてくれた。俺が一通り泣き止んだタイミングでドアをノックする音がした。

「はい」


 レイが応じるとドアの向こうからエドがやってきた。彼は少し優しい表情で話をはじめた。

「明日の朝、君たちを連れていきたい所がある。良いかな?」

「…… 良いですよ」

「良いですが」

「構いませんよ」

 特にここでやることを決めていなかった俺たちは、エドの提案に乗ることにした。

むしろ、この地でやることができてありがたかった。

「じゃあ決まりだ。では、おやすみ」

「おやすみなさい」

 三人揃ってエドに挨拶をした。彼はそれを聞くとドアの向こうへ去っていった。俺たちは一日動き回って疲れていたので、程なくして部屋の明かりを消してベットに入った。窓から月がよく見ていた。



 目が覚めてふと窓の外を見るとまだ外は暗かった。何時だろうかと思い部屋の壁にかけられた時計を見ると時刻はまだ朝の五時くらいだった。一体何時間しっかり眠れたのだろうか。レイとセイジに目を向けると二人はまだ眠っている。とてもいい寝顔だったので、俺は二人をそのままにして部屋の中にある洗面台へと向かった。洗面台にたどり着いて、顔を洗う。それが俺の朝の日課だった。顔を洗い終えてタオルで拭いていると、ふと気になって、デバイスを見た。そこには父や母からの連絡はもちろんなかった。決して父や母から何かを期待していたわけではない。だが、それはただの虚勢だと自分でも分かっていた。俺は、本当は何かを求めていて、期待していて、それが叶うことは無いのだと理解していたが、それでも悲しかったのは紛れもない事実だった。


 そうしていると、ドアを叩く音がした。俺が応じてドアを開けるとそこにはエドが立っていた。彼は機嫌良さそうに挨拶をした。

「おはよう」

「おはようございます」

「これから朝ご飯だ。二人を起こしてダイニングまで来てくれ」

 俺は頷いてそれに応じた。すると彼はすぐに向こうのほうへと歩いていった。ドアを閉じた俺はすぐに服を寝巻きから着替えた。ネックレスをいつも通り首に下げる。それは俺とってはとても大事なことだった。ベットのそばには二人のイヤーカフとブレスレットが置かれていた。

「おい、起きろ二人とも。朝ごはんだぞー」

 俺は二人を起こそうとした。

「だめ……、まだ、眠い……」

「俺も……」

 とても眠たそうに二人が言った。以前、俺とセイジはレイの家に泊まったことがあったのだが、レイもセイジも朝にとても弱かった。それを思い出して、俺は少しばかり頭を抱えた。

「とにかく、起きろ!」

 大声出すと、二人は驚いて飛び上がった。二人はとても眠そうだったが、なんとか着替えと準備を整えて部屋を出てくれた。


「なあ、今日はエドがどこかへ連れて行くって言ってたよな。どこへ行くんだろうな? 」

 ダイニングまで歩いているとセイジがそう言った。確かにエドはどこへ連れて行くつもりなのだろうか。俺たちは歩きながら少し考えてみたが行き先は全く思い浮かばなかった。後で冷静に考えるとそれもそのはずで、俺たちはこの星に何があるのかさえ詳しく知らずに来ていたからだった。ダイニングへと着くと、すでにアルフレッドがテーブルに朝食を並べてくれていて、エドも席に座って俺たちを待っていたようだった。


「おはよう諸君。今日はかなりの長いドライブになるから、今のうちに好きなだけ食べておけ」

「ありがとうございます」

「では、遠慮無く」

「いただきます」

 エドの挨拶にそれぞれ返しを入れると、俺たちはすぐにご飯を口に入れた。


 二十分ほどかけて食事を済ませた俺たちは、少しの手荷物を持って屋敷内の庭に出て、エドの車へと乗った。

「では、行くぞ」

 そうエドが言うと、車の自動運転装置が作動して、設定された進路を走り始めた。屋敷が少しずつ遠くなっていく。よく見るとアルフレッドが手を振り続けている。俺は開いた窓から入ってくる外の空気が少しだけ美味しいと感じた。


 車を走らせはじめて一時間が経過した。エドが連れていきたいという場所まではもう一時間はかかると車のナビシステムが教えてくれたので、俺たちはエドとまた話をすることにした。

「エドって貴族の末裔だったりするんですか?」

 セイジが一つ疑問を尋ねた。エドはこれまでと変わらない様子で、

「まあ、説明すると長くなるから簡単に言えばそうだな」

 と返したが、

「これまでどんな発明をしたんですか?」

 そこにすかさずレイが新たに質問をした。俺はよくわからなかったが彼はレイの質問にもしっかりとした答えを出してくれたのでレイは納得しているようだった。


「ワタルはエドに聞きたいことあるか?」

「ああ、そうだ、そうだ」

 セイジが俺に話を振ってきた。レイも相槌を入れている。俺は少しだけ考えた末に一つ気になったことがあった。

「昨日、“君たちのような子を大勢見てきた“と言っていましたけど、どういうことですか?」

 俺が聞いたあと、エドの表情が少しだけ変わった気がした。さっきまでとは車内の空気が違う。


「私は若い頃、金にモノを言わせて旅をしたんだ。金だけはあったからね。まだ人の手が及んでない星とか、衛星とかにな。目的はロマンを追い求めるためで、その時に多勢の同志たちと出会った。彼らと交流が深くなっていくうちに彼らの昔も知るようになった。すると、中には家出したからずっと旅をしているという連中がいたりしたものだ。仲間にアリスという女船長がいるのだが、彼女なんかもそうで…… 」


 話はそこからさらに続いた。エドが若かった頃、ティーンエイジャーが家出した末に旅人か海賊になることが続出したそうだった。エドは高校生三人きりで離れた星からやってきた時点で家出の類だと気がついていたそうだ。気がつくと俺はエドの観察力に思わず感銘を受けていた。

「ロマンってどういうことですか?」

 話が一区切りしたところでレイがまた質問した。エドは屋敷から持ってきた水を一口飲んでから話をしてくれた。


「私の場合は人間がまだ発見できていない資源を自分の手で見つけることだった。私は途中で諦めてしまったが、同志たちや海賊は今も探し続けている。私は何年も何年も探したが実際に現物を手にすることまではできなかった。懐かしい」

 最後の一言には言葉通りの意味や悔しさ、諦めなどのいろいろな含みがあるように俺は感じられた。エドの本質が知れた気がした。

「君たちが聞きたいことは全て話したかな?」

「ええ、ありがとうございます」

「良いんだ、これくらい。では、私からも聞きたいことがある。どうして、君たちはいつも行動を共にしているんだ? それに、君たちがアクセサリーにしているその金属製の棒。それは、トライアングルメモリーだよな。なぜ、君たちが持っているんだ?」

 すると、エドの方から思わぬ質問が出た。エドの読みは全て正しかった。俺たちは少しの間沈黙した。


 目的地まではさらにあった。今の会話でも三十分程しか時間が経っていなかった。しばらく俺たちは何も答えられなかった。否、答えたくなかったのだ。これは俺たちの問題であって。エドには関わって欲しくない問題だった。エドは、俺たちの気持ちを察したのか、それ以上は話さなかった。

 そうしているうちにまた三十分ほどが経ち、遂に目的地へと到着した。

「さあ、着いたぞ」

 エドはそういうと、ドアを開けて外へと出た。俺たちも続いて外へと出た。ここはどこなのだろうか。少し冷たい空気が体に当たって寒かった。

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