銀河オーバードライブ(’21version)
石嶋ユウ
第一章
アンカー級宇宙船
全ての始まりは高校二年の秋だった。俺とレイとセイジの三人は紅葉で色付き始めた森の中を進んでいた。ある噂を信じて。
「こんな場所に宇宙船なんて本当にあるのかよ」
セイジが弱音を吐いた。それもそうだった。当時、俺たちの通っていた学校では、山の中に宇宙船が隠されているという噂が立っていた。俺たちはそれが本当かどうかを確かめるために、山の中を進んでいた。
「噂だと、この辺なんだよな」
俺はそれを無視して探し続けた。
「聞いてねえな、お前ってやつは」
セイジの語尾に僅かな怒りを感じた。
「すまん」
一方でレイは期待の眼差しを持って、宇宙船を探し続けていた。
「どんな船なんだろう。すごい楽しみ」
「おいおい、まだ本当にあると決まったわけじゃないだろ」
セイジが子供を咎めるような語気でレイを諭した。レイは親から言いつけられた子供みたいな顔をした。
「それは、そうだけど……」
「でも、ロマンがあるよな」
「ワタル、お前まで何言ってるんだよ……」
それから、俺たちは無言で山中を進み続けた。しばらく歩いていると突然、
「うわっ!」
「セイジ!」
セイジが足を滑らせた。その勢いでセイジは自分たちの倍くらいはあるであろう高さの草むらの中へと顔から突っ込んでしまい、俺とレイが急いで足を支えて、起き上がらせた。
起き上がったセイジは幸い怪我が一つもなかった。
「おい大丈夫か?」
「俺は平気だ。だけどそれより!」
「それより何?」
「この草むらの向こうに原っぱがあるのが見えたんだ!」
セイジは先程までとは別人のように、勢いよく草むらの方を指さした。
「えぇ……」
「本当だってば!」
俺は半信半疑で草むらに顔を突っ込んでみた。すると、本当に草むらの向こうに広大な草原が広がっていた。
「本当かよ……」
俺は急いで草むらを掻き分け草原の方へと突き進んだ。すると、後ろからセイジもついてきた。
「ねえ、二人とも待ってよ!」
続けてレイも俺たちの後を追って草むらに入ってきた。短い草木が足に絡まったので、ゆっくりと進んでいく。やがて、足元に絡まる草木が無くなり、広大な草原がその全貌を表した。
俺たちはただ、立ち尽くした。ここまで綺麗な場所を見たのは初めてだった。そこは、人の手が殆ど入っていない自然にできた場所のようだった。まさか、俺たちが住むこの星にこんな場所があったなんてと、その時は思った。
「この山にこんな場所があったなんて」
レイが感嘆の声を上げる。
「だよな……」
俺も、思わずそれに反応した。一方で、セイジは遠くで何かを見つけたような顔を浮かべている。
「おい、あれを見ろよ!」
セイジが向こうのほうを指さした。俺とレイもその先を見つめる。そこには、そこそこの大きさのある、鉄の塊が置かれていた。
「あれ、どう見ても宇宙船だよな」
「うん……」
「本当にあったんだな……」
「宇宙船……」
山道を逸れた先にある草原。そこには一隻の宇宙船があった。この森の中にある広大な草原にその船はまるで誰かの帰りを待っているかのように存在し、遠くから一見するとその船は前方に行くほど曲線を描いていた。
「あれは、どこの船だろう?」
そう言ってレイは、背負っていたリュックの中から小型のカメラ付きドローンを取り出した。
「まずはこれで、全体を隈なく観察してみるよ」
「頼む」
レイは慣れた手つきでドローンを起動させ、空に飛ばした。
まずは上空から、船体の上を撮影する。
「僕のリュックの中のデバイスで、カメラの映像が見れるから、一緒に見て欲しい」
「わかった」
俺は、レイのリュックから彼のタブレット型デバイスを取り出した。レイの顔を画面に近づけて顔認証をさせた。デバイスが起動したので、ドローンからの映像を確認する。そこには、上から映した船の姿が見えていた。
「なんか不思議な形してる」
思わず呟いた。船を上から見ると、どこかで見たような形をした物だったが、思い出せなかった。
「これは、昔の海洋船とかに付いてた錨ってやつに似てる」
「その通りだよセイジ! あれは見るからにアクア社のアンカー級民用船だよ。でも所々改造が施されているようにも見える」
船好きのレイが興奮した様子で話した。
「アンカー級民用船?」
「アクア社っていう有名な造船会社があって、そこが二十年くらい前に売ってた船の種類。安くて性能も良かったから、船好きの間では今でも愛好家がいるんだよ」
「で、なんでそんな物がここにあるんだ?」
不思議そうにセイジがレイに尋ねた。俺もかなり不思議だった。なぜこんな誰も来ない田舎の山の中に一隻だけ宇宙船が置かれているのか。俺たち三人は納得の行く結論が出せなかった。
レイのドローンで隈なく船体の様子を探る。船体のあちらこちらに錆や損傷が見てとれた。
「ひとまず、ドローンで調べるのはこの辺にしよう」
そう言ってレイはドローンをこちら側に引き戻して着陸させた。ドローンやコントローラー、デバイスをリュックに詰めると、俺たちは何も言わずに前に向かって歩き出した。
俺たち三人はあの船に導かれるかの様に足を船に向けていた。なぜ、ここに宇宙船が置かれているのか。三人揃って考えることは同じだということだった。
俺たちは船体の真下までたどり着いた。この船は誰かが使わなくなったから捨てた物なのだろうと俺は考えた。俺とセイジが船体を見回している一方で、レイは何かを探しているようだった。彼は隈なく船体を覗いている。
すると、何かを見つけたようで喜んだ表情を浮かべた後、手招きして俺とセイジを呼び出した。俺たちはレイの方へと着く。彼は船体に取り付けられている何かの装置類を指さした。
「見て。これで船内に入れる」
「入るってマジかよ。これで何かあったらどうするんだ?」
「大丈夫でしょ、誰もいないんだから」
俺とセイジはレイを制止する。だが、それも虚しくレイは楽しげにスイッチを押した。そして、船は大きな装置が動く音を鳴らし、同時に煙を吐き出しながら、出入り用のスロープを展開した。
「お前ってやつは」
セイジが呆れたような顔をして一言呟いた。一方で俺は、レイの行動は理にかなっていると思った。
俺は中を隈なく見てみようと中へと入った。セイジも好奇心に負けたのか、レイの勢いに身を任せて船内へと入った。中に入ってすぐの通路を見ると内装は外側に比べて損傷や汚れらしきものは少なく、想定していたよりかは綺麗な状態だった。俺たちはまず、入ってすぐ正面に掛けてあった船内図を確認した。
「なるほど……、個室が四つに、ラウンジが二つ。操縦室と機関室がそれぞれ一つか」
「どうやって探索するんだ」
「三手に別れるのはどうだろうか?」
俺たちはセイジの提案で三手に別れて探索を始めた。俺が個室四つを、レイが操縦室と機関室を、セイジがラウンジ二つを見ることにした。
俺は通路を渡って個室が並ぶエリアへと向かった。エリアにたどり着くと左右それぞれ二室ずつ個室が並んでおり、俺は右手前の部屋の扉を開けて、中へと足を踏み入れた。確認すると人一人が衣食住をするには問題がない広さと設備を備えていた。服を四着はしまっておけるクローゼット、最寄の放送電波をキャッチして映してくれるモニター、冷蔵庫に電子レンジがあり、更に風呂、トイレ、洗面台もあった。
「まじかよ」
俺は思わず独り言を呟いた。その後、この部屋を出て残り三室も確認する。どの部屋も先ほどと同じ設備が整えられていた。
三手に別れてから二十分が過ぎて俺たちは合流し、それぞれの収穫を俺、セイジ、レイの順で話し合うことにした。
「個室四つは全て綺麗な状態だった。モニター、クローゼット、冷蔵庫、レンジ、トイレ、風呂がどの部屋にも備えられてた」
「こっちのラウンジ二つは、片方には何も無かったが、もう一つの方にはコンロや、シンクがあったからここで料理とかをしていたんだろうな」
「僕は機関室と操縦室を見てきたけど、あちこちの装置が劣化していたりネズミとかに噛まれてたりで、このまま動かすことはできないと思う」
「なるほどな……」
二人の話を聞いた後、俺は一言呟いて情報を携帯型デバイスのメモアプリに書き込んだ。こういう新しい発見は何かの記録に残した方が良いと聞いたことがあったから、書き込んでおいたのだ。
「……やっぱり、この船は捨てられた物だよな」
俺がメモをかきこんでいるとセイジが小さめの声で呟く。俺もレイもセイジの分析に納得はしていたが、俺には一つだけ気がかりがあった。俺はそれを口にすることにした。
「なあ、この船が捨てられたという事には納得している。だけど、一つ引っかかることがあるんだ」
「なんだよ」
「どういうこと?」
セイジとレイが尋ねてきた。俺は一呼吸置いてから、また話しはじめた。
「それはな、なんでここに捨てたんだよって話。ここは、今、俺たちがいる森の中でもそんなに木々が生えていないから上空から見るとすぐに見つかるぞ。コソコソと捨てるためにここに置いたのだとしたら、意味がないんじゃ無いかってな」
「…… 確かにな」
セイジが同意する。レイも同じ意見らしく、俺に向かって首を頷けていた。俺たちは更に十分以上かけて船内を見回りながらなぜここに置かれたのかの理由を熟考したが、結論は出なかった。
船内の窓から外を見るとだいぶ日が傾いてきたようだったので、俺たち三人はそれぞれの家に帰ることにした。
俺たちは船を降りて、状況を発見前の状態に戻した後でもと来た道へと歩きだした。
「これは、どうする? 警察に届け出るか?」
少し歩いてからセイジがそう言って足を止めた。確かにこの船をどうすべきか考えていなかった。
「しばらく様子をみるのはどう? もしかしたら勝手に見つかるかもしれないし」
レイが提案する。彼にはまだ船を調べたいという欲があったのだろう。俺もまだこの船には興味があったので賛同の意味で頷いた。
「じゃあ、しばらくは言わないでおくか…… 」
「それでいいと思うぜ」
俺たちは宇宙船にもう一度目をやった後、再び歩きだした。空は既に暗かった。
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