貴族の誇りと秘薬

 初日の全日程を終えたガルラニュール魔法学校近くの酒場。そこに、レオリオ・ボナパルトが一人浴びるようにビールをあおっていた。

「あんな奴に……。あんな平民にこの俺が負けるなんて……」

 叩きつける様にジョッキを置くレオリオ、そこに差し込まれるように新たなジョッキが置かれ、視線をジョッキの差し込まれた元に向けると金髪の男がいた。

「未成年がこんなところでいるのは、褒められたことじゃないですよ」

 そういわれ、レオリオは奪うようにジョッキを手にすると一気に飲み干した。十八歳が成人といわれるこの国で十五の若者が酒を飲む、民の模範たる貴族としてあるまじき行為

 それは理解しているが、今日に限っては飲まないと胸の中に渦巻く苛立ちを冷ますことができない。さらに言えば今自分に酒を渡した目の前の金髪のにやけ面もその苛立ちを助長している。

「いったい何の用だ」

 苛立ちを隠しながらそういうレオリオに対して、金髪の男エバルト・タタラはうすら笑顔を張り付けたまま、口を開いた。

「実力テストで負けたと聞きまして、今校内で噂になってますよ」

「噂だと?」

 眉を顰め、つまみとして置いていた干し肉を噛み千切りそう聞くレオリオにエバルトは話を続ける

「入学生、最強と名高いボナパルト家の子息が一般庶民に負けたと、しかも相手は魔法工学専攻で魔法以外に近接戦でも圧倒されたとか」

 そう言い、エバルトは自身が注文した酒を一口口に含むと、息を吐くようにある人物の名前を口にした。

「カズミ・スミス……」

「なぜ知ってる?」

 新たに注文したビールを手にした状態でレオリオはそういうと、エバルトは肩を竦めた。

「魔法工学専攻でで貴方様ほどの実力者を負かすのなら、とんでもない奇策や珍しい能力持ちくらいですからね、知ってる中で該当するのが彼くらいで」

 そう返すと、レオリオの顔に鬼が宿る

「ああそうさ、四属性っていう化け物じみた魔法に騎士団仕込みの剣術の扱うオレと素手で渡り合い、最後はオレの最大出力の炎魔法が凍って面を食らった隙に地面に押し倒される……なんだよ炎が凍るって、絶対なにか不正を行っているはずだ、そうじゃなければオレが負けるなんてありえないんだ!!」

 叫ぶように声を荒げるレオリオを見て、エバルトは大きく頷く

「そうですよ! 確かにあいつは四属性持ちっていう珍しいやつですが、まともに魔法が使えない落ちこぼれのはず、貴方に勝つなどありえないです」

 同意するエバルトの態度にレオリオは気をよくする

「リベンジしないとオレの家名が許さねえ」

 そういい、空になったジョッキを置く。大分飲んでいたのか顔が真っ赤になっている。

「イカサマしていたとしても、それができるだけの頭があるので油断できない相手なんてありえないですからね。よろしければ私がお手伝いしましょうか?」

「ほう……」

 エバルトの提案に、レオリオは赤ら顔を醜く歪めると二人は顔を寄せ合い言葉を続け、気をよくしたレオリオがエバルトの分も支払いその場は解散になった。











 夜風が酔った体を冷ます深夜

 一人夜道を歩くレオリオ、貴族である彼が護衛もつけず夜道を歩くのは単に自分の実力に自信を持っているのと今回の飲み自体が家に秘密での行為だからだ。

 気持ちいい酒を飲んだあとだからか、足取りも軽やか通学のために住むことになった別邸に向かってまっすぐ歩く、そんな中不意にレオリオの名前を呼ぶ声がする

「ボナパルト様……ボナパルト様……」

 声の元を探しながら、腰の剣の柄に手をのせる、有事に備え頭を臨戦態勢に切り替える

「ボナパルト様……」

 再度声がし、その方向を振り向くとそこにはフードを被った人間がいた。

 声の感じから女らしいそれに、レオリオは最大限の警戒をしながら声をかける

「そう。警戒なさらないでくださいな、貴方様に耳寄りな話がありまして」

「話とはなんだ!?」

 近寄ってくる女に間合いを測りながらレオリオは声を張る、変な行動をした瞬間即斬れる腹積もりだ

「ボナパルト様、貴方復讐したい相手がいらっしゃいますよね?」

「だからなんだ!?」

「負けた相手にすぐにリベンジがしたい、しかし相手は自分より強い可能性がある……」

 女の言葉に痛いところを突かれ、レオリオの? み締めた歯に僅かに力が入る

「それがどうした、あの時は相手に不意を突かれただけだ、手の内が分かっていれば負けることはない! それ以上は愚弄したとして斬るぞ!!」

 剣を抜き、そういうレオリオに女は笑っているのかフードが揺れる。

 そして、レオリオに近寄ると一つの小さな革袋を差し出す。

「これは?」

「貴方様の魔法をより強力にする秘薬でございます。一粒飲めば何人たりとも勝てるものなしの無双の力が得られるでしょう」

 そう言われ、レオリオは訝しげに差し出された革袋を受け取り中身を見る、中には小指の爪大の錠剤が入っており女の言う通りのようだ。

「いいですね、一粒。それ以上は貴方様の命を削る劇薬になることを心にお刻みください」

 そういい、レオリオが礼を言うため顔を上げた時には女はその場から消えていた。レオリオは革袋をしめると、剣を納め別邸にむかって再度歩を進めた。





 翌日学校からの帰宅後、別邸の庭で剣を振るうレオリオ丁寧に基本の方をなぞり空いた左手で時たま魔法を撃つ、レオリオの適正属性は炎と水の2属性、反属性である二つを淀みなく運用するまでの魔法技術はまだ持たないが、剣戟の隙間を埋めるくらいの運用速度は持ち合わせている、普段こそ火力に優れた火属性を多く使うが、水属性も牽制程度には使える、カズミとの模擬戦ではカズミの豊富な手数に対応するため火属性に絞って戦っていた、その選択が間違えだったと考え現在は水属性の魔法の向上と属性切り替え速度を上げることに重きをおいて自己鍛錬を行っていた、酒場ではイカサマ云々言っていたが、そのイカサマを再度やられても勝てるように己の腕を上げる、安易な手段は貴族いや騎士としてのプライドが許さないのだ、だがしかし……。


「くっ、やはり水魔法への切り替えがおそすぎる、これだと実戦で全く使えない」

 本来持っているだけで天才と呼ばれる二属性、しかしその構成によっては逆に苦しむことになる。

 火、水、風、土の四属性には明確な相性があり、レオリオの持つ火属性と水属性は相性が悪い、全てを焼き尽くす炎も水を浴びたら消えるのは子供でも知っていること、相性の悪いとされる組み合わせは魔法の切り替えが難しいとされており、修業によっては同程度まで使用できるところまで行けるが、レオリオの場合は魔力操作が苦手であり、性格なのか魔法の地味な鍛錬を無視する傾向あり、努力のベクトルを剣術に向けていた、さらに言えばレオリオは本来両利きであり、魔法を使えるようになるまで、ある冒険者に憧れて二刀流の剣を鍛錬していたが、入学に際して魔法と剣を両立させるためこの形にしていた。両手で二属性を使えれば楽だと考えるが、それだと剣が使えない、剣に集中すれば魔法が使えない堂々巡りがレオリオの頭を支配している。

「っあぁ!」

 終わらない悩みを振り払うように声を上げ、脇においていた水筒を取ると中の水を一気に呷る、ぬるい水だが頭のモヤを振り払うには十分であった。そしておもむろにポケットから昨日の革袋を取り出す。一粒飲めば無双の力を得られるとということだが、正直眉唾であるとはいえ今の鍛錬では短期間での成長が望めない


「……まぁ、ただで手に入れたもんだし、試すだけはするか」

 そう言い、レオリオは袋から錠剤を取り出し水と一緒に飲み込む、するとレオリオの体に力が滾る、レオリオは庭に設置されていた魔法鍛錬用の的に火球を放つ、すると火球は今まで見たことのない速度で飛び的の中央に穴をあける、学校に置かれた使い捨ての的ではなく庭に置かれているのは戦闘用の高威力魔法の一撃にも耐えるほどの強度を持っている、それを初級魔法に位置する火球で貫くのは異常である、更にレオリオは剣を取り飛び出す。体が軽いやや重さを感じていた剣も羽のように軽く体のキレも段違い、今まで出来なかった無理な軌道も容易に痛みなくできる、更にレオリオを喜ばせるのは

「属性の切り替えが早い」

 そう、今まで悩んでいた属性の切り替えが淀みなくできるのだ、更に苦手だった水属性も火属性と同程度。いや、両属性ともに騎士団の精鋭魔法師の域に迫っていた。

「これだ、これさえあればあの平民を完膚無きまでに叩き潰せる」

 満ち溢れる力を確かに感じレオリオは笑う、その顔は精悍とは言い難い醜い笑顔であった。

 程なくして、体に満ちていた力が消え急激な倦怠感が体を支配してもレオリオの笑いは止まらなかった。




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