ガルラニュール魔法学校

 ガルラニュール魔法学校、俺が住むガルラニュール公国にある国営の魔法学校である。


 国内にいる魔法適性のある若者達を集め魔法技術の高等教育を行っている四年制の教育機関、故郷の魔法塾を卒業後、俺は必死に努力した領地にある実家の工房の手伝いの傍ら図書館の蔵書を読み漁り、どうにか自分の魔力放出量を増やそうとした。時には眉唾で怪しい民間療法も行ったが結局俺の体の魔力放出量は劇的に増えなかった。

 しかしその努力に比例して魔力操作技術は向上し使える初期魔法の使用回数は劇的に増えた、まぁ使えるって言っても火の魔法はろうそく大の炎を三日間休みなく灯せたり、初級攻撃魔術のファイアボールも木の板に焦げ跡とつける位で木製の的を破壊できる通常のものに比べたら遥かに劣るものである、他の魔法も同世代のものに比べたら戦力として遥かに劣る、だがそれも自分の体一つの場合である、己の肉体才能の限界に早々と見切りをつけると今度は魔法の行使を補助する杖の事を調べた。高額で購入が難しいなら自分で作れないかと考えたからである。幸い実家の家業は魔道具の製作修理を行う工房で魔道具を作ることには困らなかったし、杖も魔道具の延長線にあると思った。結果として杖に関する資料はあったが製作に必要な技術は魔道具の比ではなかった、ある程度規格化された魔法回路と設計図を使い製作される魔道具とは違い杖は使い手に合わせたオーダーメイド品のため使う魔法回路を1から組む必要がありその回路構成の技術習得に時間がかかった。さらに回路を組み込む素体になる本体の製作も難航した、魔道具はその使用用途の関係で本体が大きく回路を組み込む場所も量も比例して大きいが、杖は形態の都合上そのスペースは限りがある、おとぎ話に出てくる魔法使いの杖であっても大きいやつでも自身の身長位で表面積も魔道具に比べるまでもなく少ない、調べるほどにその技術の難しさを痛感し現在の職人の少なさに納得がいった。結論として『杖』の製作は成功したがこの3年間は魔力回路の勉強と本体製作と家業の手伝いと多忙を極め、さらに後半はこの学校入学の為の受験勉強が加わり非常に寂しくも充実した時間であった。



「やっと入学式か……帰りたい」

 ボサボサの黒髪をかきながら俺はそうつぶやき、一つ欠伸をし息を吸った瞬間背中を叩かれ肺に溜めかけた空気を一気に吐くことになった。

「なぁーに、朝から辛気臭いこと言ってるのよ、しゃっきりしなさい」

 後頭部で無造作にまとめたポニーテールを揺らし背の高い女が背後から前に出てそういう

「朝から元気なことで、お陰様で残っていたやる気がへし折れたよ、ニーナ」

 ニーナ・ゲシュバルト、俺の故郷ゲシュバルト領にある商会の代表の一人娘で所謂幼馴染である、領一番の商会の代表の娘ってことで近寄りがたいイメージが強かったが、こいつの場合はそんなイメージを攻城兵器で破壊するがごとくやんちゃで領内でも有名だった。屋敷を抜け出しては領内の子供たちと悪戯や山遊びを繰り返し、領内でも有名なおてんば娘で俺とは向こうが親から勉強を強いられて図書館に家庭教師と共に来た時に出会い、当時の噂で知っていた俺を見て興味を持って近寄ってきたのがきっかけで逢うようになった。はじめは汚名返上に邁進していたため無視をしていたが、しつこく絡んで来たので嫌々かまってたのはいい思い出である、その影響からか向こうも前に比べて勉強をするようになり代表に感謝されたのは言うまでもない、俺の杖製作にも協力してくれこの学校に入学する切っ掛けに……いや受験勉強に巻き込んだ人物でもある。まぁ、粗暴な性格に反して容姿は優れていて社交界では男女問わず人気があり、必要になれば猫もかぶれる器用なやつで、魔法も火と風を操る才能に恵まれた人物である。紫がかった赤髪にエメラルド色の瞳、すらっとした体型であり背後から見たら舞台役者と間違われるらしい。

「まったく、どうせ昨日も遅くまで作業してたでしょ? 新しい回路できたって言ってたし」

「正解、やっと炎熱回路の小型化に成功してさ、昨日は小型窯の試作品作ってたわ、ほんと魔法工学って面白いわ」

「巷じゃ、注目されてないけどね。やっぱり魔法っていえば戦闘だし」

 俺の話にニーナはそう返すと、目の前で拳を振るう。こんな脳筋のせいで魔道具の発展が遅れてんだよな……。まぁ俺もあれがなかったら魔法工学なんてマイナーなもんに触れなかっただろうし。

「そんで、カズミは専門科目はどうすんのやっぱり魔法工学?」

「そのためにわざわざ、忙しい中勉強したしな、ニーナは貴族教育だろ?」

「こっちは強制だけどね、薄くても国の未来を担う貴族の血を受け継いでいる身としては教養は必要だし理解はしてるが本音言えば、魔法工学を受けたいよ」

 そういい肩をすくめる、ニーナに苦笑いを返すと不意に視界の端から拳大の礫が飛んでくる、俺は手袋を嵌めた手に魔力を通すとその礫に風の魔力をぶつけわずかにそらせるそらせた先でニーナが礫を燃やしていたが俺は礫が飛んできた先に目を向ける。

「朝から、素晴らしいプレゼントをありがとうエバルト君」

 そういい振り返った先にいたのはガリガリの赤いモヒカン頭とデブな緑のリーゼントを引き連れた金髪をヤマアラシみたいに尖らせたチビがいた。

「お礼はいらないぜ、劣等種。汚い手を使うような頭を吹き飛ばせなかったのは残念だけどな」

 そういいチビは汚い笑みを浮かべる。

 このチビは、エバルト・タタラ俺とニーナと同郷で鍛冶ギルド長の一人息子で何かと俺に絡んでくる面倒な男である、魔法塾で優秀だったため俺に代わって周りに持ち上げられ無駄に自信を持たされニーナを除いた同世代を下に見ている、土属性しか適正はないがその実力は同世代では抜きんでており土属性の初級魔法の一つである錬金でただの土塊を鉄に変える位なら造作もないレベルである、俺はせいぜい畑の畝を作る程度しかできないが、背は小さいが顔は整っており普通に笑えば落とせない女性はいないと言われるレベルであり、外面もいい。まぁ性格がねじ曲がってるから俺から見たら非常にもったいなく見える。ひとしきり俺を笑うと足早にお供を連れ俺を足を踏みながらわきを通り、仕返しに足元の地面をへこませて転ばしたけどな。



 小さな仕返しを終えると、俺とニーナは足早に学校に向かって歩き始めた。

「そういやニーナ、お前馬車は? 親父さん用意してたろ」

「めんどくさいから、途中で飛び降りて置いてきた、荷物あるしそのうち追いつくでしょ」

 俺はため息しか出なかった。









 軽いトラブルもあったが学校についた俺は、その壮大な門扉に息をのむ、カルラニュール魔法学校の校舎はかつてあった大戦で使われた軍の施設を再利用したという話は聞いていたが門扉からその堅牢さを肌に感じる、こりゃ生半可な魔法じゃ壊せないし普段の俺は問題外として『アレ』を使ったとしても破壊は難しいな……。そんなことを内心考えながら正門を潜るとニーナのやかましい声が聞こえる目を向けるとニーナが指さす方向にある掲示板にクラス分けが掲示されているらしく、俺もそれを確認するために足を向けるが、その一歩踏み込んだ瞬間二度目になる殺気を感じる、本能のままその場から飛ぶと膝のあった場所に銀閃が通る体を僅かにひねり着地地点をずらすと同時に制服の懐に腕を差し入れるがその視線の先、銀閃が通った場所に見慣れたワインレッドの髪を見つける。

「いきなり、なんだよカルーエ姐さん」

 そういい差し入れた腕を制服から引き抜くとカルーエと呼ばれた少女は右手に持った剣をゆっくりと鞘に納め俺に歩み寄る

「ふぅん、腕は鈍ってないみたいね、今のは魔法を使ってないとしても結構本気で振ったんだけど」

 そういい、鼻で笑うと胸を張りその熟れた果実のような双丘が揺れる。

 カルーエ・ゲシュバルト、俺の二個上の姉貴分でケシュバルト領主の一人娘、姓が表す通りニーナとは血縁関係があるとはいえ従姉妹とかではなく、遠縁の親戚になるニーナの家は昔領主家の後継者争が起こった際継承権を破棄した御曹司が自身の資産を使い興した商会であり家系図としてはかなりの末席で継承権もあってないようなものであるのだが、ゲシュバルトの秘宝と呼ばれる美しい容姿と頭脳明晰に若年ながら最上級魔法にまで達した炎魔法の才と非の打ちどころのない美少女なのだが、ありえないくらいの運動能力のなさとあと一つ……。

「身長、伸びてないですね」


 その言葉を吐いた瞬間俺の頭部スレスレを火球が通り過ぎる背後で砕け燃える樹木がその威力を物語り放った本人は目に涙を溜めて俺を睨みつける。

 そう、秘宝と呼ばれる程の黄金比のスタイルを持っている彼女に神は身長を与えてくれなかった。

 俺の記憶の限り一二歳の頃から伸びてない、その幼さの残った姿から領民からマスコットのように愛されているのだが、何も考えず身長を弄ると容赦なくその才能の餌食にされる、昔調子の乗っていたエバルトバカがカルーエ姐さんの身長を馬鹿にして地上から消滅しそうになり、それ以降姐さんの気配を感じると震える程のトラウマを植え付けられている。

「燃やすよ」

「魔法撃ってから言われても遅いですよ」

 肩を竦めながらそういうと、俺は姐さんから背を向け掲示板前の人混みに向かって歩き出す。

「これから、ご指導よろしくお願いします

「がんばれ、後輩君。次はあのお転婆も一緒にね」

 そういい姐さんは、自分の教室に向かって駆けだそうとすると数歩もしないうちにヘッドスライディングを決め、周りが心配の目を向けているのを感じながらプルプル震え、地面を叩くと同時に弾かれたように駆け抜けた。



「遅い! 何してたの!!」

「真っ赤な猫に絡まれた」

 そう返すと、ニーナは閉口して掲示板を見上げる。

「…………あった、カズミも同じクラスだな。A組だから受験も問題なかったみたいだな」

 そう言い笑うニーナ、俺はハンデありで今回の実技試験に臨んだので庶民クラスの最上位クラスであるA組に組み込まれたことはそちらは問題なかったようだ。



「さて、クラスもわかったしさっさと行くか」

「そうだね」

 お互いにいい人混みをかき分けて教室に向かう。





 やっとスタートラインに立った。十歳の頃に折れたプライドこの五年で培った俺の努力の結果で可能性を示してやる。

 俺は、制服の上着に触れそこに収めたものの感触を感じるとうるさく騒ぐニーナの話に耳を傾けた。





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