第16話 道はある


『────処理工場は死傷者多数ですが、行方不明者も出ています。関東で起きたテロは三ヶ所。こちらも行方不明者がいます。不気味なのは、自爆せずに忽然と消えてしまった〈遥希ハルキ〉です。街頭カメラについてるセンサーにも引っかかってません。黒川さーん! 戻って来てくださいよぉ! テロ対策課はテンテコマイですからぁ!』


 黒川に音声メールを送り付けると、木島きじまは再びPCに向かった。

 すでに夜半を過ぎたひと気のないテロ対策課。半分だけ明かりを落とした部屋は薄暗い。

 カタカタとキーボードを操作し、膨大な警察のデータから検索しているのは、ここ数年の間に行方不明となったヒューマノイド技術者だ。黒川から調べてくれと頼まれた。


「先輩ってば、人使いが荒いですよぉ」


 勤務時間中は捜査で忙しいからなかなか時間が取れないし、黒川に情報を流していることが課長にバレたら大目玉だ。何しろ課長は、どんなに忙しくても黒川を呼び戻そうとしないのだ。

 二人の間には、自分にはわからない何かがあるのだろう。そう推測はするが、木島の目にはただの意地の張り合いにしか見えない。


「何でみんな頭が固いんだろう?」

「────だーれが頭が固いんですって?」

「ひぇぇっ、柴田主任!」


 木島はぴょこんと立ち上がり、あわてて敬礼をした。


「木島くん。きみは当直じゃなかったわよね? こんな夜更けにコソコソと、いったい何をしているのかしら?」

 コツコツと靴音を立てながら、祐美ゆみが近づいて来る。


「え、ええっとぉ、ちょっと調べものがありまして。いえ、その、ぼくが勝手に疑問に思った訳でして……」

 あわあわと両手を振って誤魔化したが、祐美の視線はPCモニターに向かっている。


「なに? 行方不明者のリスト?」

「は、はい。処理工場と爆破テロのあった住宅街では、共に元ヒューマノイド技術者が行方不明になってるじゃないですか? これって、今に始まったことじゃないのかなと思いまして……」

「なるほどね。でもどうして捜査会議で言わないの? 一人でコソコソ調べたりして……あぁ、黒川ね! 彼に頼まれたんでしょ?」


 屈んでPCモニターを見ていた祐美が、体を起こして腕組みをする。目を眇めて見つめられてしまうと、木島はタジタジだ。


「ええっとですね。捜査会議で言わなかったのは、ぼくみたいな新人刑事の思いつきなんて、笑い飛ばされると思ったからですよ。ほんとーに、黒川さんとは一切関係ありませんから!」

「ふぅーん」


 祐美は木島を見つめたまま唇を突き出した。絶対に信じてない「ふぅーん」だ。

このままではヤバイと感じた木島は、話を別の方向へ持ってゆくことにした。


「し、柴田主任は、黒川さんがこのまま戻って来なくてもいいと思ってるんですか?」

「そういう訳じゃないわ。私だってあいつの能力は惜しんでる。でも、やる気を出すのが少し遅すぎたわ。上層部はもう彼を使う気はないのよ」


 強気だった祐美が、悲しそうに眉根をよせる。


「そんなのは間違ってますよ! こんな、他の部署に手伝ってもらうほど人手が足りないのに。先輩が一番この事件を捜査すべきなのに。そうじゃなくても、こんな事態には猫の手だって借りるべきなんです!」

 木島は無意識のうちに前のめりになっていた。

「ぼくは諦めませんよ! 諦めなければ、必ず道はありますから!」


 木島の迫力に圧倒され、祐美は目を瞬いた。そしてフッと笑みをもらす。


「……わかった。私も手伝うわ。何を調べればいい?」

「あっ、では柴田主任は、入国管理局のデータからリュシアン・ディディエの記録を調べて下さい。名前は偽名かも知れませんが、顔は〈遥希〉を売りに来たあの男ですから!」



 〇     〇



 ビュービューと唸る強い風が、部屋の窓ガラスを叩いてゆく。

 やけに冷たい風が吹いていると思ったら、木枯らし一号が観測されたらしい。


「ううっ、寒っ」


 玄関に靴を脱ぎ捨てて部屋に入ったりんは、買い物袋をテーブルの上に置いた。

 きれいにクリーニングされた内装。家具のないガランとした部屋は、昨日引っ越したばかりの新居だ。

 火事になったアパートの大家と叔父から相次いで連絡が入り、その日のうちに引っ越すことになった。

 引っ越しと言っても、凛には火の中から持ち出した一抱えの荷物しかない。必要な家電や布団は叔父が買ってくれたので、何とか暮らしてゆけそうにはなっている。

ただ、どういう訳か寂しくて仕方がない。まるで心の中にまで木枯らしが吹いているようだ。


「黒サン。何であたしを追い出したのよ!」


 プッと膨らんだ頬が、だんだんと泣き顔に変ってゆく。

 一人暮らしには慣れているはずなのに、たった数日過ごしただけの黒川の部屋が、あの暖かさが、もう恋しくて仕方がない。


「あたしだってハンターなのに、どうして捜査に加えてくれないのよ!」


 文句を言いながら買ってきた食材を取り出し、最後に取り出した葉っぱつきの大根を流しでザブザブ洗う。

 淋しさと怒りを込めて、凛はまな板にのせた大根をダンダンとぶつ切りにした。分厚い半月切りの大根を、水を張った鍋に放り込む。一人では食べきれないほどの大根を煮込みながら、凛は黒川の顔を思い浮かべた。


 最後に会った黒川の顔には、髭がなかった。

 あの日は爆破テロと鷲須わしずの誘拐騒ぎがあって、ろくに話をする暇もなかったから言わなかったけれど、髭を剃り落とした黒川の顔は精悍でカッコ良かった。


「ホントに二十代だったんだ」


 クスッと笑ってはみるが、すぐに泣き笑いになってしまう。

 あの日から一度も会っていない。その代わり、黒川は毎日のように連絡をくれる。新しい部屋のことや、困ったことはないかと気遣ってくれる。でも、いつも会話の最後には、一人でヒューマノイドを探したりしないと必ず凛に約束させるのだ。

 何だかんだ言って凛は黒川に弱い。彼に言われると嫌でも頷いてしまう。でも本当は捜査に加わりたい。黒川が警察ではなく、恭介きょうすけたちと一緒にリュシアンを追うと聞けばなおさらだ。せめて鷲須を探すことくらい許して欲しかった。


「あっ」


 良い考えが閃いて、凛は勇樹ゆうきに電話をかけた。


「ねぇ! また警察の監視システムにアクセスしてみてよ。ヒューマノイドセンサーに反応があったら教えて欲しいの!」

「えっ……それ二度とやっちゃダメって刑事さんに言われちゃったんだよ!」

「は? 刑事さんて誰よ?」

「凛のこと聞きに来た黒川って刑事だよ。顔に似合わず優しい人でさ、今回は見逃してくれるって言われたから」

「それなら大丈夫よ! その刑事さん、今はハンターと一緒に動いてるの。だから警察の情報を教えてあげようと思って!」


 凛の強気な言葉に、勇樹はもごもごと反論するが、結局応じてくれた。


「わかったよ。一応アクセスするだけはしてみるけど、すぐに反応なんて無いからね」





  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る