弐
※
「黄季、お前、どうするよ?」
唐突に飛んできた声に、
本日の修祓任務の現場は、都の外れにある空き地だった。昔はこの辺りも家がひしめいていたらしいが、八年前に焼き払われてからは人々が寄り付かず、結果更地のままになっているという話だ。
「『ん?』じゃねぇって、『ん?』じゃ」
「
そういう空き地には、色々なモノが溜まりやすい。そしてヒトが寄り付かなくて良くも悪くも動きがない場所は、その溜まったモノが
というわけで、空地は適度に修祓を掛けないと自動妖怪発生装置となりかねない。今日の現場は最近放置され気味で少々厄介な場所に化けていた。
──まぁ、そのお陰で久々に人数出してもらえたわけだから、
「……あー。もうそんな時期なのか……」
「なぁにを『もうそんな時期なのか』とかのんびりしたこと言ってんだよっ!?」
「相変わらず呑気だよなぁ、黄季ってば」
任務が片付いたのをいいことにお喋りに花を咲かせ始めた同期達に、黄季は思わず苦笑を返した。
翼編試験。
それは
「やっぱ退魔師たるもの、やるなら
「そうかー? 俺、
「はぁ!? 後翼なんて結界術と援護が主な裏方じゃね!?」
「まぁ、前翼の方が花方ってのは確かだけどさー」
妖怪討伐のために現場に出張って退魔術を振るう泉部の退魔師達は、二人一組の対となって妖怪と戦う。前衛に立って妖怪と戦う前翼、前翼が安全に戦えるように後方から結界や遠距離攻撃で支援をする後翼の基本一対一の相方関係で、誰がどちらを担うか、また誰と誰が組むかは、得意な退魔術や本人の気性、人との相性を
というのも、一人前の退魔師として現場の前線に立つためには、まずは前翼・後翼、どちらかの位階を得なければならないからだ。
「んじゃもうお前らで組みゃあいいじゃん。基本長官の決定で決まるもんだけど、一応『できれば誰と組みたいです』とか言えないわけじゃねぇんだろ?」
「はぁっ!? 適当なこと言ってんじゃねぇぞ黄季っ!! 今後の一生を左右する大事なんだぞっ!?」
「そーそ。相方関係は一生モンなんだから。宮廷から退く時か、死ぬまで続くもんなんだから」
「『救国の比翼』なんて言われてる
「おぉっと。そこまで言うのはさすがに言い過ぎじゃね?」
泉部の退魔師は、良くも悪くも比翼連理。互いに命を預けあって戦う様は、片方ずつしか翼がない体を寄せ合って力を合わせて空を飛ぶ比翼の鳥に似ている。
「翼編試験に臨むからには、目指せ未来の氷煉比翼!」
「その心意気は買うがな、
同期の高らかな宣言が響いたその瞬間、ぬっと横から影が入り込んできた。
『え?』と黄季達が顔を上げるよりも早く伸びた手は、迷いなく明顕の耳をねじり上げる。
「比翼を目指す前に、まずは迅速な完全撤収を目指してほしいんだが?」
「お、
あまりの痛みに悲鳴さえ上げられずにのたうち回る明顕の向こうにいたのは、泉部長官である恩
「もっ、申し訳ありませんっ!!」
黄季と民銘は慌てて礼を取りながら膝を折る。そんな黄季達の声で周囲もようやく恩長官の存在に気付いたのか、サワリと空気の揺れが波紋のように広がっていくのが分かった。
──なんで長官がこんな現場に出張ってんだ!? そこまでヤバい現場じゃないだろここって!!
「それに、翼編試験に意欲を燃やすのは結構だが、氷煉比翼は目指してほしくないもんだな」
「な、なぜですか……?」
『そろそろ明顕の耳、取れるんじゃね?』とハラハラしながらも、黄季は会話の調子に合わせて疑問を口にしていた。
「そりゃあお前、国と一緒に燃え落ちた同期を目指すって言われたら、止めたくもなるだろ」
そんな黄季に慈雲は実に軽く答えてくれた。明顕の耳をねじり上げる手こそそのままだが、雑談に応じてくれる口調は存外親しみやすい。
その口調に引かれて、思わず黄季は続く問いを口にしていた。
「長官、氷煉比翼と同期だったのですか?」
「おーよ、二人とも俺より年下だったが、入省は同じ年だったからな。間違いなく同期だな」
ふと、そんな慈雲の瞳がどこか遠くを見つめるように細められる。
「今じゃ伝説みたいに語られてる二人だけどよ、俺の中じゃただの同期だよ。一緒に飯食って、現場出て、馬鹿なこともやった仲間だった」
氷煉比翼。
八年前の大乱のさなか、最後の悪
退魔師ならば誰でも知っている一対だが、その伝説じみた逸話ばかりが有名で
──そうだよな。伝説になってる二人だって、ただ当時を一生懸命に生きていただけの、等身大の人間だったんだよな。
あの大乱では、あまりにもたくさんの人が死んだ。兵も、貴族も、町人も、退魔師も。
黄季も、あの大乱で家族を亡くした。当時のことは、あまり思い出したくない。当時乱のただ中を駆け抜けた人間が大乱当時のことを語りたがらないのは、そんな黄季の心情と似たものがあるのだろう。
もう八年。まだ八年。
形ある物を復興させるには十分な時間なのかもしれないが、形なきモノの傷を癒すためには、まだまだ時間が足りないのかもしれない。
「まぁ、そんなことは置いといて。……翼編試験、お前達三人はぜひ受けてほしいと思っている」
「えっ!?」
慈雲の言葉に黄季と民銘の叫びが重なった。同時に慈雲の指がパッと離され、明顕が地面に倒れ込む。翼編試験に一番熱意を燃やしていた明顕だが、今はそれどころではないらしい。
「李明顕と
フッと一瞬言葉を止めた慈雲が黄季を流し見る。
その瞬間、ゾクリと背筋が粟立った。そんな黄季に気付いたのか否か、慈雲はフワリと今まで浮かべていた笑みとは宿る感情が異なる笑みを黄季に向ける。
「最近のお前なら、受験を認めてもいいかと思ってな」
全ての下に刃を秘めているような。
殺気。冷気。獲物を前にした狩人のような、そんな何か。
「お前、最近誰かの弟子にでもなったか? 明らかに以前と術の巡らせ方が変わったと思うんだが……」
──本当のことを答えてはいけない。
とっさにそう思ったのは、そんな冷気を察してしまったからなのだろうか。
「い、いえ……」
黄季はとっさに顔を伏せると、干上がる喉で無理やり言葉を紡いだ。
「自分に合った指南書を見つけて……自主練習には、励んでおりますが……」
「……ふぅん? 自主練習、ねぇ?」
慈雲は瞳を細めながら笑みを深くしたようだった。納得した気配はないと分かってしまう。だが黄季にこれ以上言えることは何もない。
「最近のお前の術の癖に、覚えがあってな」
顔を伏せたまま体を強張らせる黄季の耳元にスッと慈雲が口元を寄せる。黄季の耳にだけ囁かれる言葉は、きっとすぐ隣にいる民銘にさえ届いていないだろう。
「実に懐かしいんだわ、その癖」
──恩長官は、氷柳さんのことを知っている。
その事実に、なぜか黄季の背筋がヒヤリと冷えた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます