第46話 土佐坊、義脛の討手として京に上る事8
■文治元年(1185)10月
「そんなことよりも、土佐坊の奴が考えてた通りに攻め寄せてきておるぞ」
「やはりこれは策でございましたか。ご用心もされず、あっさりと彼奴などに門の外まで馬の蹄を向けられるのは不思議なことだと思っておりました」
「なんとしても彼奴を生け捕るぞ」
「義脛殿はここに控えていてくださいませ。奴がいる方にはこの弁慶が向かい、引っ掴んで参りましょう」
「私も多くの人を見てきたが、弁慶ほど頼りになる者はおらぬ。また喜三太の奴には戦をさせたことはなかったが、戦いぶりは誰にも劣らぬ。約束通り褒美をやらねばな。大将軍は弁慶に任せる。戦いは喜三太にさせよ」
[訳者注――義脛が準備を終えるまで時間を稼いだ喜三太の活躍は高く評価されるところであろう]
これを聞いた喜三太は櫓に上がり、大声を張り上げてこう述べた。
「六条殿に夜討ちが入ったぞ。身内の方々はおられぬか。在京の人はおられぬか。今夜、参上しない者は、明日は謀反に与したとみなすぞ」
あちこちでこの声を聞きつけ、京白川(京都市北東部)はいっせいに大騒ぎとなった。
義脛の家来は武士をはじめとし、あちこちらから兵が馳せてきた。
そして土佐坊たちの勢力を取り囲み、散々に攻めたてた。
片岡は土佐坊の軍勢に駆け入り、首を二つ、三人を生け捕りにして義脛に見せた。
伊勢は生け捕りを二人、首を三つとり、亀井六郎と備前平四郎はそれぞれ二人を討った。
彼らを始めとして生け捕り分捕りをそれぞれ思うがままにした。
[訳者注――分捕りは戦場で敵の物を力づくで奪い取るという意味だが、ここで奪ったのは首である]
その中においてこの戦で悲運だったのは、江田源三広基をおいて他にはなかった。
その夜は義脛の不興を買い京極にいたが、堀川殿に軍勢が攻め寄せていると聞いて馳せ参じ、敵二人の首を捕っていた。
「武蔵坊よ、明日、我が君にお見せください」
そう言って再び戦の中に出ていったが、土佐坊が射った弓で首の骨の中ほどまで深く貫かれてしまう。
江田は番えた矢を射ようと、なんとかして弓を引こうとしたのだが、首に刺さる矢のため徐々に力が抜けていく。
江田は太刀を抜き、杖のように突いて、地面に這うような様になりながらも館に戻り、縁へ上がろうとしたが上がることができなかった。
「誰かおられぬか」
義脛のそばに仕えていた女房がその声を聞いて、「何事でしょう」と返事をする。
「江田源三です。大きな手傷を負ってしまい今を限りとなってしまいました。どうか我が君にお目通り願いたい」
これを聞いた義脛はまさかと思い、火を灯して差し上げて見ると、黒津羽の矢が深く突き刺さった源三が倒れている。
「なんということか。皆の者、皆の者よ」
源三は息も絶え絶えだった。
「ご不興を買い勘当を受けましたが、今が最期となりました。どうかお許しいただき、黄泉の道へ安心して行きたいと思います」
「最初からお前を勘当するつもりなどない。わたしに策があり、お前のような優秀な者を一時的に遠ざける必要があったのだ」
[訳者注――作戦の内容をあらかじめ伝えておけばよかったのだが、良くも悪くも真っ直ぐな坂東武者たちでは何かを演じているのがバレバレになると考えたのかもしれない]
その義脛の言葉に源三は涙を流してむせび泣き、嬉しそうに頷いた。
近くにいた鷲尾七郎義久がこう言った。
「しっかりしろ、源三よ。弓を取る者が敵の矢一つで死んでどうするのだ。故郷には何も知らせぬぞ」
しかし衰弱した源三は返事をしなかった。
「お主が枕にしておるのは我が君のお膝だぞ」
そう鷲尾が再び言うと源三が口を開いた。
「我が君のお膝の上で死ねるのであれば、一生の面目。何事も思い残すことはありません」
[訳者注――主従関係の美しさを描写している。悲劇的な展開だからこそ、別れがいっそう悲しく見える]
「ですが、この春頃に信濃へ下った時に母がこう申していました。「できるのなら、冬頃には信濃にかえってきなさい」と。「わかりました」と申しましたが、下人がむなしくなった私の死骸を持っていき母に見せたなら、悲しむことであろうと罪深く思えます。それもすべて、我が君が都におられる間は、常におそばにあり、お言葉をかけていただけたらと思っていたからでございます」
「心配するな。常に言葉をかけよう」
義脛の言葉に、源三は嬉しそうに涙を流した。
もう間もなく命が尽きると思われたので、鷲尾は近付いて念仏を勧めた。
源三は大きな声で念仏を唱え、義脛の膝の上で、二十五歳で亡くなった。
[訳者注――『義脛記』において、義脛の配下で最初に亡くなった人物になる]
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