第22話 幽冥の誘薬
転がっている薬を見つける、というのは至難の技だ。
デルイの検挙率が尋常じゃなく良いのは、探知魔法と観察眼によるものが大きい。
犯罪者が見せるわずかな視線、手足の動き、周囲を警戒する様子。そうしたもので怪しい人物を捕らえ、揺さぶり、自白させる。
だから「もしかしてアリアが持っていた薬が他にもあるかもしれないから気をつけてくれ」と言われても実行するのは難しい。
それ自体が強い魔力を帯びているものならともかく、幽冥の誘薬はしっかり封をした瓶に入っているために、蓋が開いていなければいくらデルイとて検知のしようがない。いつもより注意深く物陰を見たりするくらいしか出来ることがなかった。
「そもそもあるかないかもわからないものを探すのは無理がある」
「そりゃそうだが。もし仮にあったら大変だろう」
「そういうのはユージーンさんが得意なんじゃないか」
夜番のユージーン・ストラウスは闇に連なる系譜のために夜行性の魔物を惹きつける力を持つものに敏感だ。昨日だって魔物がおびき寄せられる前に回収したわけだし、ユージーンがいれば万事上手くいくのではないか。
そうした期待を持ってデルイは詰所へやって来たユージーンを見る。
「何だ?」
「いやぁ、幽冥の誘薬がまだあるかもしれないって話で」
「何だ、まだあるのか」
デルイとは別方向に美丈夫な男、ユージーンはその特徴的な犬歯を剥き出しにして不快感を露わにした。種族的特徴が前面に出ているユージーンは既に四十代に差し掛かるような年齢だが、白蠟のような肌と赤いミステリアスな瞳、すらっとした長身で女性職員の中で人気がある。もっとも彼の場合はすでに妻子がおり、しかも大変な愛妻家で子供のことも溺愛しているために手を出そうと考えるような輩はいない。
ルドルフとて侯爵家子息で見目も整っており、職務に真面目なために人気があるのだが、本人はあまり頓着していなかった。
保安部は空港内で男性の花形職業なので注目の的なのだが、デルイは職員には手を出さないと決めているようだし、既婚のユージーンにも婚約者のいるルドルフにもあまり関係のない話だった。
「無いといいですね」
「あったとしても、蓋が開いて中身が溢れるなんて状況にはなかなかならないだろう。せいぜいが見つけた人間がこっそりと国外へ持ち出すか、性根のいい奴ならば届け出てくれるかもしれないな」
悠々と足を組んで見解を述べるユージーン。確かにそのあたりが妥当だろうとルドルフも頷いた。
「さて。じゃあ私はそろそろ仕事の時間だ。行ってくるとしよう」
「はい」
「じゃ、お先に失礼しまーす」
ユージーンは相方のサミュエルが詰所へ入って来たのを見ると、さっと立ち上がってルドルフとデルイに軽く手を振った。動きは滑らかで、優美そのものである。
「さて、帰るか」
「んー」
書き上げた報告書を手に帰宅を促すと、デルイはなぜだか渋った返事をよこしてくる。
「何だ、何か気になることでもあるのか」
「やっぱソフィアさんのとこに行こうかなと思って」
ルドルフは眉を吊り上げる。この男は、何を言っているんだ。
「お前は……職場で問題を起こすなとあれほど言ってあるだろう」
どう考えたって軽いノリで手を出そうとするデルイにルドルフは軽蔑感を露わにした。
「そうやって適当に遊んでいると後で痛い目遭うぞ」
「ルドは真面目だなぁ」
「お前が不真面目すぎるんだろう」
「わかったよ、行かない」
ガタリと椅子を引いて、観念したかのようにデルイは歩き出した。
+++
すらりと抜いた剣を片手にユージーンは空港の第三ターミナルに佇んでいた。
目線は床に注がれている。
「おい、嘘だろ……」
相方のサミュエルも息を飲んで同じ方向を見つめていた。
第三ターミナルの待合所の一角、隅の椅子の間に隠れるようにして置かれていた、その床に。
琥珀色の液体が入った瓶が横倒しに倒れていた。
ユージーンはかがんで手袋をはめた手で瓶を拾い、魔法で溢れた中身を元に戻す。
蓋を閉めてから開かないように魔法錠をかけて瓶を見つめる。
並んで青ざめた顔をするサミュエルに頷いた。
「これで二日連続、二度目だ」
「有りえない。たまたま幽冥の誘薬が二本落ちていて、二日連続でたまたま蓋が開いたのか? どれほどの確率だ」
「ああ、有りえないな」
赤い瞳で夜の魔物を誘う薬を見つめた。瓶の中で
いや、雲海上の空港だからこそ、というべきだろうか。
アンデッドのような墓場や森に巣食う魔物ならばともかく、実体を持たないレイスの類の魔物は宙に漂いどこへでもやってくる。
それらを強力に惹きつける薬がばらまかれているならば、ここへ集まって来てもおかしくない。
「明日は空港中を捜索だ」
「それと、件の錬金術師のアトリエの家宅捜索願を出そう。一体どれほどの量を作り、持ち込もうとしたのか」
全部見つけ出さなければ。
世界最大の空港エア・グランドゥールの威信にかけて、魔物を呼び寄せるわけには行かなかった。
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