第18話 エピローグ 俺は絶対に相方を真人間へと変えてやる

「で、デルイの様子はどうだ?」


 空賊の襲来から十日ほどが経ち、すっかり日常へと戻ったところでルドルフは勤務後にミルド部門長から呼び出しを受け、こうして彼のデスクの前で向かい合って座っていた。


「空賊戦では無茶をしてたな。敵陣に突っ込んで行った挙句に頭と対峙しているのを見た時には肝が冷えた」


「ご心配おかけして申し訳ありません」


「まあ、命があってよかった。おまけに頭を捕縛したのだから大したもんだよ。それで、あいつはどうだ」


「そうですね」


 ルドルフは少し考えてから言う。


「平時はおかしな行動もありませんし、職務態度は真面目かと。非常時に何をしでかすかわからない危うさがありますが、ともかく何かをする前に報告するよう言ってあります。あとは……」


 ごく真面目な表情を保ったまま、ルドルフは続けた。


「掃除ができるようになりました」


「掃除?」


 なんのこっちゃ、という顔をしてミルドが首をかしげる。


「ええ。次は簡単な料理でも教えようかと思っています」


 一体何の事なのか、ミルドにはさっぱりわからない。しかしルドルフはデルイによる悪影響を受けている風でもないし、まあいいか、と思うことにしよう。


「これからもよろしく頼むぞ」


「はい」


+++



「簡単なものくらい自分で作れるようになったらどうだ?」


 いつの間にか三日に一度はルドルフの家に入り浸るようになったデルイにルドルフが言った。

 こいつは家に来てはぐだぐだと飲んでどうでもいい雑談をしては帰って行く。仕事帰りにまで面倒を見る必要は一切ないのだが、この一見恵まれているようで実は腹を割って話せる人間の一人もいない、可哀想な相方に付き合ってやるのも悪くないと思ってしまっているのは、ほだされているのだろうか。

 生活に必要な技術を一通り教えてやるのも相方であり先輩の務めだろう。完全にデルイのペースに飲まれているが、ルドルフはグッと自分に言い聞かせた。

 バディは毎年春先には変わる。だからルドルフがデルイにこうして付き合ってやるのもあと数ヶ月のはずだ。


(あと数ヶ月だ! それまでにこいつの性根を叩き直して真人間にしてやる!)


 残念ながらミルドにこのバディを変える気はさらさらなく、向こう先五年はコンビを組まねばならないのだがそれは今のルドルフには知る由もない。


 ともかく、ルドルフはデルイに卵を突きつけた。


「まずは目玉焼き。割ってフライパンに中身を落とせ」


 受け取ったデルイは卵を眺め、思案した後、そのまま握りしめた。

 グシャッ、と音がして卵は割れ、殻が細かい欠片となる。黄身がぐちゃぐちゃになって指の間から滴り落ち、殻の破片と一緒にフライパンに流れて行った。


「割った」


「すまない、俺が悪かった」

 

 割り方から教えるべきだった。ちなみに使っているのはツィギーラというブランド鶏の卵で通常の卵の二倍ほどのお値段なのだが、貴族な二人にはそれが市場でどれほどの価値なのか理解していない。


「こうやって角に叩きつけて軽くヒビを入れてから両手で指を入れて割れ」


「あー、成る程」


 覗き込んで見ていたデルイは早速卵を取り上げて割ってみせる。パカッと綺麗に二つに割れてまん丸い黄身がフライパンへと滑り落ちた。


「片手でもいけんじゃないか?」

 

 そう言ってデルイは今度は右手で卵を割ってフライパンへ落とし入れた。


「器用な奴だな」


 一度教えただけで片手割りまでマスターするとは。デルイは卵を割るのが面白いらしく、パカパカ割ってはフライパンに入れていく。その数、十個。


「一人五個ずつな」


「食いすぎだろ」


 飽きるだろう、というルドルフのツッコミはデルイの耳に届いていないようだった。


「火は弱火で焼くんだ」


「弱火……? スライムを殺すくらいの火力か?」


「それは攻撃魔法の中だと弱いが、料理に使うには強すぎるだろ……」


 真面目な顔をして尋ねるデルイに、逐一説明するルドルフ。目玉焼きを作るのに実に三十分もの時間を要した。

 

 ルドルフは向かい合って一人五個ずつの目玉焼きを食べる。栄養バランスの偏りが著しいこの食事にデルイはなんとも思っていないようで、どういう食生活を送っていたんだろうとルドルフは戦慄した。

 しかもなんだか、ニコニコと食べている。


「やー、こうして気兼ねなく一緒に居られる相手がいるっていいな」


「お前本当に、どういう人生送ってきたんだよ」


「色々あったね。騎士学校の時はもうちょっと友達がいたような気がする」


 目玉焼きにフォークを刺し、口に運びながら言う。


「もっと交友関係を広げたらどうだ?」


「そのうちな」


 あ、これはやる気がないなとルドルフは思う。


「とりあえずこれからもよろしく」


 その屈託無く言われた言葉をルドルフが拒否できるはずもなく、「ああ」と一言だけ返した。




お読みいただきありがとうございました。

この二人も活躍する「異世界空港のビストロ店〜JKソラノの料理店再生記〜」

もよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16816700429280442173

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