第16話 相方の地雷ワード

 あいつのメインジョブは剣士じゃなくて魔法使いだったのか。あるいは狂戦士バーサーカーだ。

 床にしたたかに背中を打ち付けたルドルフが真っ先に抱いた感想はそれだった。

 全身が痛い。張っていたはずの障壁がまるで紙切れかのように秒殺で破られ、ルドルフの体はあちこち悲鳴をあげていた。自分に今日一番のダメージを食らわせたのが己の相方であるというのは一体どういうことなのか。

 見るとデルイの自爆攻撃に巻き添えを食らった多数の人間がルドルフのように倒れ伏している。

 しかしその中央に立つ、二人の人物。

 一人は言わずもがな、デルイ。そしてもう一人は空賊の頭である。

 あれほどの攻撃を受けたにも関わらず頭は未だ両足をしっかり地につけ立っていた。その顔には不敵な笑みが張り付いている。


「なかなかやるじゃねえか。だが俺には効かん! ……ゴフッ」


「いや、効いてるじゃん。吐血してるよな、おっさん」


「やかましいわ、青二才が!」


 その言葉にデルイはピクリと整った眉を動かす。


「青二才?」


「そうだ。ろくに修羅場も潜ったことのねぇ青臭いガキがよ。この俺に少しダメージくらわせたくらいでいい気になってんじゃねえぞ! ちょっと腕が立つくらいで、空賊<竜の鉤爪ドラゴンクロウ>の頭である俺に勝てると思うな!」


「俺が、碌に修羅場を潜ったことがないだって?」


「あぁん? 何キレてんだよ!」


 頭は全身から黒煙を立ち上らせながらも手に持った大剣をデルイへと突きつけた。


「見てりゃわかるぜ、イイトコ育ちの坊ちゃんが。ちょっと腕に覚えがあるからって勝てるとつけ上らねえ方がいい。世の中にゃあお前なんぞよりもっと強い奴がごまんといんだ!」


「そんな事は知ってる」


 キレ散らかす頭に対し、デルイの声は努めて冷静だった。しかしその声にはまぎれもない怒りが込められている。

 剣を構えたデルイが地を蹴り、頭へと肉薄する。その速度は今までよりもっと速く、そして静かだ。


「っと!」


「俺はクソみたいな親父にガキん時から何度も何度も魔物の群れに突き落とされて来た」


 剣と剣が交わる。デルイの一撃はその細腕からは信じられないほどの力が込められており、頭の剣を押している。


「どんだけ鍛えても、クソ親父と兄貴に勝てずに辛酸を舐めて来た」


「てめっ、どっからこんな力……!」


 鮮やかなピンク色の髪がなびき、デルイは無駄のない動きで頭と剣戟を結び続けた。見据える切れ長の瞳は冷徹で、はたから見ているルドルフにはわかった。


 ーーああこいつ、完全にキレてるな、と。


 どれが地雷ワードなのかは知らないが、頭の何かがデルイの逆鱗に触れたようだった。

 パワー、技術、経験値。力の差は歴然だったはずだ。なのに今、間違いなくデルイは互角の勝負を繰り広げている。

 焦れた頭は受けの姿勢から一転、猛攻に出る。大剣を恐るべき速度で操り突きの連撃を繰り出し、デルイに攻撃する隙を与えない。


「ウゼェんだよ、ぶっ殺してさっさと撤退だ!!」


「俺は保安部の職員だ。空港をめちゃくちゃにした人間を逃す事はない」


 デルイはたん、と地を蹴り飛び上がった。今までとは異なり両手で剣を握り、頭上高くに振りかぶる。


「空中はガラ空きになるぜ!」


 頭はその長い剣のリーチを生かし、デルイの攻撃が届く前に始末しようと身構えた。しかしデルイの剣はただのーー剣戟ではない。今までもそうだったように魔法が付与され、強化されている。

 

「公的場所の不法占拠に強奪、傷害、殺人罪! 今まで犯したモノも含めてテメェの罪は牢で償え!」


ーー豪雷破斬ごうらいはざん!!


 放電する剣が振り下ろされ、二度目の光がターミナル中を侵食する。

 頭をどうこうするのはおろか、建物を壊す音が響き渡り、地面が揺れる。まぎれもない破壊音だ。

 今間違いなくデルイは、上空一万メートルに浮かぶ空の港エア・グランドゥールにとんでもない大きさのひびを入れた。


「うっ、あっ、ああああぁああぁああ!!!」


 頭の絶叫が響き渡り、派手な血しぶきが上がった。右肩から脇腹にかけて深々と抉るような傷を負った頭はその場にうずくまり、そして剣を突き立て着地したデルイは荒い息をつく。しかし叱咤するかのように足を動かすと、頭へ近づいた。腰のポケットから取り出したのは魔法錠。左手と、半ば取れかけている右手にそれを確かにかける。


「空賊「竜の鉤爪」頭領、お前を逮捕する」


「クソォォォォ!!」


 魔法錠によって物理的にも魔力も封じられた頭は、血をどくどくと流しながらも怒りの咆哮を上げた。頭を捕らえられた事で、凍り付いていた空賊たちが動き出す。


「お頭、チクショウ!」


「頭を放せ!!」


 ルドルフは動かぬ体をなんとか動かすと、残党狩りへと加わろうとした。しかし、その前に地面が斜めになりバランスを崩す。

 

「うわぁ!」


「地面が揺らぐ!!」


「落ち着け! まずは賊どもの捕縛だ!」


 ターミナルがかしいだ。エア・グランドゥールにかけられている重力魔法に負荷がかかりすぎたのだ。


「デルイ、お前……!」


 フラフラと近づいてくるデルイに思わず凄みを利かせて睨み付けると、彼は流血して指先まで真っ赤に染まった右腕を上げ、非常に軽く挨拶した。


「よぉ、ルド。満身創痍まんしんそういっぽいな」


「誰のせいだと! 何かするなら事前に一言、言っておけよ!」


「はは。悪い悪い」


 全く悪びれずにそう言うデルイにルドルフが返す言葉はもうない。

 左右に大きく揺れるターミナルに引きずられるようにあっちにフラフラ、こっちにフラフラする職員と空賊たち。頭を取り戻そうと歯向かってくる者に対抗する職員と、自分だけでも逃げ出そうと接続口から船へ乗り込もうとする賊、そうはさせまいと接続口前に陣取ってはじきかえす職員。誰もかれもが千鳥足で、まるで酔っ払いの集団のようだ。


「威力は結構控えたつもりだったんだけどな。そもそももう魔力切れであれ以上の力は出せなかったし」


「お前はエア・グランドゥールを地上に叩き落とすつもりか」


 ルドルフの嫌味にデルイは肩をすくめる。

 ターミナルは大混乱だった。

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