第14話 相方の務め
空賊の、あるいは冒険者の、騎士や職員の怒鳴り声が方々から聞こえる。
平時では考えられない空港の非常事態の中、ルドルフははっきりと自分の相方が敵陣へと突っ込んでいったのを見て取った。
凄まじい速度だった。およそ一人の人間が出せるような速さではない。
通り過ぎた彼の体からは紫電が迸り、行く手にいた敵は感電してどさりと倒れ伏している。
(雷速か……!)
一般的な剣士は身体強化の魔法を使うことはできるが、雷速はそれを遥かに上回る高位の魔法だ。習得にも時間がかかるし使用する魔素も膨大、おまけに魔法を行使するにはそれなりの集中力が必要なはずだ。
二十一歳にしてそんな魔法まで使いこなすとはますます恐れ入る。高度な魔法は魔法使いの専門分野だが、デルイにはそんな常識など通用しないようだった。
しかし敵も負けてはおらず、突っ込んでいった先で壁に足をつき、こちらへととって返す途中で魔法使いが立ちはだかる。魔法無効化の効果によってデルイの雷速が解かれ、敵陣の真ん中で踏みとどまる羽目になってしまっている。
敵味方が交錯する中、左手でシスティーナを抱き、右手で戦う姿がかすかに見て取れた。
「あの馬鹿!」
あんな状態では狙ってくれといっているようなものだ。
「ルドルフ、よそ見すんな!どんどん突破されるぞ!」
隣で戦う保安部の職員からの叱咤が飛んで来た。確かにそうだ、敵の攻めは凄まじく油断していれば続々とターミナルから空賊が出ていってしまう。
賊はここ第七ターミナルで奪えるものを奪い尽くし、船へと乗せると、他のターミナルの獲物を求めて外へと出ようと襲いかかってくる。もちろん物資を持って戻ってくる族もいるので、戦っても戦ってもキリがなかった。
一体いつまでここで略奪を続けるつもりなのか。空港は広大で全てを奪うことなど不可能だから、頃合いを見て撤収するはずだ。こちら側が依頼している援軍も到着するはずだし、長くいればいるほど不利になるのは空賊の方だろう。
賊が二人掛かりで切りかかってくるのを剣でまとめて受け止め、弾き飛ばす。様々な種族が入り乱れるこの戦場で、一際巨大な体躯を持つスキンヘッドの空賊が、敵陣の真ん中に陣取って指揮を飛ばしている。あれが頭だろう。
「
ゴウッと一際激しい熱風が吹きすさび、灼熱の炎の竜巻が巻き起こった。高位魔法障壁を持ってしても防ぎきれるかどうかというその魔法の出所は、ちょうどデルイがいたあたりで、おそらく彼の雷速を無効化した魔法使いによるものだろう。
魔法無効化は難しい魔法だ。相手の魔法を打ち消すには、発動時に同等かそれ以上の魔素を込める必要がある。あの魔法使いは高度魔法である雷速を打ち破った腕の持ち主だ。デルイが片手で戦うには厳しい相手だろう。
ルドルフは戦況を見極めた。
状況は芳しくない。ここを突破されれば、また空港内に被害が出る。
ルドルフが抜ければ突破される可能性は高くなるだろう。
ーーだが、しかし。
炎の攻撃をかろうじて防いだデルイの姿が見える。常日頃身にまとっている飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、険しい表情で魔法使いと相対していた。
ハンデを背負っての戦いは苦戦を強いられているようで、さすがに軽傷とはいえところどころ怪我を負っているようだ。
ルドルフは覚悟を決める。押し付けられたとはいえ、デルイはルドルフの立派なバディだ。ピンチに陥っているならば、助けてやらなければならないだろう。
ルドルフは敵陣に向かって走り出す。横で戦っていた職員が驚きの声を上げた。
「おい、ルドルフ、どこへ行く!」
「相方のところへ行ってくる!」
もはや迷いはない。どのみち抱えているシスティーナは保護しなければならないのだ、このままデルイを見殺しにしては彼女が攫われてしまうのは目に見えている。
それに、相方がピンチならば、助けてやらなければならないだろう。
「それが、相方の務めってやつだ!」
握った武器に魔素を上乗せし、渾身の技を放つ。
「
半分ヤケになった気持ちで、ルドルフは立ちはだかる空賊を蹴散らしながらデルイの元へと向かった。
+++
さすがにマズイかなと思ったのは、女魔法使いの放った炎の魔法を防いだ後だった。
片手で戦うにはハンデがありすぎる状況だ。しかしシスティーナを投げ出すわけにもいかないので、なんとかこのまま切り抜ける方法を考える。
「高位魔法障壁で防いだの? ますますやるわねえ。ね、私たちの仲間にならない?」
女魔法使いは余裕の面持ちでそんなことを言ってくる。
「お兄さんみたいな人がいたら、毎日もっと楽しくなりそうだし。自由気ままな空賊になってみるのはいかがかしら」
「生憎犯罪者になる気はないんでね。断る」
「あらそう? 残念。じゃあ、そのお姫様だけ置いて、死んじゃってね!」
デルイは右手で握った剣を構え、魔法が発動する前に動いた。刀身に魔素を流し込み、切っ先より斬撃を飛ばす。瞬時に放たれたその斬撃はデルイの得意魔法である雷を纏っており、放電しながら魔法使いめがけて一直線に飛んでいった。
「!!」
魔法使いは目を見開く。杖を振り上げ無防備だった胸元めがけて飛ばされた斬撃はだがしかし、横から割って入ってきた賊の仲間によって防がれてしまった。
「多勢に無勢だな」
「クソッ」
思わず舌打ちをする。乱入してきた賊に、この魔法使い。いや、敵は周りにも大勢いる。
「デルイさん……」
「うん、なんとかするから」
怯えた声を出すシスティーナをぎゅっと強く抱きしめた。
とはいえどうすれば打破できるか、全く見通しは立っていない。
諦めるつもりは甚だないが、割と絶体絶命かな、と思ったその時にデルイの視界に見慣れた相方の姿が目に入った。
「
魔法を繰り出し隙を作って、そして右手で賊と剣を交える。
常と同じように相変わらずデルイを非難するような目をしているものの、しかしここへ来てくれたことが何より嬉しい。
デルイは自分が心底からの笑みを浮かべていることに気がついた。
「あら、お兄さんの仲間? こっちも結構いい男ね」
女魔法使いはルドルフが乱入して来ても一向に構わない様子で品定めをするように見つめる。
「でも残念。もうお別れの時間ね」
杖先に光が凝縮し、一点に魔素が集められる。先ほど炎の魔法だ。圧縮されたエネルギーが爆発する前に決着をつけなければ。ルドルフは地を蹴って間合いを詰め、魔法使いへと斬りかかる。
「ーー遅いわ!!」
ルドルフが敵へと到達する前に二撃目の黒い炎がその杖から溢れ出た。
「
デルイによる補助の魔法障壁が築かれ、黒い炎は障壁を舐めるように黒く焦がす。守られている状態にもかかわらず、チリチリと熱が伝わって熱い。炎をまともに浴びた状態で視界が悪いが、構わずルドルフはそのまま突っ込み、剣を頭上へと振りかざす。
黒い炎から突如現れたルドルフに女魔法使いは対処するすべを持たず、そのまま肩から腹部までを袈裟懸けに切り裂かれると、口から血を吐き地面へとうずくまった。
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