第7話 相方の魅力は少女にも通じる

「今日も平和だな」


「すでに三件も検挙しておきながらよく言う」


 デルイの冗談にルドルフが軽口を叩きながら、二人は今日も今日とて哨戒中だ。デルイと相方を組むのもすでに慣れたものだった。仕事においてはそつなくこなすし、プライベートは関わらなければ問題がない。時々飲みに行こうと誘われるがルドルフはにべもなく断っていた。デルイの人のいい笑みもルドルフには通用しない。なぜなら魂胆が見え透いているからだ。


「ちゃんと家の掃除してるのか」


「してるよ。掃除道具サンキューな。他にも揃えたいんだけど、どうすりゃいいんだ」


「市場へ行けよ。お前、市場とか行ったことあるのか」


 ルドルフに聞かれてデルイは考える。


「あんまりないな……ルドは行くのか」


「そりゃ、行くだろ普通。どこで食材買うと思ってんだ」


 そこまで聞けば、デルイはにっこりとその整った顔に綺麗な笑みを浮かべる。嫌な予感がした。


「じゃ、今度連れてってくれ」


「やっぱりそうくるか……」


 ガックリした。さすがに市場の買い物まで断る理由はない。こうやってどんどん、デルイの術中にはまっている気がする。


「やー、相方がルドになって良かった」


 そう言って大層いい笑顔をしているデルイを見て、まあそれは本心なのだろうなと思った。こいつは多分、上っ面だけで生きてきたせいで腹を割って話せる人間がいないのだろう。


 雑談を交えつつも哨戒任務を続ける。



「ルド、女の子が一人でいる」


 中央ターミナルの隅っこで、壁にもたれかかって立ち尽くしている女の子がいた。せいぜい十歳前後だろうその子はふわふわの金髪にリボンをつけ、フリルとレースのふんだんについた可愛らしいドレスを着ている。明らかにいいところのお嬢様だ。そんな子がこんなところで一人だなんて、どう考えてもおかしい。

 いや、よく見ると一人ではなかった。肩のあたりに猫妖精ケット・シーがふわふわと漂っている。

 見つけたデルイが話しかけに行く。


「お嬢ちゃん、もしかして迷子?」


 しゃがんで目線を合わせれば、女の子は頬を赤らめて頷き、もじもじとし始めた。


「はい……お母さまお父さまと来たんですけど」

 

「お父さんとお母さんはどこに?」


「わからない……気づいたら一人でした」


 ルドルフとデルイは顔を見合わせる。このまま一人にしておくわけにいかない。迷子の保護も仕事のうちだ。いい身分のお嬢様をこんなところに放っておいたら、さらわれたのちに売り飛ばされるのが関の山だ。


「お嬢ちゃんの名前は?」


「システィーナです。システィーナ・シャインバルド」


「シャインバルド?」


 名乗り出た苗字を聞き二人はうっと声を詰まらせる。シャインバルド。魔法に通ずる者でその名に聞き覚えのない人などいない。念のためデルイは確認をとった。


「それって召喚術士の?」


「はい」


 本物だ。召喚術士のシャインバルド家。その名は王城深く国の中枢にも影響を与える、歴史ある家柄の家名だった。召喚術士という職業自体、そもそもなり手が少ない。異界からあまねく幻獣を呼び寄せる力を持つその職業は使う魔素が膨大な上に召喚した幻獣を手なずけるのに特殊な訓練が必要になる。

 この多彩な種族が集まる大国グランドゥールにおいても、召喚術士を代々輩出しているのはシャインバルド家のみであとは時々特殊な性質を生まれ持った人間だけがなることができる。遠く北方の地には世界で唯一の召喚術士が集う学校があると聞くが、真偽のほどは素質のないルドルフやデルイの知るところではなかった。

 システィーナは自分の身分や置かれている境遇を理解しているのかいないのか、どことなくぼんやりした様子でデルイを見ている。ますますこんなところに放置するわけにはいかない。デルイはシスティーナの肩をそっと抱いた。


「俺たちは空港の保安部の人間でね。一人でいたら危ないから、お父さんたちを見つけるのを手伝うよ」


「本当に? 嬉しい!」


 システィーナはあどけない笑顔でそう言ったあと、すすすっとデルイへとにじり寄る。


「お兄さん、名前は?」


「デルイ」


「じゃ、デルイさんって呼びますね」


 システィーナの笑顔はあどけない。けれどその瞳の奥には、デルイが何千と向けられたことのある好意の色が確かに宿っていた。


(あー、まずったかな)


 デルイは心の中で一人ごちた。まさかこんな少女までこのような目を向けてくるとは、女というのは恐ろしい。しかもデルイにとって身分の高い人間からの好意ほど面倒なものはなかった。さっさと親を見つけて引き渡そう。


「デルイ、通信石が起動してる」


「本当だ」


 通信を告げ明滅する石を取り出して起動する。


「こちらルドルフ、デルイ班。どうかしたか?」


「ああ、よかった。ちょっと面倒なことが起こりそうで。至急管制塔まで行ってくれるか」


 応答したのは他の保安部の要員だった。


「管制塔?」


「そうだ。部門長と他の保安部員、騎士たちも先に向かっているから詳しいことは聞いてくれ」


 そんなにも揃いも揃って管制塔に赴くとは一体何事だろうか。常日頃では考えられない事態に、デルイの服の裾を握るシスティーナを横目で見た後ルドルフはひとまず返事をする。


「わかった、すぐに向かう。が、迷子のシャインバルド家の女の子を保護しているからデルイは後から向かわせる」


 デルイは不満そうな顔をするがどうしようもない。このお嬢様はデルイに懐いてしまっている。ルドルフが抜けて行った方がスムーズだろう。


「早いとこ見つけて、こっちに来い。何かあったら連絡する」


 互いの魔素を記憶して音声での通信が可能な通信石は高価なもので、庶民なら一家に一つあるかどうかという代物だが、職務上必要不可欠なので保安部は一人に一つずつ所持している。


「じゃあな」


 言い捨ててルドルフは管制塔へと向かった。


「デルイさん……いいんですか?」


 システィーナは少し顔色を伺うようにこちらを見ている。デルイはとりあえず笑顔を貼り付けた。


「いいのいいの。早く親御さんみつけよっか。どこのターミナルに行く予定だったかわかるかな?」


「あ、はい。確か第二ターミナルでした」


 システィーナは考えることなくそう言ったが、多分それは嘘だな、とデルイは思った。

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