東京挽火 ―TOKYOBANKA―

白川ちさと

はじまり


 道らしき道はない。転げそうになりながら、うっそうと生い茂る木々の間をひた走る。耳に付けた機械のおかげで視界には地図が表示されていた。仲間の大体の位置が分かる。大きな木の根を飛び越えると声がした。


「いったで! そっちや、大河たいが!」

「ああ!」


 大河と呼ばれた少年は、腰に差している刀の柄を手にする。まさか、自分がこんな物騒なものを手にするとは思ってもみなかった。それでも、刀を取らないわけにはいかない。そうでなければ、やられるのは自分だ。


 バキバキバキバキ


 木がへし折られる音が前方からする。そいつは現れた。太い幹で出来た手、大量のツタを這わせた足。顔の部分には口だけがあり、牙がびっしり生えていた。そいつは、植物の怪物、緑怪りょくかいと言うらしい。


「この化け物が!」


 大河は刀を抜く。すると、ぼっと刀は青い炎に包まれた。


「はああああ!」


 大きく飛び上がって、その大きく開けている口を斬りつける。青い炎は緑怪を包みこんで、燃え盛った。





 一週間前。


「う、ううん……」


 明るくなった光に導かれるように、大河は眠りから覚醒する。今日は確か日曜日だ。学校は休み。時間次第では、まだ眠っていたい。

 目を閉じたまま、大河は枕元にあるはずの目覚まし時計を手探りで探す。


「あ、あれ?」


 しかし、いくら探っても目覚まし時計はなく、冷たい金属の感触がした。


「なんだ。――いてッ」


 壁で肘を打った。おかしい。ベッド際に壁なんてないはずなのに。そこで大河はやっと目を開けた。まず目に飛び込んできたのは知らない天井だ。いつもの白い天井ではなく、金属のように灰色がかっている。


「どこだ、ここ?」


 身を起こしてみると、やはりそこは自分の部屋なんかじゃなかった。

 コンクリートの打ちっぱなしの壁が取り囲んでいて、何も置かれていない。いや、一つだけ。丸い水晶が置かれた台座が大河の前に置かれていた。


「目が覚めたようだぷー」

「誰だ!」


 確かに誰かの声がした。しかし、部屋には誰もいない。監視カメラでもつけられているのだろうか。


「ここだぷー」


 目の前の台座から声がしている気がする。そこにマイクでも付いているのだろうかと目を凝らした。すると、水晶の中に水色のクラゲが浮かんでいる。しかも台座が勝手に動いて、こちらに向かって来た。


「僕はお助けAIのぷーすけだぷー。よろしくだぷー」


 中のクラゲがしゃべっているように聞こえる。


「……ぷーすけ?」

「そうだぷー。君は赤星大河あかほしたいがで、間違いないかぷー?」

「いや……」

「用心しなくても、誘拐とかじゃないだぷー。安心するだぷー」


 このクラゲ何者だろうか。可愛らしい姿をして、自分を油断させるつもりなのかもしれない。


「誘拐じゃなければ何だって言うんだ」

「それは今から全員に説明するだぷー」

「全員?」


 この状況は自分だけではないのか。怪しげなAIだと名乗るクラゲ、そして――。

 大河は自分が寝ていた寝床を見る。それは筒状の装置に見えた。ガラスの蓋が開き、そこに寝ていたのが大河だ。まるでSF漫画に出てくる、コールドスリープ装置。ただ寝るだけならば、ベッドで良いのではないだろうか。


 ――なんだ、この状況は。心臓がバクバクとうるさい。


 台座をカラカラ言わせて移動する、ぷーすけに続き大河は部屋を出た。





 部屋から出ると同じようにコンクリート打ち放しの通路を歩く。冷房が効いているせいか、少し肌寒い。大河は寝ていた半そでのTシャツに短パンのままだ。

 やがて、ぷーすけは一つの扉の前で止まる。


「ここが談話室だぷー」


 大河が心の準備をする前に、すぐさま自動ドアが開く。


「ようこそだぷー。これで全員揃っただぷー」


 まず目に飛び込んできたのは、デカデカとしたぷーすけだ。いつの間にか台座の水晶にはおらず、部屋の一面を使った大画面に浮かんでいた。次に意識が向いたのは、丸い形状の白いソファだ。いかにもフカフカと上質そうで大画面の方を向いている。


「おう! あんたが最後の一人なんやな!」


 ソファには人が二人座っていた。

 関西弁の一人はスポーツ刈りの青年だ。いかにも人好きするような笑顔で、目を細めている。座っていても分かるほど背が高くがっちりした体型で、何かスポーツをしていることは明白だった。


 もう一人は白のパーカーを被っていた。その人物が振り返って、大河を見つめる。その姿に思わず、ぎょっとしてしまった。白い髪に、銀色の目をした少年だったからだ。


「びっくりするやろ。銀色のカラコンなんやて」

「あ、ああ。そうなんだ。そりゃそうか」


 つまり、おしゃれでそうしているのだ。髪も白く染めているのだろう。


「まあ、そないなとこに立ってないで、座ったらどうや?」


 隣を勧められたので、大河は遠慮がちに端の方に座る。


「全員そろったから、それぞれ紹介するだぷー。みんな、ご存知の通り、ぷーすけはプリチーなお助けAIぷーすけだぷー」


 画面のぷーすけはクルリと回ってお辞儀をした。


「そして、いまやって来たのが、赤星大河だぷー」

「……よろしく」


 大河は未だついて行けないものの、頭を下げる。


「そして、隣が田沼豪志たぬまごうしだぷー」

「こないな奇縁やけど、よろしくやで」


 豪志はニッカリ笑った。


「そして、その隣が中津錬なかつれんだぷー」

「……」


 錬は何も言わずに微かに頭を下げる。大河はなぜこの三人なのだろうと思う。共通点といえば、同じ男性だという点しかない。年齢もバラバラだろう。ぷーすけは両手をあげて、テンション高く言う。


「この三人でがんばって、人類を救ってもらうのだぷー」

「は?」


 何を言っているのか分からない。ふざけるのは見た目だけにして欲しい。しかし、そんな表情をしているのは大河だけだった。 

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