つるとうさぎ
日戸 暁
第1話-1
ここがどこだか、彼にはさっぱりわからなかった。ただ、光源も見当たらないのにぼんやりと仄かに明るい、靄のかかった世界だった。足元にも靄が流れ、ふわふわと体に纏わりついてきた。
「ここは……どこ?」
彼は呟いた。目が覚めたらここにいた。としか言いようがない。
自転車で坂道を下っていて、目の前に何かが飛び出してきた。見覚えのある何かだった。
それを避けようとハンドルを切った。そこから先の記憶がない。気が付けば、こうして靄に包まれるように、仰向けに倒れていた。
彼の名前は、津多 風乃子(つだ かいと)。綽名はたこちゃんだのいかちゃんだのカゼノコだの、数えればきりがない。全く、彼の両親は息子に変な名前を付けたものだ。
自転車に乗っていたはずのカイトは、目が覚めたら、こんな靄の世界にいた。とにかく、普通の世界ではないことだけは確かだった。不安で仕方なく、とにかく傍に誰かいてほしいと彼は思った。独りで見知らぬ世界にいるなんて、あまりに心細い。靄がどんどん濃くなった。ますます不安になり、彼は目を凝らして周りをみた。遠くの靄の向こうに、何かが動いているのが見え、カイトの胸は高鳴った。そこへ向かおうと、立ち上がった。カイトは、ぼんやりとしたその靄の世界をゆっくりと歩きだした。頭の奥がガンガンと痛み、足がもつれて思うように進めない。彼の穿いている、泥にまみれ傷だらけのスニーカーは、一歩進むごとに重くなっていく気がした。カイトはそれでも何とか歩き続けた。人がいるなら、ここがどこだか訊けるだろうと思った。そして、自分はもうここに独りぼっちではないのだと思い、心は少し軽くなった。重い足を引きずって、それでもカイトは僅かな期待に頬を上気させて歩いた。
靄の向こうに蠢く人影に大分近づき、カイトはほっとして呼びかけた。
「あの、すみません……どなたか……」
それに応えるように、おぅおぅと呻く声が聞こえ、カイトの背筋が凍った。映画で見たような幽霊がそこにいた。しかも、群れていた。
青く半透明な姿をして、幽霊達はカイトの方へ向かってきた。カイトは逃げようとしたが、靄がその足を絡め取った。幽霊の手がカイトに伸ばされた。カイトは目を瞑った。大丈夫、幽霊なら僕に触ることはできない。そう思った。だが、その予想とは裏腹に、幽霊の手はしっかりとカイトの腕をつかんでいた。
どうして幽霊が生身の自分に触れているのだと、カイトは疑問に思った。
そして、ようやく彼は思い至った。カイトもまた、幽霊の仲間なのだ。自分はもう、生身の人間ではないのだ。
余りに気づくのが遅いと、自分で自分の頭の回転の鈍さを呪った。幽霊の群れに囲まれ、カイトは天を仰いだ。そして、自分でも知らず知らずのうちに、叫んでいた。
「誰か……助けて……!」
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