第456話 決勝(ミドルン)
年末に開催された神竜王国ダルフェニアの剣技大会「剣―1グランプリ」。最終的に百数十名の腕自慢が参加したこの大会もついに決勝を迎えた。
そこまで勝ち上がった二人のうち一人は”宣告者”ウィラー。「三傑」と呼ばれる冒険者ギルド最強メンバーの一人で、対人戦の強さから「対人最凶」とも呼ばれている。ヴィーケン王国のエリオット王の護衛として、カザラス帝国から送られてくる暗殺者を次々と仕留めていた経歴を持つ。
もう一人は”
どちらが勝っても勝者にふさわしい名声と実績を持つ二人だ。そして勝者は生きながら伝説的な活躍を見せる若き英雄、アデル王に挑戦することとなる。準決勝の激闘を見た観客の期待はいやがおうにも高まった。
剣技大会決勝の舞台。ウィラーとフレデリカが中央に進み出る。観客の凄まじい声援はその背中を物理的に押すほどだ。
「なんだ、お前かよ」
フレデリカを見たウィラーは不満を隠そうともせず言った。
「アタシが相手じゃ不満かい?」
「悪くはねぇけどよ。せっかくなら初めてやる女のほうがイイだろ?」
フレデリカの問いかけにウィラーが下品な笑みを浮かべる。
「ふん。立っていられないくらい激しくしごいてやるから覚悟しな」
フレデリカは鼻を鳴らした。
「それでは剣技大会決勝、試合開始!」
フォスターの宣言とともに試合開始の銅鑼が打ち鳴らされる。爆発的な観客の声援に耳が痛くなり、ウィラーとフレデリカは顔をしかめた。
だが試合開始が告げられても、またもや二人の剣士はなかなか動き出さない。
(ヤバイ相手が残ったねぇ……まあ当然だけど)
ウィラーの一挙手一投足に集中しながらフレデリカは思った。
(あいつの突きは厄介だ。こっちから間合いに入るのは危険すぎる……)
フレデリカは剣を構えながら慎重に間合いを調整する。
しかし一方のウィラーは剣を持った手をだらんと下げたまま、何やら考え事をしていた。
「なんだい、やる気がないなら棄権しな」
フレデリカが挑発するように言う。
「う~ん、そうだよなぁ」
だがウィラーは煮え切らない態度で俯いた。観客も異変に気付き、徐々にざわめき始めている。
「どうしたのさ。こっちまで調子が狂っちまうよ」
フレデリカが武器を降ろし、呆れた様子で肩をすくめた。
「……うん、やっぱやめた!」
当のウィラーは突如、吹っ切れた様子でそう宣言する。
「フレデリカ、おめえに勝ちを譲ってやるよ」
「はぁ!?」
ウィラーの言葉を聞き、フレデリカは眉間にしわを寄せた。
「俺はまだ万全の状態じゃねぇからな。中途半端にアデルとやってまた負けて、もう一年待てとか言われたらたまったもんじゃねぇ」
ウィラーの呆れた言い分にフレデリカは開いた口が塞がらなかった。
「そんなこと言ってたらアタシが先にアデルを倒しちまうよ」
「ふっ、お前に負けるようじゃアデルもそれまでの男だったってことだな」
フレデリカの言葉をウィラーは笑って受け流す。
「だいたい譲ってもらわなくても、戦ってりゃアタシが勝ってたからね!」
「はいはい、わかったわかった」
少しムキになるフレデリカにウィラーは肩をすくめた。
「ほら、早くやってくれ。痛くするなよ?」
ウィラーは武器を収め、両手を広げる。
「おいおい、戦う気無いのかよ!」
「どうなってんだ?」
二人の様子に観客から野次が飛び始めた。ブーイングの波を浴び、フレデリカはバツが悪そうな表情になる。
「ちっ……これは借りじゃないよ。貸しだからね」
フレデリカは舌打ちをしてそう呟くと、剣を振るってウィラーの体に塗料を付けた。
「おいおい、貸しってことはねぇだろ。まあ、お前がアデルに勝ったら一杯おごってやるさ」
ウィラーは肩をすくめると、出口に向かって歩き出す。後には釈然としない表情のフレデリカが残された。
「……勝者、フレデリカ!」
少しの不満げな沈黙の後、フォスターが宣言する。しかし見ている観客たちは収まりがつかなかった。
「なんだ、八百長か!?」
「いい加減にしろ、金賭けてるんだぞ!」
その決着に暴れだす観客もいる。試合会場に物が投げ込まれ、衛兵がそれを取り押さえるために奔走した。
結局、ウィラーに賭けていた人々には掛け金を返金するとアナウンスがされ、観客の暴動は治まった。この剣技大会での賭けは国で運営していたこともあり、上手く対応しなければ国の信頼に関わるというフォスターの判断だ。元々あまり大金は賭けられないように上限が定められていたため、それほど国庫への影響はない。一部、闇賭博などでウィラーに賭けていた人々は収まらなかったが、そこまで国が面倒を見る気はなかった。
この件でむしろ一般の観客からは国の迅速な対応で評価は上がっており、そもそも美人女剣士ということで圧倒的に人気があったフレデリカが勝ち進んだこと自体に不満を持つ者は少ない。ただその戦いぶりが見られなかったことを観客は残念がっていたが、その分このあと若き英雄王との戦いが待っているということで、一度冷めた観客の熱は再び上がり始めていた。
そしてアデルが試合会場へと姿を現したのはそんなタイミングでのことだったのだ。
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