第348話 地盤(ミドルン)

 ヤースティンたちとニコラリーが退出した会議室で、アデルたちは話し合いを続けていた。


「どうして援軍を断るんですか! すぐ助けに行かないと!」


 アデルはラーゲンハルトに食って掛かる。


「そういうわけにも行かないでしょ。じゃあ聞くけど、もう一度カザラス軍が攻めてきても余裕で返り撃ちにできるような作戦なり戦力なりがあるのかい? ラーベル教会が転移門を使って救命騎士団みたいの送り込んできたら撃退できるの?」


「そ、それは……」


 ラーゲンハルトに諭され、アデルは口ごもった。


「それに行くとしたって、向こうの要請もなしに行くわけにはいかないでしょ。向こうからすればこちらが信用できるとも限らない。どさくさに紛れてうちもラングールに攻め込む危険性だってあるわけだからね。善意だろうが、了承も得ずに勝手に軍を送り込むなんて宣戦布告と一緒なんだよ」


「うぅ……」


 アデルはぐうの音も出ず唸る。


「まずは情報収集と連絡、交渉だね。うちとしても対価もなく援軍出している場合じゃないし。でも何度も言ってるけど国内を安定させることが大前提だよ」


「……はい」


 ラーゲンハルトの前でアデルは叱られた子供のように小さくなっていた。


「さきほど話しに出た救命騎士団ですが、死体の調査の報告が来ております」


 フォスターが手に持った報告書を持ち上げる。


「救命騎士団……カイバリーに現れたというラーベル教会の兵か」


 エルフのメルディナが眉をひそめる。


「ええ。強いうえになかなか死ななくて大変でした」


 アデルが戦いを振り返りながら言った。


「魔法文明は人外の兵を操り戦っていたというが……」


 メルディナは首を傾げ呟いた。


「聞いたことはあるな。果たして人外かどうかは報告を聞けばわかるだろう」


 イルアーナが視線を送ると、フォスターは小さく頷いた。


「冒険者ギルドからの報告によれば、救命騎士団は間違いなく人間だったそうです。ただし異常に筋肉が発達しているのが確認されました。それ以上のことは死体が焼け焦げていてわからなかったということです。他の死体も同様でした」


 フォスターが報告書を読み上げる。


「ポチに死体を見てもらえば、もっと何かわかったかもしれないですね」


 アデルが残念そうに呟いた。数日もすれば死体は腐り始めてしまううえに、カザラス軍が攻めてきておりそれどころではなかったのだ。


「アデル君の考えでは、救命騎士団は人間の死体を生き返らせて魔法で操っていたものってことだけど、それは正しいのかな?」


 ラーゲンハルトが疑問を口にする。


「う~ん……人を生き返らせるのはものすごい魔力が必要って聞きましたけど、どうなんでしょう?」


 アデルはイルアーナに視線を送る。


「その通りだ。死者の魂を呼び出すために異世界への門を開かねばならぬらしい。だが救命騎士団は人間を生き返らせているわけではない。肉の塊を魔法で動かしているだけだ。死体の修復は回復魔法で、動かすのはゴーレムの魔法を使えば出来るはずだ」


 イルアーナが説明した。確かにアデルもイルアーナが死体を操っている場面を見たことがあった。


「ふ~ん。だけど魔法に詳しくない人からすれば死者が蘇ってるように見えるよね? 教会はそれを利用しないのかな。死んだ人を蘇らせられるなんて聞いたら、みんなもっと教会を信じそうだけど」


「そうすると生き返らせてくれって人が殺到しちゃうんじゃないですか?」


 首をひねるラーゲンハルトにアデルが言う。


「それに先ほど言った通り、蘇るわけではなくただの操り人形だ。そんなものはすぐにバレてしまうだろう」


「そっかぁ。なんかうまく使えそうなんだけどなぁ……」


 イルアーナが言うとラーゲンハルトは残念そうに呟いた。


「今後の予定ですが、取り急ぎ我々が旧ヴィーケン領を統一し、アデル様がその統治者となったことを国民に周知する必要があります。また元ヴィーケン王国の臣下たちがエリオット王の葬儀の開催を求めておりますが、いかがいたしましょう」


 アデルたちの話が一段落したのを見て、フォスターが今後の予定を尋ねる。


「ああ、そうですね。王様の葬儀はカイバリーで執り行い、その後ミドルンで統一を祝うお祭りでもしましょうか。この前お祭りをしたばかりですけど」


 アデルがウキウキしながら言う。アデルはお祭りの人混みは苦手だが、楽しげな雰囲気と屋台の料理は好きだった。


「アデルの暗殺をしようとした男の葬儀を国でしてやるというのか?」


 イルアーナはエリオットの葬儀に不満をあらわにした。


「まあまあ。旧ヴィーケン側の人々をスムーズに取り込むためにも、彼らの忠誠心の区切りとしてちゃんと葬儀をしてあげるってのは重要だと思うよ」


 ラーゲンハルトが苦笑いを浮かべてイルアーナを宥めた。


「今回はクーデター側の貴族たちは処刑されましたが、その遺族は残っております。ヴィーケン王国に所属していた貴族を含め、どういった処遇をされますかな?」


 経済を担当するヨーゼフが発言する。


「あー……めんどくさいので財産半分没収ってことにしたいですけど……」


「役に立ってないのがほとんどとはいえ、一応ヴィーケン王国側の貴族は最後にはこちらに恭順したわけだよね。クーデター側と扱いが一緒ってなると納得しないだろうね」


 アデルの言葉にラーゲンハルトが肩をすくめた。


「クーデターした方たちも北部連合貴族より扱いが悪くなるのはおかしいって言うかもしれませんし、何より処刑されちゃってますからね……その件は一応キャベルナさんを注意しないと……」


 アデルが気が重そうに言う。占領後のカイバリーを任されたキャベルナは、降伏したクーデター側の貴族たちを勝手に処刑していた。兄であるエリオットが殺されたことやカイバリーが戦場になったことに対する怒りもあり、情状酌量の余地はあるもののお咎めなしという訳にはいかないだろう。


「ずっと敵対していたわけですから、アデル様がそこまでお気遣いなさることもないかと思いますが……ただアデル様が彼らの納得を得たいというのであれば、ヴィーケン王国側の貴族たちの処分は多少優遇するという案はいかがでしょう。その分、得られる金額は減りますが……」


「そうですね。それで行きましょう」


 ヨーゼフの提案をアデルは即座に受け入れた。


「まあ一番面倒なのはヴィーケン王国側の貴族の受け入れだよね。問答無用でただの平民になってくれるわけでもないだろうし。能力が高ければいいんだけど……」


 ラーゲンハルトがそう呟きながら、頭の後ろで手を組み天井を見上げる。幸か不幸か、有力貴族の多くは北部連合やクーデター側に参加しており、残っているのはエリオット王への忠誠を貫いた少数の有力貴族と下級の騎士たちだ。


「そこはアデル次第だな。アデルが見れば、一つくらい長所が見つかるかもしれん」


「が、がんばります……」


 イルアーナに期待され、アデルは小声でつぶやいた。

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