第307話 クーデター(ミドルン カイバリー)
「ケンタウルスもなかなかやるな。我々が援護するまでもなかったか」
ウルフェンを走らせながらダークエルフたちを指揮するジェランが呟く。
「アデルさんの考えた装備が力を発揮しましたね」
ジェランの補佐を務めるダークエルフ、エイダが横を走りながら言った。
「状況に応じて武装を切り替えて戦う……よくもまあそんなことが思いつくものだ」
ジェランは感心と呆れとが混じった表情であった。
ケンタウルス族は攻撃時には騎兵に、防衛時には歩兵に劣るという、戦闘面において使いづらい種族という評価を下されていた。また鍛冶師として優秀であることから、ダルフェニア軍においてはあまり戦力としては扱われていなかった。
だがアデルは日本のロボットアニメを参考に、ケンタウルスに様々な装備を持たせることで弱点を補うことを考えた。ケンタウルスは力が強く、しかも背中には広々としたスペースがある。そのうえ鍛冶の腕で自らが各種装備を使いやすいように調整する事もできるのだ。
クロスボウに投げやり、盾に剣、斧、変わったところでは投げ網など、相手や状況に合わせ戦えるように多数の装備が作られた。ケンタウルスの背中には「ウェポンラック」と名づけられた鞍のようなものが載せられている。各装備を簡単に収納、取り出しができるよう工夫されていた。
「さて……我々も祭りの邪魔をした無粋な乱入者を懲らしめるとしよう」
ジェランの目の前には横を向いたヴィーケンクーデター軍の騎兵たちが見える。ケンタウルスたちが戦っている間に、ダークエルフたちは側面に回り込んでいたのだ。
「かかれ!」
ジェランの号令でダークエルフたちが矢を放つ。すでに崩壊が始まっていた騎兵たちはさらなる攻撃に大混乱に陥っていた。
「なんだ、横からも攻撃が!?」
「急げ! 退路を断たれるぞ!」
騎兵たちがもみくちゃになりながら逃げようとする。統制が失われたことでそれぞれがバラバラに動いており、逃げようにも味方が邪魔で逃げれない状況の兵も多かった。
「ええい、この役立たずが!」
騎兵を指揮していたフリップが逃げようとしていた騎兵を切り捨てる。周囲にいた兵が小さく悲鳴を上げたが、それでももはやフリップの命令を聞く者はいなかった。
(このまま逃げ帰るわけにはいかぬ……!)
フリップは憎悪の瞳でダルフェニア軍を睨みつけた。
「よく聞け、化け物の軍!」
フリップは剣を頭上に掲げ、大声で叫ぶ。
「わたしがこの軍を指揮する総大将、”疾風”のフリップだ! どんなやつが化け物を率いているのか知らんが、度胸や名誉を持ち合わせているなら俺と勝負しろ!」
すでにフリップの前にはほとんど騎兵たちは残っていなかった。名乗りをあげるフリップをケンタウルスたちは怪訝な表情で見つめる。
「どうした! そんな不気味ななりをしているのに怖気づい……」
フリップが大声で話している途中。何か白いものが視界を覆った瞬間、フリップはガツンッという衝撃とともに馬から落ちた。そしてすぐに背中から地面に叩きつけられ、衝撃が再びフリップを襲う。
(なんだ!?)
フリップは声を出そうとしたができなかった。代わりにゴボリと口から血があふれ出る。見ると槍の柄が体から突き出ていた。そして傍らにはフリップを赤い瞳で見下ろす白い美女が立っている。
「おしゃべり中、失礼しました」
その美女――ヴィクトリアが槍を引き抜く。大量の血が傷口から溢れ出した。
「み……見事だ……このわたしを……」
フリップはどうにか声を振り絞る。
「すみません、忙しいので失礼します」
しかしヴィクトリアはなにやらしゃべろうとするフリップを無視し、次なる標的を探していた。
「なっ……!?」
フリップは愕然とする。将であり、名門貴族でもある自分を打ち取ったなら喜び、誇りに思うべき。フリップはそう考えていた。しかしヴィクトリアはまるで一般兵を倒しただけのように平然と次の標的を探している。
ヴィクトリアは一騎打ちを名乗り出た敵将としてフリップを倒したわけではない。まだダルフェニア軍に立ち向かう戦意のありそうな相手を倒しに来ただけだったのだ。
(道理のわからぬ野蛮な連中め……!)
フリップは屈辱と怒りの中で息絶えた。
そしてヴィーケンクーデター軍の騎兵たちは半数ほどの犠牲を出し、敗走したのであった。
時は少し戻る。王都カイバリーの城をヨーギル率いるクーデター軍が占拠していた。城の構造をよく知る相手からの突然の攻撃に、王城はなすすべもなく陥落。謁見の間ではエリオット王とそれに従う貴族たちが捕らえられていた。
「まったく……あなたには失望しましたよ、エリオット王。いや、元王と言うべきですかな?」
縄で縛られて座らされているエリオットたちを前に、ヨーギルは余裕の笑みを浮かべて立った。
「こんなことをしてどうするつもりだ、ヨーギルよ。もともと少ない兵力をさらに減らしてしまってはダルフェニア軍を止められぬぞ」
エリオットはヨーギルを睨みつける。
「だから降伏するというのですか? 冗談ではない。カザラス帝国ならまだしも、平民や化け物に仕えるなど我慢できません」
ヨーギルは笑って見せた。実際、そういった理由でヨーギルに与した貴族たちは多い。
「愚か者め。滅亡する国で王も平民もないだろう」
「ご心配は無用です。私には心強い賛同者がおりますからな」
ヨーギルは横に目をやる。そこにはラーベル教の神官衣を着た中年の男が立っていた。その男はカイバリーにあるラーベル教会の司祭、アイナハーであった。
「カザラス帝国に屈したか……」
エリオットはため息とともに呟いた。
「戯言はもういい。それよりも王冠はどこへやった?」
アイナハーがエリオットを冷たく見下ろす。囚われの身とはいえ元王であるエリオットに対して微塵の敬意も見せないアイナハーに、周囲の貴族たちはギョッとした。
「なぜそんなものを欲する? どうせカザラスに吸収されてこの国はなくなるのだ。王位の証である王冠など要らぬだろう。それともラーベル教会は金に困っているのか?」
「黙れ!」
アイナハーがエリオットの腹を蹴る。
「ぐはっ!」
エリオットは体をくの字に折り曲げ、苦し気にうめいていた。
「お、おい……」
思わずヨーギルがアイナハーを制止する。
「もう一度聞く。王冠はどこだ?」
そう尋ねるアイナハーをエリオットは倒れたまま睨みつけた。
「……もうここにはないぞ。ダルフェニアへ送ったキャベルナに託した」
「なんだと……!?」
アイナハーは眉間にしわを寄せると、腹いせにもう一度エリオットの腹を蹴った。
「ア、アイナハー殿!?」
ヨーギルが額に汗を浮かべてアイナハーを見る。
「ヨーギル殿、なんとしてもダルフェニアを倒していただきますぞ!」
アイナハーは憤怒の表情でそう言うと、部屋を退出した。その背中を見送るヨーギルの心には、自分の選択が間違いだったのではないかという疑念が沸き上がっていた。
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