第304話 導き(ミドルン)
「はぁ……大変でしたわ……このような重労働を強いられるなんて……」
人間の姿に戻ったレイコがテラスに降り立つ。聴衆からはまだ歓声が鳴りやんでいなかった。
「お疲れさまでした」
アデルは笑顔でレイコを迎える。予想以上の聴衆の反応に、アデルは胸をなでおろしていた。
「いやー、金……レイコだっけ? 相変わらず派手でケバいね」
一緒に見ていた地竜王が笑う。腕にはアースドラゴンの子供を抱いていた。いつも話の途中でも寝てしまう地竜王だが、お祭りの興奮が伝わっているのか、起きて祭りの様子を見ていた。
「……お言葉に気を付けてくださいね」
「ああ、ごめんごめん」
レイコが地竜王を睨みつけると、地竜王は笑顔のまま謝った。
小さくため息をつくと、レイコはアデルへと向き直る。
「この疲労を回復するためにも、しばらくは唐揚げ三昧ですわね」
「あはは……まあ頑張ります」
アデルは苦笑いを浮かべる。すでに新しく併合した領土内からは家畜や鶏をできるだけソリッド州へ送ってもらえるよう手配はしていた。
「アデル様、大変っす!」
そこに慌てた様子で、ミドルンの守備隊長であるヒューイが駆け込んでくる。
「どうしました?」
アデルはキョトンとして尋ねる。
「南からヴィーケン軍と思われる騎馬部隊が迫っているっす! 数は二百ほど!」
「ええっ!?」
報告を聞き、アデルは驚く。まさか騎馬部隊だけで突っ込んでくるとは思っていなかったからだ。
「まずいな……戦闘が始まったら群衆が混乱して大変なことになるかもしれない」
ジェランが呟く。ジェランはギディアムが黒き森に帰郷した後、ダークエルフの指揮を執ることになっていた。
「フォスター、祭りの会場に手の空いている人員を配置して」
「承知しました」
ラーゲンハルトの指示にフォスターが頷く。
「ちなみにレイコさんは手伝ってもらえたり……」
アデルはレイコのいた方を向くが、すでにレイコの姿はなかった。騒動を無視してすでに部屋へと戻ってしまったようだ。
「……とにかく僕も南門へ向かいます。皆さんも戦闘の準備を!」
アデルはテラスを出て走り出した。
その少し前……
夜の闇を馬に乗った鎧姿の一団が駆け抜ける。その影は十体ほど。しかしそのすぐ後ろを二百ほどの同じような影が追っている。月明りにぼんやりと照らされただけの道を、その影たちは全力で走っていた。
「ハァ……ハァ……このままでは追いつかれます」
前を行く一団の一人が荒い息をつきながら言う。
「諦めるな! とにかく進むのだ! ミドルンはもう、そう遠くないはずだ!」
前の一団を指揮する初老の男……ヴィーケン軍総帥キャベルナが檄を飛ばした。
前を行く一団は神竜王国ダルフェニアへの使者であるキャベルナとその護衛の一団だった。カイバリーを出発した時は五十騎ほどいた彼らであったが、奇襲を受けその数を減らしていた。
長い距離を走ってきたこともあり、彼らの疲労はピークに達している。馬も荒い息を吐いていた。なおかつ暗い夜道を先行して走る彼らの方が、後ろをついてくる追手よりも危険だ。最高速度で走っているつもりでもどうしても速度は鈍くなる。
「絶対に逃がすな! 奴らはもう限界だぞ!」
追手の一人が勝利を確信した様子で叫ぶ。
その時だった。
「な、なんだあれは!?」
全員が自身の置かれている状況を忘れ、茫然と
「レイコ様……!?」
キャベルナが茫然と呟く。そしてレイコが大きく息を吸うのが見えた。
「いかん、顔を伏せろ!」
いち早く事態を察したキャベルナが部下に指示を出す。
次の瞬間、頭上を光の奔流が通過した。
「うわぁっ!」
あちらこちらから悲鳴が上がる。暗闇の中にいた追手たちはその眩さに目を傷めた。さらに熱風が吹き、馬も暴れだして追手たちは大混乱となった。
キャベルナの指示で顔を下に向けていた部下たちは無事であったが、馬は追手たち同様に暴れている。
「いまのうちに追手を突き放すぞ!」
しかし乗り手が無事であったキャベルナたちはすぐに馬をなだめ、ミドルンに向かって走り出す。一方、追手たちは状況を理解できずに混乱したままであった。
「くそっ、目が見えない! 何が起きたんだ!」
「あのドラゴンの仕業か!?」
追手の中にはキャベルナのように金竜王と対峙した経験のある者はいなかった。それが混乱から立ち直るまでの時間の差となった。
またそれまで月明りを頼りに走っていたキャベルナたちであったが、ミドルンの上空を悠々と旋回するレイコが放つ光が道を浮かび上がらせていた。
(これはまさしく……新竜様のお導きだ……!)
キャベルナは感動しながらミドルンへと馬を走らせるのであった。
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