第278話 落ち着き(カイバリー セルフォード)


 陥落から十日ほどが過ぎ、セルフォードの町もだいぶ落ち着きを見せてきた。神竜王国ダルフェニアによる北部連合制圧の知らせは多少の誇張を交えながら、冒険者ギルドによって広められた。奇襲の方法など軍事上の機密は伏せられたが、ガーディナ総督のカークスが降伏しようとしたことやセルフォードの野戦など、おおまかな流れはそのまま伝えられている。


「バ、バカなっ!? 北部連合が壊滅だと? 何かの間違いではないのか!?」


 ヴィーケン王国カイバリー城ではヴィーケン王国宰相のブルーノが驚きの声を上げていた。


「普通に攻めればカナン、ヨーク、セルフォードと三都市を攻略せねばならぬ。どうやったのかはわからぬが、ヨークを攻略することでカークスを孤立させ降伏に追い込む。見事な手法だ」


 王弟であるヴィーケン軍総帥のキャベルナが笑みを浮かべた。キャベルナはミドルンを訪れてから、神竜王国ダルフェニアに好意的な意見が目立っていた。


「笑っている場合ではない! 三国のバランスが崩れた今、ダルフェニア軍は今度はこちらに向かってくるぞ!」


 ダルム州の州都ジベルを治める公爵、ヨーギルが慌てる。ヨーギルはエリオット王とは親戚であり、キャベルナに次ぐ王位継承準を持っている。


「確かに……だが騒いだところで戦力がどこぞから湧き出るわけもない。やれることがあるとすればほかの防御を捨て、全ての兵を守りの堅いカイバリーに集中させることくらいだが……」


「そ、それでは私の治めるジベルはどうなる!?」


 キャベルナの話にヨーギルが語気を荒げる。


「いかがいたしますか? 王よ」


 キャベルナが玉座に座るエリオットを見る。エリオットは報告を聞いてからずっと沈黙を保ったまま思案していた。


「ふむ……若くして見事な軍略……まさにカザラス皇帝の再来といったところか」


 エリオット王が独り言のように呟く。


「カザラス皇帝の再来、ですか? カザラス皇帝とは面識はありませんが、アデルはとてもそんな大それた人物には見えませんでした」


 エリオットの呟きを聞いたキャベルナが言う。


「ほう、それではどんな人物に見えた?」


 興味深そうにエリオットに聞かれ、キャベルナは戸惑った。


「な、なんと言いますか……とても軍を率いているとは思えぬ、素朴な少年でした。成り行きで大役を引き受けることになってしまったものの、そうでなければ平凡に一生を終えていた人物に思えましたが……」


「なるほどな……」


 キャベルナの話を聞き、エリオットは深くうなずいた。そして目を閉じ、再び考え事を巡らせる。訪れた沈黙に、キャベルナたちは言葉を発していいのか迷い、戸惑っていた。


 しかしそれほど長く待つこともなく、エリオットが目を開けた。そして厳かに命令を下す。


「ほ、本気ですか、エリオット王!?」


 その命令にキャベルナたちは言葉を失った。






 夏が過ぎ、旧ヴィーケン王国領内にはもうすぐ収穫の季節が訪れる。繁忙期の前に戦いに区切りがついたことを神竜王国ダルフェニア領内の農民たちは喜んでいた。


 しかし農夫たちは長期間、徴収兵として働かされていた。アデルは収穫が終わるまで旧セルフォード兵、カナン兵に農家の手伝いをさせることにしたが、畑の手入れなどが行き届いていないため今年の収穫は数割の減少が見込まれている。


 それでも略奪行為などが行われなかったため、戦争が行われたにしては神竜王国ダルフェニア内の損害は少なかった。これにはアデルらが略奪を禁止したことや、ダークエルフやオークなど統制がとれた部隊が多かったことも理由としてあげられる。


 それでも生活が困窮する農家は、国が農地を買い上げることとなった。神竜王国ダルフェニアが所有する農地では今後はポチの知識を利用し、畑の作物を次々と入れ替えて育てる効率の良い輪作が行われることになっている。作物の偏りや需要と供給のバランスが崩れないように管理する必要があるため、国が運用する農地が多くあった方が都合がよかった。畑を売った農家は国の管理する農地で労働者として働き、お金が貯まれば畑を買い戻すこともできる。


 また各村と町を結ぶ駅馬車網が計画され、物と人の流通が容易に行えるシステム作りが予定されている。辺鄙な村にはまともな道が通っていないところもあり、作業には兵士たちが当たる。すでに慣れている古参のダルフェニア軍の兵士たちとは違い、新たに加入した兵士たちは農作業や土木作業の手伝いをさせられることに戸惑っていたが、いまのところは素直に従っている。


 状況が落ち着いたことによりセルフォードとカナンにおいて、それぞれが所属する州の村長、町長たちを集めた村長会議の日程も正式に定められた。同時に両都市において戦勝記念の祭りの開催も計画された。異種族との交流を兼ね、ニンフの歌と男ハーピーの踊りによるショーの開催が予定されている。エントやムラビットも招かれる手はずだ。彼らは道作りにおいて木の移動や岩場の開拓にもあたってもらうことになっている。


 そしてショーの最大のゲストはワイバーンやアースドラゴンだ。北部連合との戦いにおいてドラゴンたちは用いられていない。ハイミルトの葬儀でドラゴンを見たソリッド州の住民はともかく、ソルトリッチ州やガーディナ州の住民にはその存在を疑問視する者もいた。存在を信じていたとしても、実際にその迫力を目にするのとしないのとでは大違いだ。


「はぁ~、楽しみですね」


 セルフォード城の一室で、アデルは戦後処理に疲れ、ぐったりとしつつも笑みを浮かべていた。戦争のことを考えるよりも祭りのことを考える方が楽しいようだ。


(やれやれ、戦争が終わってまず考えるのが「祭り」のことなんてね)


 ラーゲンハルトがそんなアデルを見て苦笑いを浮かべる。普通、占領された町では治安が落ち着くまで厳戒態勢が敷かれる。反乱を起こす恐れがある住民を徹底的に排除し、その後にイベントが開かれるとしても国の威信を知らしめるためのイベントだ。敗軍の王族や将の斬首がショーのメインとなる場合も少なくない。


 しかしアデルは住民の生活を早く日常に戻すことに重きを置いていた。祭りもドラゴンを呼んだりと神竜王国ダルフェニアの軍事力を知らしめる部分もあるが、基本的には戦争に疲れた住民に楽しんでもらうことを目的としている。


(まあ、そういう僕も楽しみだけどね)


 ドラゴンを見て驚愕する住民の姿を思い浮かべ、ラーゲンハルトはニヤニヤが止まらなかった。

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