第225話 サンドイッチ(ミドルン城)

「なんか大変なことになってきたなぁ」


 ウルリッシュ、オレリアンとの密談の後、アデルはミドルン城の廊下を歩いていた。


「あら、アデルさん。ちょうど良かったですわ」


「あれ、レイコさん?」


 そこに金竜王であるレイコが通りかかった。普段部屋から出ることのないレイコが廊下を歩いているのは珍しいことだ。


「アデルさん、最近、唐揚げが夕食に出なくて困っておりますのよ」


 レイコは扇子で口元を覆うと、世の中の不条理を嘆くかのような表情で言った。


「あぁ、それはちょっと食材が……」


 神竜王国ダルフェニアでは雨期が終わり、カエルが手に入りにくくなっていた。他の揚げ物などでレイコが満足しないか試しているが、なかなか結果が出ないでいる。ニワトリは繁殖させるためにもあまり数を減らしたくなかった。


「まぁ、ひどい……わたくし、このままだと唐揚げ欠乏症になってしまいますわ……」


「いや、唐揚げ食べなくても死なないですから……」


 アデルはひきつった顔でレイコに言う。


「アデル様!」


 そこに兵士がアデルに呼びかけながら駆け寄ってきた。


「川から武装した川オークが数匹やって来ております! 何やら騒いでいるのですが、言葉がわからないのでどうすればいいか……」


「川オークが!? わかりました、すぐ行きますので手出しはしないように!」


 アデルが兵士に指示を出す。兵士は敬礼をすると去っていった。


「川オーク……揚げたら美味しそうですわね」


 レイコがボソッと呟く。


(確かに……)


 アデルはフグのような顔をした半魚人、川オークの姿を思い浮かべた。


「だ、駄目ですよ! 意思疎通できる相手を食べるのは禁止です!」


 アデルは頭を振り邪念を払って言った。


「でもデスドラゴンさんは人間を食べてましたわ」


「あれは……もう亡くなっていましたし、状況的に仕方なかったですし……」


 デスドラゴンはガルツ要塞にあった大量のカザラス兵死の死体を吸収している。その死体を埋めるのは多大な量力が必要であり、埋める前に腐って疫病をまき散らしたり、危険な魔物を呼び寄せる可能性もあったため、デスドラゴンが吸収してくれたのは神竜王国ダルフェニアとしてはありがたい状況でもあった。


「じゃあもし戦いになったら相手を倒して食べてもいいですの?」


「わざと戦いに持ち込んじゃダメですからね! とにかくポチかピーコを呼んできます」


「わたくしも一緒に行きますわ」


 レイコが外に出ることなど滅多にない。それだけ唐揚げ欲が強いのだろう。


 アデルはポチとピーコの部屋の扉をノックする。


「はーい、どうしたの?」


 扉を開けてポチが出てきた。ポチも用がないときは部屋でごろごろしているか、厨房に行ってキャベツやリンゴの芯をもらってシャリシャリしている。ちなみにデスドラゴンは日当たりの良いテラスのひとつにテントを張って寝泊まりしている。陽が出ているときはずっと日光浴をしていた。


「川オークが訪ねてきてるらしくて、通訳して欲しいんだけど……」


「わかった」


「ピーコは?」


「クッキー」


「あ、そう」


 アデルとポチが会話していると、レイコが部屋の中を覗いた。


「あれはなんですの?」


 レイコの視線の先にはチェストの上に置かれた「ケルべこ」があった。ケルべこはロスルーで作られる木彫りの像で、特殊な構造で頭が揺れ動くのが特徴だ。ポチとピーコ、それぞれのケルべこが向かい合わせに置かれ、会話でもするように首がゆらゆらと揺れている。


「あれはケルべこと言って……まあオモチャですね」


(竜王もああいう動くものを見ると、猫みたいに狩猟本能が働くんだろうか……)


 説明しながらアデルはふと思った。


「ふぅん、面白いものですのね」


「せっかくですから、神竜を象ったやつを作りましょうか」


 不思議な魅力があるケルべこが意外と人気だったことを思い出し、アデルはそれの神竜バージョンを作れば売れるのではないかと考えた。


「あら、またわたくしの崇拝者が増えてしまいますわ……」


 レイコは眉をへの字に曲げて言ったが、扇子で隠した口元は笑っていた。


「と、とにかく急がないと。言葉が通じないせいで戦い始めちゃったりしたら大変です」


 アデルは二人を促すと走り出そうとした。


「わかりましたわ」


 するとレイコがアデルに抱きついてきた。ふたつのプリン山がアデルの体に遠慮なく押し付けられる。


「うわぁ!? な、なんですか!?」


「あら? 急ぐときはこうするのでしょう?」


「は、はぁっ!?」


 アデルは顔を真っ赤にしながら必死に頭を巡らせる。


(あれか! 前にレイコさんに朝食を食べさせるために厨房へ連れて行った時か!)


 アデルは以前、レイコをお姫様抱っこしたときのことを思い出した。


「ずるい」


 アデルの背後でポチがそう言うと、今度は後ろからポチが抱きついてきた。未成熟なポチの小プリンをアデルは背中に感じた。


「な、なに!? 今度はなに!?」


「おんぶ」


 レイコを抱っこするなら自分もおんぶしろということらしい。


(仕方ない……これはズボラな竜王を連れて行くための不可抗力……決して四プリンを味わうためではない!)


 アデルはにやけそうになる顔をどうにか引き締めた。


「しっかり捕まっていてくださいね!」


 そしてアデルは前にレイコ、背中にポチを抱えたまま走り出した。その様子を見た兵士たちはこう思ったという。きっと天国とはああいう場所なのだろうと。

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