第211話 連鎖(オリム ラングール セルフォード)
夏の青空を割り、ワイバーンたちの雄姿が空を埋め尽くす。十匹もの巨大なワイバーンが空を覆う光景にオリムの町の人々は息を飲んだ。ワイバーンは胸に吊り下げられたカーゴが傾かないように慎重に着地する。カーゴからアデルたちが降りると、待ち受けていたダルフェニア軍の兵士たちから歓声が上がった。
「お帰り。成功したみたいだね」
ラーゲンハルトが笑顔でアデルに歩み寄る。すでにアデルたちの表情から作戦成功を確信していた。
「はい。バッチリです」
アデルも笑顔を返した。
「プーにゃーん!」
「ふぐぉぅっ!」
その傍らではプニャタがデスドラゴンのタックルのような猛烈抱擁を受け倒れていた。高所が怖いプニャタは「アデル様のお留守は死んでもこのプニャタがお守りします!」と留守番に回っていた。
今回の作戦における戦果はダルフェニア軍の二年分以上の保存食、それに予定にはなかったがデスドラゴンが医務室まで吸収していたため、大量の医療道具や薬が手に入っていた。もっともダルフェニア軍ではダークエルフやポチが治癒魔法を使えるため、薬類や使わなそうな医療道具は一般の診療所へと回されることになった。保存食も消費する前に悪くなってしまいそうなものが半分ほどあり、それは民間に放出される。当然それだけ物価が下がることになり、高値で売ろうと貯め込んでいた食料を国に適正価格で買い取られた商人たちは、むしろ救われた形になった。
デスドラゴンの傍らに黒い球体が浮かんでいる。どうやらそれが異空間へと繋がっているようで、その球体から小麦粉が入った袋や干し肉がドバドバと溢れ出していた。それを兵士たちがせっせと馬車へと載せ運んでいく。
「戦闘には使えなそうだけど、便利な能力だよね」
そんなデスドラゴンを見ながらラーゲンハルトが呟いた。
「まあ使い方によっては意外とヤバそうな能力ですね」
アデルがラーゲンハルトの横で相槌を打つ。
「おっ、また何か悪だくみしてるの? 楽しみだなぁ」
「や、やめてくださいよ!」
からかうラーゲンハルトにアデルは苦笑いを浮かべた。
「オルソン提督が戦死!?」
神竜王国ダルフェニアからラングール共和国へと帰還した”金色”のイルヴァは、交易船からの荷下ろしを見守りながらその報告を聞いた。マチルダ海峡での敗北はラングール共和国内を大きく揺るがしている。カザラス帝国が海を越えてくるわけがないと楽観的に過ごしていた市民も、いまでは不安そうな顔をしている者が多かった。
「はい。シャーリンゲル公爵の地位は長男のロアルド様が継承するそうです。それよりも深刻なのは成体のジラークが二体も失われたことかと……」
イルヴァの部下である「海の乙女」のリーダー、エラニアが言いながら眉をひそめた。
ジラークはラングール共和国では「海神」と敬われるほど貴重で強力な存在だ。ラングール共和国が飼いならしているジラークはニ十体ほどいるが、半分は年老いた個体や子供の個体であり、成体のジラークは十体しかいない。そのうち五体が海軍に割り当てられており、三体が交易をしているセラマルク家に、残り二体は本国で活動する陸軍の輸送に使われている。今回、海軍で二体が失われたということは、海軍力の半分ほどが失われたと言っても良い。
「緊急会議が開かれ、六公爵家が招集されて協議中のようです」
ラングール共和国は貴族共和制を採用している。元々は一つの王家であったが、王位継承を争い内戦の危機があり、それを避けるために六公爵家が設立され、国内の重要事項をそれぞれが担うという形で平和的に解決された。公爵家はそれぞれ行政、司法、海軍、陸軍、祭事、そして交易と各分野を取り仕切り、他の公爵家の担当する分野に口を出すのはご法度とされていた。国家の方針や立法に関しては貴族たちを集めた大会議にて決定されるが、そこでは六公爵家の意向が強く反映される。
「大敗したシャーリンゲル家は大きく力を失うでしょうね」
「はい。いままでシャーリンゲル家を支持していた貴族たちは、会議よりもその後のおしゃべりに熱心なようです」
イルヴァの言葉にエラニアが答える。
「エイリク様も動いてらっしゃるの?」
エイリクはイルヴァの夫ではあるが、イルヴァは敬語を使っていた。
「いえ、どうやらその辺は無頓着でいらっしゃるようで……」
「急いでパーティーを手配して。カーン産のワインと、珍しい『雲の焼き菓子』があると興味を引きなさい」
「はっ!」
イルヴァの指示を受け、エラニアは去っていった。雲の焼き菓子とは神竜王国ダルフェニアのお土産で、メレンゲを大量に用いた「風竜王クッキー」であった。この世界ではメレンゲは一般的ではなく、アデルの提案で作られたこのクッキーの軽い食感は食べた者を驚かせた。
「この混乱……うまく立ち回れば利用できるかもしれない……」
イルヴァは険しい表情の中に、微かな笑みを浮かべた。
一方、戦地から遠く離れたセルフォード。警備任務しかない金獅子傭兵団の宿舎では、多くの傭兵が穏やかな顔で談笑をしていた。その屈強な男たちの間を縫うように、一人の男が宿舎の奥へと進んで行く。それは塩商人のマーヴィーであった。マーヴィーは宿舎の一番奥の部屋へと辿り着くと、その扉をノックする。
「どうぞ」
中から老人の声が聞こえる。マーヴィーは扉を開け、部屋の中へと入って行った。
「おお、これはマーヴィー殿」
部屋の奥、窓を背にして一人の老人が椅子に腰かけていた。柔和な表情をしているが、その体は服の上からでもわかるほど鍛え上げられている。その老人は金獅子傭兵団の前団長、オコーネルであった。
「オコーネル殿。例の件……考えていただけましたかな?」
「ふむ……あの大それた計画ですか……」
マーヴィーの言葉を聞き、老人は髭をいじりながら窓の外に目を向ける。
「レネン様では荷が重い……そうおっしゃるのですかな?」
オコーネルがマーヴィーに尋ねる。レネンとはレネン・コーバック。セルフォードを治める領主であり、北部連合の統率者の一人だ。
「……レネン様の領主としてのお力に疑問を抱いているわけではありません。しかし今、求められるのは軍事の才。いつ神竜王国ダルフェニアが攻勢に転じるかわからぬ以上、事前に手は打っておくべきでしょう」
「それでこの老体に上に立てと……」
「はい。オコーネル殿であれば能力も実績もあり、文句を言える者はおらぬでしょう。すでにこの国の多くの有力者の協力も取り付けております」
「ほう、それはそれは……大変なことになりそうですな」
オコーネルの目が鋭く光る。すると部屋の扉が乱暴に開け放たれ、武装した数人の北部連合兵が踏み込んできた。
「なっ!?」
驚き目を見開くマーヴィーとは対照的に、オコーネルは兵士の乱入を知っていたかのように冷静だった。
「オコーネル殿、これはいったい!?」
兵士に取り押さえられながらマーヴィーが叫ぶ。
「やれやれ。お分かりになっていらっしゃいませんな、マーヴィー殿。わしは平穏で安定した生活を望んでいるのですよ。クーデターをしたいのであれば、他を頼るのでしたな」
「……おのれ、クソじじいが!」
マーヴィーは鬼の形相でオコーネルを睨む。しかし取り囲む北部連合兵に成す術もなく、縄で拘束されて連れ出されていった。
「おい、親父! いまのは……!?」
入れ替わるようにオコーネルの息子であり、金獅子傭兵団の団長であるアルバートが入ってきた。その顔は信じられないといった表情をしている。
「おお、アルバートか。気にするな、謀反者を一人、差し出しただけじゃ」
「謀反者って……俺たちの雇い主じゃないか!」
「心配ない。レネン様は今よりも好条件で我らを雇ってくださると言っている。我らは今まで通り仕事をしていれば良い」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇだろ! ダルフェニアが攻めてくるかもしれねぇんだぞ!」
「背後にカザラス帝国がおるのに、ガーディナ州を突破してここまで攻めてくると? そんな戦力があるわけなかろう」
「ふ、普通に考えればそうだけどよ……」
アルバートは唇を噛み締め俯く。アルバートは実際にダルフェニア軍を見ている。ゴブリンにオーク、ケンタウルスにドラゴン……アルバートにはダルフェニア軍とどう戦えばよいか、まったく想像もつかなかった。
塩商人マーヴィーの謀反。その知らせはすぐさま州外にまで伝わっていった。塩田をはじめとするマーヴィーの財産はレネンに没収され、謀反に協力したという容疑で数人の貴族が処刑された。多くの財産を手に入れ、不穏分子も排除できたレネンはさらに大きな力を得たのであった。
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