第207話 決断(カルマルクト ミドルン城)


 第二征伐軍駐屯本部――フォルゼナッハの屋敷には美女メイドの嬌声が響き渡っていた。フォルゼナッハがラングール共和国に海戦で勝利し帰還してから三日。フォルゼナッハはほぼ寝室から出ることなく、快楽を享受していた。


 コンコン……


 フォルゼナッハの寝室の扉がノックされる。


「いったいなんだ」


 フォルゼナッハは憮然とした表情で行為を中止した。お楽しみ中は緊急事態でない限り邪魔をしてはならないとフォルゼナッハは部下に伝えている。


「フォルゼナッハ様、大変です!」


 部下が扉をノックしながら叫ぶ。


「どうした、騒がしい」


 フォルゼナッハは顔をしかめて、メイドに寝室の扉を開けるよう指示する。一瞬、中の光景にギョッとしながらも部下が報告した。


「そ、それが……ダグラムが攻撃を受けたと……」


「なんだと? ラングール軍が港を攻撃したのか?」


「いえ、それが……港と反対側の前線本部が襲われ、食糧庫が失われました」


「なっ……!? ど、どういうことだ!?」


 フォルゼナッハの怒号が屋敷に響き渡り、裸のメイドたちが体を震わせた。






 その数日前、アデルはジョアンナ、プニャタを連れ立ってデスドラゴンの元に向かっていた。デスドラゴンはテラスで日差しを浴びながらスヤスヤ寝ていた。食事からエネルギーが取れているため光合成の必要はないのだが、単純に日光浴が好きなようだ。


「デスちゃん」


 ジョアンナがデスドラゴンに話しかける。アデルとプニャタは若干距離を置いて不安そうな表情をしていた。


「ん……あ、ジョアンナちゃん」


 半目を開けたデスドラゴンがジョアンナを視界に捉え呟く。


「あ、ぷーにゃんと……うげっ、ゲキキモ王じゃん」


 次にアデルたちを視界に捉えたデスドラゴンは顔をしかめた。


「そんな事言わないの。アデル王が聞きたいことがあるそうよ」


 ジョアンナがデスドラゴンをたしなめながらアデルに話を促す。


「はぁ? 何よ」


 デスドラゴンがアデルを冷たい目で睨みつけた。


「あ、あの……デスドラゴンさんて、吸収したものを取り出したりとかもできたりしますか……?」


「できるけど、それが何?」


 恐る恐る尋ねるアデルをデスドラゴンが冷たくあしらう。


「で、でしたらまたご協力をお願いしたいことがありまして……」


「はぁっ? この前、働いたばっかじゃん!」


 デスドラゴンが不機嫌をあらわにした。働いたと言っても、ミドルン城の近くでドラゴンの姿のまま日光浴していただけなのだが。


「デスちゃん、お願い。私たちみんなの食べ物のためなのよ」


 ジョアンナがアデルに助太刀する。


「え~、そうなのぉ?」


 デスドラゴンはしばらく渋っていたが、ジョアンナとプニャタを見つめるとため息をついた。


「仕方ないわね。やむにやもえずヤンニョムコカトリス」


 よくはわからないが、デスドラゴンはアデルへの協力を了承した様子であった。






「というわけでデスドラゴンさんの協力を得られたので、食料を手に入れたらデスドラゴンさんに吸収してもらって運び、後で出してもらえることになりました」


「よくそんな方法思いついたねぇ」


 場所は再び会議室。主だった面々の前で話したアデルにラーゲンハルトが笑みを浮かべた。


「いやほら、異次元にアイテムを出し入れするってよくある話じゃないですか。だからデスドラゴンさんの能力でも似たようなことができないかと……」


「……そんな話、聞いたことないけど」


 アデルの言葉にラーゲンハルトが首をひねる。


「その能力を使えば兵士も好きなだけ輸送できるのではないか?」


 イルアーナがそう口にした。


「いや、生きてる動物は吸収できないそうなんですよ」


「そうなのか……あれを敵に使ったらすごいことになると思っていたのだがな」


 イルアーナが残念そうに言う。


「でも装備とか剥がせるだけでも強いんじゃない?」


「いや、生き物の周囲の空間は生命力がデスドラゴンさんの闇のブレスに干渉しちゃってダメらしいんですよ。よくはわからないですけど」


 ラーゲンハルトの言葉もアデルは否定した。


「そうなんだ。意外と使いどころが限られるね。それでも今回みたいに使えるなら、充分有用だけど」


 ラーゲンハルトは思案顔になった。


「まあいいや。じゃあ兵士を送るのはどうするの?」


「それはやっぱりワイバーンになるかと」


 ラーゲンハルトの問いにアデルが答える。ワイバーンと聞いてプニャタの顔色が青ざめた。


「ちょうど合流したばかりのマピョンさんたちがいい物を持ってきてくれたんですよ」


「あぁ、確かプニャタさんたちと違って職人タイプのオークたちだっけ?」


 アデルたちの元には先日、北部連合軍を撃破したマピョンら黒き森のオーク・ゴブリンたちも合流していた。そして以前、ワイバーン用の巨大な荷物籠を試作してもらっていたのだが、さらに改良を重ねた物を一緒に持ってきていた。


 その籠は馬車よりも大きく、木と鉄で作られた檻のようなものだ。イノキという強度と柔軟性を兼ね備えた木材で作られている。イノキはエルフの里でも大事な家具や家を作るときに用いられており、「原木があれば何でもできる」と言われている。


「そうです。この『カーゴ』を使って空から兵を運ぼうかと」


 


 そしてしばらく、実際にワイバーンも用いた空挺訓練が行われたある日……


「アデル君、冒険者ギルドから教えてもらったんだけど、ラングールの方で結構大きな動きがあったんだって」


 イルアーナと食事をしていたアデルの元にラーゲンハルトがやってきた。


「ラングールで?」


 炒めたアスパラガスをシャリシャリと食べていたアデルが聞き返す。ラーゲンハルトはアデルたちにマチルダ海峡で起きた海戦の概要を話した。


「そうか。だが遠く離れた場所での海戦など、我らもどうしようもないであろう」


 アデルはラーゲンハルトが話している間に食べ終わっているが、食べるのが遅いイルアーナはまだ半分以上、皿の上に料理が残っていた。


「そう。海戦はどうでもいいんだ。注目すべきは、カザラス軍が橋を架けるのにほぼ全軍を割いていて、食糧庫がある前線基地の警備が薄いってこと」


 ラーゲンハルトがイルアーナの皿からアスパラガスを一本取り、口に咥える。


「まさか……」


 イルアーナが唖然とする。


「やりましょう。ラングール共和国の援護もかねて、第二征伐軍の食糧庫を襲います」


 即断するアデルに、ラーゲンハルトがニヤリと笑った。

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