第51話 剣者

 その夜、一行は焚火を囲んで夕食の準備をしていた。イーノス商隊員の一人が大鍋でスープを作っている。他はそれぞれが思い思いに焚火の周りで時間をつぶしていた。


 ピーコはスープの大鍋に捕まえたバッタを入れようとしてイルアーナに止められていた。ポチはアデルにもたれかかってぼーっとしていた。何も考えていないような顔をしているが、本当に何も考えていなかった。


「いやぁ、いいねぇ。子供がいると、のどかでさ」


 アデルの隣に”片目”のリューディガーがやってきて座った。アデルに酒が入ったカップを渡そうとするが、アデルは酒が飲めないので断る。リューディガーは意外そうな顔をしたが、自分が飲める量が増えたので嬉しそうに笑った。


「デルガードだっけ? 女と子供二人をあんた一人で守るなんて、なかなかの腕なんだな」


「いや、そんなこと……」


 アデルは答えを濁した。自分がある程度強いことはわかったが、自信を持っているわけではなかった。


「俺も金稼いだら尻のデカイ女と結婚して、牧場でも持ちたいと思ってんだ。今回の依頼は報酬も良いみたいだし、そろそろ引退しようかと思ってね」


 リューディガーはカップの中の酒を回しながら、しみじみと呟いた。


「あの……あまりそういうことは言わないほうが……」


「ん? なんでだ?」


「えっと……僕の故郷に『死亡フラグ』という言葉がありまして、『これが終わったらこうしよう』とか言うと不吉なことが……」


「なんだそりゃ? 心配いらんだろ。お前この護衛のメンバーをあんまり知らないみたいだな」


「そ、そうですね。あんまり……」


「剣技大会で優勝した”白銀”のヒルデガルド様に、その剣の師匠である帝国一の兵法家(ひょうほうか)の”剣者”ルトガー様、その弟子のヴィレム様にこの俺、”片目”のリューディガーと俺の相棒”黒槍”ロス。他の商隊員だって荒事には慣れてる男たちだ。倍の数の盗賊が襲って来たって勝てるメンバーさ」


「へぇー、そうなんですね」


 アデルが見たところでは、”黒槍”ロスは武力六十程度、他の商隊員は五十前後。普通の盗賊相手なら確かに十分相手にできる能力値だ。


「だからあんたも気楽にな。まあ、そう言う俺も流石に皇女様がいると思うと緊張しちまうがな。ははは」


 リューディガーは豪快に笑うと、アデルの背中をバンバンと叩き、立ち上がって商隊員の輪へ戻っていった。




「……というメンバーらしいです」


 アデルは夕食を食べながらイルアーナにリューディガーから聞いた護衛メンバーの話をした。


「”剣者”ルトガーか。剣の腕だけではなく、政治や軍略にも精通していて帝国の創生期を支えた英雄として名高い」


 イルアーナがスープを冷ましながらアデルに尋ねる。食べるのが遅いだけでなく猫舌らしい。


「へぇ……それはまた有名人だったんですね……」


 アデルはヒルデガルドたちの方に目をやった。一応、毒見としてエマが先に食べていたが、アデルたち同様に商隊員の作った食事を一緒に食べている。とても皇女が食べる食事とは思えない。


「ヒルデガルドさんのことも、もっと詳しく教えてもらえますか?」


「なんだ、気になるのか?」


 イルアーナが少し不機嫌に言う。


「い、いや、そういうわけでもあるんですけど……」


「……あるのか」


 イルアーナはため息をついた。


「帝国の宮廷は第一妃派、第二妃派が占めている。ヒルデガルドは第三妃の娘だ。ヒルデガルドの母親は豪商の娘、つまり平民だ。あの容姿から婚約の申し込みは殺到しているらしいが、あの娘は武人としての道を歩むと言って断っていると聞いている。ヴィーケンもそうだが、カザラスも基本的には男社会だ。能力主義を謳うカザラスでも、なかなか女が武人となるのは難しい。皇女とは言っても、宮廷内では爪弾きになっているのかもしれんな」


「それで商隊なんかで移動を?」


「まあ、帝国からしてみればそこまでの要人ではないし、ヴィーケンからしてもわざわざ狙う相手ではないということで、警備を割いていないのかもしれんな」


「でもラーゲンハルトさんが『かなり高い確率で襲撃される』って言ってたのが気がかりなんですよね。精鋭の兵士も護衛に付けようとしていましたし……」


「『兄弟だから心配しただけ』ということも考えられるが、どうだろうな。何か思い当たることがあるのかもしれん」


 アデルとイルアーナは色々考えてみたが、これという結論にはたどり着かなかった。


「そこの君」


 アデルがイルアーナと話していると横から声がかかった。声の主は”剣者”ルトガーだった。


「え? は、はい!」


 相手が帝国の英雄と知り、アデルはすぐ立ち上がった。


「君も剣士なのだろう? ヒルデガルド様たちと一緒に素振りをせんかね?」


「へ?」


 アデルは言われた意味が分からず呆気にとられる。見るとヒルデガルドたちが立ち上がってアデルを見ている。どうやらアデルが来るのを待っているようだ。


「ほら、早くこっちへ来い」


「いや……は、はい」


 ルトガーに手招きされ断ることもできず、アデルはヒルデガルドたちの所へ歩いて行った。ヴィレムは好意的な笑顔で迎えてくれたが、ヒルデガルドは冷たく無表情で、エマに至っては睨むような眼でアデルを迎えた。


「よ、よろしくお願いします……」


 明らかな場違い感にアデルは小さい声で言った。


「では構え!」


 ルトガーの大きな号令がビリッと空気を震わせる。老齢ながらも武人としての威容が声に宿っていた。ヒルデガルドたちが剣を抜いて構えたので、アデルもそれに倣う。


「始め!」


「「「いちっ!」」」


「い、いち!」


 ヒルデガルドたちがピッタリのタイミングで数を数えながら剣を振る。アデルも慌てて後に続く。


「……」


 奇妙な沈黙が辺りを包んだ。みながアデルを見ている。


「あっ……何か違いました……?」


 気まずくなり、恐る恐るアデルはルトガーに尋ねた。


「……握り方が違うな。それにもっと脇をしめろ」


 ルトガーがアデルの剣の使い方を修正する。そしてその後も素振りの特訓は続けられた。ヒルデガルドたちは百回ほどで終わりとなったが、ルトガーの指導の下、アデルは夜が更けるまで素振りを続けさせられるのであった。

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