第123話 クロエさんの新人教育
「ルイ、今日の昼はそれほど忙しくないんだったよね?」
「んー。まぁーな。もともと帝都所属じゃないしな」
「それなら、今日の仕事は終わりよ。この子たちと遊ぶと決めたわ」
「いや、クロエはだめだろ。仕事あるだろ?」
「いいの。昼からは新人教育だからね」
いや、よくないだろー。と部外者の俺がツッコムのもおかしいのでしないが。
昼から休みをもらいますとかいって休めるものなのか?
もしかして王宮は超ホワイト企業?
昼からは暇だし、早上がりも許されるような会社なのか?
いや、まてよ。
これはまったくの逆パターンか。
忘れていたが、クロエさんは宮廷魔法士第三席。普通の職場なら幹部クラスの社員なのか。
その幹部クラスが、昼から休むわと言っても、誰も怒る人はおそらくいない。
わざわざ皇帝が口をだすことなどありえないだろうし。
これが営業スタイルの店なら、上の人が抜け、その穴を下が補う。
下から見れば、自由気ままにシフトを変更してくる嫌な上司がいる会社。
うん。超ブラック企業だ。
結局下の人間が、上の人間がやらなかった仕事をするか、できなければ、そのできるところまでをサポートする。
「うん。ソラ君にはポーカーフェイスはムリそうね。なにか思っているようだけど、新人に回復魔法を教える前の試験をするだけだったのよ。試験はできないけど、子供でもあるまいし、私がいなくても、回復魔法の勉強ぐらいできるわ。そもそも試験に合格しないと教えないつもりだったし」
試験か。結局ティナはなかったもんな。これに関してはルイに感謝だ。
「でも、クロエさんに教えて欲しい人がいるんでしょ?いかなくちゃ可哀そうじゃない?」
「んー。そうね。さすがに学校卒業したての子たちだからね。あ、いい事思いついたわ。ソラ、あなたが試験官してみる?私もこの子たちと遊びたい。ほら、winwinだよ」
「……」
頭を高速回転させ、クロエさんの言葉を理解していくが。
どこがwinwinだ?俺にはデメリットしかないんだが。
そもそも試験管をやるとして、試験内容は?回復魔法とか言われても無理だぞ?
「ソラ、先生するの?」
「にゃ?」
「わふ?」
「きゅ?」
ん?どうして君たちはそんなに目をキラキラさせているのかな?
別に先生なんて口だけで、そんなにいいものでないだろ?
「そうよー。ソラ先生が試験をするの」
すっと、クロエさんが横から攻撃を入れてくる。
「かっこいいっ。ソラ先生」
「やります」
ティナがクロエさんの方から向き直り、俺にそう告げてくると、不思議と俺の口元が動き、言葉を発していた。
ソラ先生……
脳内に響くそのワードが心地いい。
ティナは不思議と俺の事をお兄ちゃんとも呼ばないし、ソラ以外で呼ばれた記憶がない。
テトモコにあった時はすぐにちゃんづけで呼んでたんだけどな。
なぜか俺には君もさんもなしでソラと呼び捨て。まあ、年もそう離れてないし、そんなものなのかもしれないけど。
だからこそ、ティナのソラ以外の呼び方が新鮮すぎて、嬉しすぎて、思考よりも体が反応してしまった。
「早いわね」
「なぁ?バカだろ?」
「ルイはうるさい。それで、俺はなにしたらいいのかな?」
「んー。魔法は危ないかもしれないから近接試験かしらね」
「ごめん。そもそも試験ってなにするの?」
「戦闘よ。私の好みに合えば合格」
おっと。これはなかなかハードだぞ。新人たちよ。
採点基準もない試験とかほんとくそくらえだよな。
俺が試験を受ける側なら、採点基準を聞いて、帰りたくなるわ。
でも、まあー魔法を誰かに教えてもらおうとするなら、その人との相性も大事だわな。
学校ではないんだし、嫌なら他に行けばいい、そういうスタイルなんだろうな。
それより、近接戦闘か。どうしよう。
学校卒業したての子たちでしょ?間違いなく、武闘大会のノリでいったら死人がでるな。
これはもしかしなくても、素手なのかもしれない。
さすがに怖くて大鎌なんか取り出せない。
「じゃーいきましょう」
そう言いながら、ティナを抱っこし、モコに乗るクロエさん。
俺とルイは流れるようにそのまま進むクロエさんをただ見つめるだけしかできなかった。
「クロエさんてマイペース?」
「そう。あいつは化け物なんだよ。世界の中心はいつでもクロエなんだろうな」
ヒュンっ。
ルイの股の間に石が通り抜けていく。
「ルーイ―?何か言った?」
「なんでもねーよ」
何事もなかったように会話する二人。
いやいや、絶対にクロエさん石投げたでしょ。もしかしたら土魔法かもしれないけど。
普通にちょっとルイが足を動かさなかったら、直撃だぞ?
「なぁ、俺が言ってたことがわかったろ?」
耳打ちで俺にそう伝えてくるルイ。
俺は被害を受けないように頷くだけにしておいた。
うちの子たちと一緒に先を行く、クロエさんを追い、俺とルイも王宮を目指す。
訓練場に進むクロエさんについていくとそこには10人ほどのローブを着た魔法士が整列している。
「あなたたちが私に回復魔法を師事して欲しい人たちね」
「「「はい」」」
「聞いていると思うけど、私は気に入らない者に回復魔法を教えるつもりはないわ。だからこれから試験を行います」
真剣なまなざしでクロエさんの話を聞いている新人たち。
話している内容は真剣そのものなんだが、クロエさんはモコに乗ったまま。
それでもいいのかと思いつつも、まぁーいいんだろう。
「今回あなたたちの試験官を務めるのはこちらのソラ君。試験管としては問題がないぐらい強いから安心して」
「質問いいっすか?」
「いいわよ」
少しチャラそうな男性がクロエさんに質問をしようとしている。
さすがにモコの事は気になるよな。
俺が同じ立場だったら気になりすぎて話に集中できないかもしれない。
「こいつはそんなに強いんですか?ましてや今回はクロエさんに師事してもらうための試験です。試験で本気も出せずに終わってしまったら試験にもならないと思うんすけど」
俺のことを少し見ながら話す男性。
なんだ。俺の事か。まあ、確かに普通に考えるとそのような意見だろうな。
「そうね、本気を出せずに終わるのは悲しいわね。手加減をしてもらわないと。ところであなた、記念祭中は仕事だったのかしら?」
「?いえ、数日休みをもらいましたので、仲間と休日を過ごしていました」
「そう、それなら情報収集不足ね。王宮で働くということは様々な情報が飛び交う中で仕事をすることになる。それも真偽がわからない物を含め。魔法士だからといって、そういうものには興味がないでは済まされない」
クロエさんはすこしきつめに男性に話している。
男性はいきなり怒られたので動揺しているが、まぁー、これは情報収集不足なのは間違いないかもしれない。
王宮で働いていて、武闘大会優勝者のことを認知していないのは問題にあたるのかな?
俺だけだとムズイだろうが、今回はテトモコシロもいるしね。結構ヒントがあるはずなんだが。
怒られている男性は言われてもまだ、俺に気づくことはなさそうだ。
「他の人達も同じような感じかしら」
他の新人に顔を向けるクロエさん。
他の新人は俺のことを知っているみたいで、首を揃えて横に振る。
「では、あなた言ってみなさい」
「はい。えっと。そちらの方は今年の武闘大会優勝者であるソラ・カゲヤマさんです。死神の二つ名でBランク冒険者として活動しています。天使の楽園というパーティ名で従魔と妹さんとパーティ―を組まれています。戦闘スタイルは大鎌による近接、風魔法による支援と中、遠距離攻撃です」
「よろしい。ここまでとは言わないけど、さすがに武闘大会優勝者を知らないのはまずいわね。ただこの情報を知らなかっただけだろうけど、知らないのは罪なのよ。ソラ君が温厚な性格ではなく、プライドが高く、身分も高い貴族だとしましょう。その場合、もしかするとお家騒動になる可能性があるのよ。その可能性を考えてみたことがあなたにはある?」
ここまで言われてようやく男性は顔を青ざめ、冷や汗を流している。
「ここは学校ではないの。単なる学生同士の喧嘩として片付けられることはなく、そのまま家につながる。ちょっとした発言で自分の立場を一瞬にして失う可能性があることを心に刻みなさい。無知とは怖い事なの。ちなみに、ソラ君は皇帝とも仲がいいわよ?」
「申し訳ございませんでした」
クロエさんを冷や汗流しながら見ていた男性はがばっと俺の方を向き、地面に頭が付きそうなほど下げている。
これもクロエさんの新人教育なんだろうけど、俺にそんな敬う必要ないぞ。
ちょっと脅すように皇帝と仲がいいと言っていたが、話したのは武闘大会の会場と面会の時だけだ。あれで仲がいいと言われても困る。
「俺のことは気にしなくていいですよ。そんなに偉くないから。でも訂正するとしたら今日、Aランク冒険者になってきたぞ」
場の雰囲気を和ますためにどや顔でAランクに昇格したことを伝える。
「……」
「あら?そうなの?おめでとう」
「クロエさんたちに会う前に昇格したんだ」
和ますためにいったのに、俺の情報を言った新人の子は顔を青くしている。
はぁー、これだから権力の巣窟は嫌いなんだ。
権力、上の人の事ばかり気にして、仕事を楽しむとかそういう概念がなくなっていそうなんだよな。
クロエさんぐらい呑気に返答すればいいのに。たかが十歳の子供相手だぞ。
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