第76話 恥ずか死の研究
「ソラ次だねー。頑張ってっ」
「うん。頑張るよ」
本戦の一回戦も次々と終わっていき、本日、八試合目の時間が迫ってきている。
ジルドさん以降の試合に知り合いは出ていないので、少し面白味にかけたが、様々な武器を使用した戦闘は見ていて勉強になった。
特に斧持ちとの戦闘は難しそうだ。俺は大鎌だから関係ないが、剣や槍などの武器だと真正面からの打ち合いはきつい。どうしても力負けしてしまうから、立ち回り、速さ重視じゃないと一方的に相手のターンが続きそうだ。
そう考えると、使い手が少ない大鎌も、相手からしたらやっかいな武器なのだろうな。
特に、俺の大鎌の切れ味と重さは一級品だ。そこらへんの武器なら手ごたえさえ感じず切断できるからな。
基本的に回避か剣でいなすぐらいしか対処法がない。
正直、手数を増やされると大鎌だけで処理するのはめんどくさいので、それが有効なのだろうが、結局風魔法で対処するかならな。
俺の弱点ってなんなんだろう。
こういう武闘大会で誰か俺におしえてくれないかな……
ちなみに、俺が注目している氷魔法使いの女性ネネも一回戦目を勝ち進んでいた。
あまり表情を変えない青髪の女性で立ち回り重視の遠距離型なのだろう。
魔法の手数、スピードも優れているが、一番厄介なのは氷魔法の寒さなのかもしれない。
体力低下もあると思うが、後半、対戦相手の動きが明らかに遅くなっていた。
まあ、対戦相手がThe近接型の男性だったので、距離をとるネネになにもできず、あっけなく試合が終わってしまったが。
近接主体で戦闘するなら、近づく手段を持ち合わせてないと話にならないのだと勉強になったし、改めて風魔法のありがたみがわかった。
移動補助に遠距離攻撃。俺の戦い方にふさわしい魔法だな。
「ティナたちも一緒にいっていいの?」
「うん、本戦からは良いらしいよ。念のためモコの上で見ていてな」
「うんっ」
「にゃー」
「わふ」
「きゅう」
楽しみですと表情をにこやかにした合体型うちの子たちモコ号を連れ、ステージのある場所を目指していく。
「じゃー、ここで見ててよ。大丈夫だと思うけどシロは結界でティナを守っていてね」
「きゅうきゅう」
「がんばってー」
しっぽを振るうちの子たちに見送られ、ステージへと上がる。
「待たせたな」
「ガキが口の利き方を教えてやろうか?」
赤い髪をリーゼントのようにまとめた男性が睨みながらも言ってくる。
柄が悪い男だ。
正直、こいつがどのように予選を勝ち上がったのかは、注目してなかったから記憶にない。
まあ、記憶にないってことは見る価値がなかったっていうことなんだろうけど、本戦に出れているので、相応の実力はあるのだろう。
「本日の最終試合、死神の二つ名を持つBランク冒険者ソラと裏の世界で知らない者はいないギラン組若頭、カーク・ギランの対決です。ソラ君はお気に入りなので応援していますよー」
呑気に手を振るメロディーさんだが、それは俺に対する嫌がらせなのか?
観客の声援が野太い声での罵倒に代わってしまうではないか。
「ほー。ガキ。メロディーちゃんのお気に入りなのか」
「そうなのかな?子供だから応援しているだけじゃない?」
ほら、赤髪リーゼントのカークも反応を示しているじゃないか。
まだ戦闘は始まっていないが、カークはおもむろに俺に近づいてくる。
「ガキ、この試合俺に譲れ。大切な嬢ちゃん、従魔と仲良く暮らしたいなら、ギラン組にたてつくな」
近づいてきたカークは会場に聞こえないように小声で話しかけてくる。
なんだこの小者感。こんなチンピラみたいなやつまだ生きてたんだな。
日本では絶滅危惧種だろうに、この世界ではまだ……
とりあえず、こういうバカは煽るのが一番楽しい。
「すごいなー。恥ずかしくないの?こんな十歳の子供に勝利を譲ってくださいだって?断れば俺の大切な家族を傷付ける?ギラン組がどんなものか知らないけど、結構汚いことするんだね。大人って恥ずかしいー」
「なっ、てめー。何言っていやがる」
「えー?あんたが言っていたんだよ?俺には勝てないから勝ちを譲ってくださいって。でも武闘大会だからね。力がない人が勝つのはダメでしょ?そういうの嫌いだから観客の人に教えてあげようかなって。皆さん汚いことする人はこの人ですよー」
俺は会場中に聞こえるように、大声で話す。
観客たちのヘイトはメロディーさんのせいで俺に向いていたが、声が届き、カークのヘイトへと変わる。
会場から怒号のような声が一斉に聞こえ始める。
今さっきまでの遊びのような罵倒の声ではなく、本気で怒っている声も聞こえる。
客観的に見たら十歳の子を脅す柄の悪いチンピラだからね。あまりにも見栄えが悪すぎる。
「カークさん。武闘大会でそういう行為は禁止事項に当たりますよ。本当の事なら即退場ですが、いかがですか?」
メロディーさんはいつもの甘い声で話しかけているが、節々にとげのようなものを感じる。
どうやら少し怒っているみたいだ。
「違う。俺はそんなことをしていない。このガキが勝手に言い始めたんだ」
「そうですか、それならもう言いませんが再度近づいて声をかけている場面を見たら退場とします」
「ああ、それでいい。ふざけたガキだ」
そう言い捨てるとカークは俺から離れ距離をとる。
顔を髪色のように真っ赤にして睨みつけているので、そうとう頭にきているようだ。
こういうやつは怒らせると面白いからな。もっとボロが出ると思ったんだけどね。
そこはさすがの若頭ってか?ちゃんとメロディーさんと受け答えしていた。
「ゼンさんはどのような試合展開になると思いますか?」
「そうだな。あまりこういうことは言いたくないが、ソラの圧勝だろうな。それに会場の雰囲気もソラが作り出したものだ。会場全体がソラムードになっている」
「確かに、自然とソラ君を応援してしまいましたね。カークさんもこの逆境を打ち返してください。では、そろそろ時間なので本日、最終試合を始めます。準備はいいですか?」
ゼンさんの解説は少し的を得ていない。
別に狙ってこの雰囲気にしたつもりはない。ただ、うちの子たちに手を出すと言ったんだ、殺してやりたいぐらいに怒っているのは変わりないが。
でも、さすがに守護結界を壊して本当に殺してしまうと問題になるだろうな。
さて、どう料理しようか……
「いいぜ」
「うん」
「では、よーい。始め」
カークは怒りまくって頭が回っていないのか、ナイフを両手に持ち走ってくる。
んー。遅いな。
何通りもの殺し方を考える余裕がありそうだ。
とりあえず、大鎌を取り出して構えてみる。
「なにっ」
影収納から出てきた大鎌を見て、足を止めるカーク。
もっと情報収集しときなよな。俺が風魔法だけなわけないだろ。
魔法使いだとふんで、即接近戦に持ち込もうとしたのなら大間違いだ。
「俺は風と大鎌使いだよ。そのナイフだと関係なく切り裂けるよ」
「ならっ」
持っているナイフを俺に投げてくるが、そんなもの止まって見える。
大鎌の背で打ち払い、そのまま風魔法の補助でスピードを上げ、カークの足元を大鎌で削る。
刃がついていない方での攻撃なので切り裂くことはないが、そのまま地面に倒れこむカークの首元に大鎌の刃を当てる。
「一回目」
そして、距離を取り、横たわっているカークが動き出すのを待つ。
「てめー、何がしたい?」
「ん?どうすれば人間は恥ずか死するのかって考えたことない?今はその研究中だよ?」
俺は笑顔でそう答え、空いている左手で立つのを促す。
「ほらほら、早く立ってよ。極力ケガさせないように倒したんだから。あんまり痛みないでしょ?」
「くそが」
カークは立ち上がると、マジックバックから槍を取り出してきた。
「俺はもとから槍使いだ」
「へー。じゃー、槍を買い替えた方がいいね」
出した傍から、大鎌で槍を綺麗に半分にしてあげた。綺麗な断面を見せて、矛先がある方の半分が地面へと落ちる、
うんうん、大事な武器をそんな無造作に俺に向けたらダメだよ。
死神は刈り取るのがお仕事なんだから。
「なぁっ」
「ほい、次行くよ」
半分になった槍を手に持ち、放心しているカークの後ろに回り大鎌を首にあてる。
「はい、二回目」
再度距離を取り、カークの意識が戻るのを待つ。
「三回目、四回目、五回目」
何回も首に大鎌をあてられているカークはまだまだ元気だ。
当てるたびに、俺への文句を言ってくる。
恥ずか死はどのぐらいでなるのかな?
ここからは根気勝負だ。研究は時には地味な単純作業をこなさないといけない。いや、単純作業がほとんどなのかもしれないが。
研究者は大変なのだよ。まあ、今は楽しみながら首に大鎌を当てているんだけどね。
それから数分間、戦闘という名の公開処刑が続けられている。
「二十一回目……」
カークはだんだん俺の動きに反応すら見せなくなってきた。
数回前から、ブツブツ小声で何か言っているようだが、何を言っているのかはわからない。
「俺の負けだ」
「ん?」
「俺の負けだ。もうやめてくれ」
声が聞こえたと思ったら、地面に膝をつけ俺に懇願してくる。
「降参するの?試合前はあんなにいきがってたのに?恥ずかしくない?どう?死にそう?研究結果をまとめたいから感想を聞きたいんだけど」
「降参だ」
会場に響き渡る声で、カークは降参を告げる。
「そこまで。この試合の勝者はソラ・カゲヤマです」
メロディーさんの終了宣言がされる。
なんだ、こんぐらいで人間は精神が折れるのか。なんかどっかの組の若頭って言っていたからもっと精神力があるのかと思ったよ。
「ねー、感想は?どうだった?何回目で心が折れた?」
「……すみませんでした。もうやめてください」
地面に膝をついたまま、頭を下げて謝ってくるカーク。
でた、日本流謝罪。The土下座。この世界にきた日本人が広めたのかな?
でも、別に謝罪が欲しいんじゃないんだけどな……
そういえば終了宣言をされたのに、会場は静かなままだ。
観客席を見ると、みんな目を点にして俺を見て、口を開けている。
んー。どした?感想は聞けなかったけど、有意義な研究の時間だったはずだけど……
あー、あれか。カークが不甲斐なくて数分間何もできずに降参したからかな?
観客は血気盛んな試合展開を期待していたんだろうな。
けど、これは俺にはどうしようもできないな。
カークが弱すぎたんだ。でも、さすがにこれだけ静かだと、すこし申し訳なさもでてくるが。
「「「おおおおーーーー」」」
「死神―」
「死神っ、死神っ、死神っ……」
面白くない展開にしてしまって反省していると、突然会場中から声があがる。
なぜか始まる死神コール。
「移動スピード、風魔法による移動補助、体さばき、大鎌使い。どれをとっても一級品だ。皆には見えにくかったかもしれないが、一回一回首の皮一枚切ってから離れておる。ソラはBランクの実力をはるかに超えておるの。ほんとに面白い男だ。武人として血がたぎってくる試合だった。ぜひ戦ってみたいものだ」
突然始まった死神コールに戸惑っていると、解説のゼンさんが話し出した。
めちゃくちゃ評価されているが、ゼンさんとは戦いません。
怪獣大戦争みたいな跡地が出来上がりそうです。
それにしても、解説している場所から、首の皮一枚切っているのが見えるのか……どんな視力してんだか。
でも、何回か踏み込みすぎて、首の皮をすこし切りすぎたのはばれていないみたいだ。
褒めてくれているみたいだし、どうせならミスしたなんて思われたくない。
会場中が俺のコールになっているので、大鎌を上に掲げ、声援にこたえてみる。
「ソラ―」
声援にこたえていると、モコに乗ってステージ上に上がってきたティナが、モコの上から俺に飛び込んでくる。
空いている左腕を使い、ティナを抱きとめる。
あー。幸せが左腕に詰まっている。
「にゃー」
「わふー」
「きゅうー」
モコも小さいサイズになり、三匹揃って、俺に飛び込んでくる。
「ま、まて。手がふさがっている」
そんなこと知らないと、そのまま黒と白のもふもふが飛び込んでくる。
ティナに衝撃がこないように、風魔法を使用し、ゆっくりと後ろの地面にそのまま倒れこむ。
「もうー。危ないだろ。ティナがケガしたらどうするんだ」
「にゃにゃ」
「そりゃー、俺がケガさせるわけないけどさ。万が一があるだろ?」
「わふわふ」
僕たちもいるからありえないと。
そこらへんのやつが言っているのなら、自信過剰だと怒るのだが、テトモコシロなら本当に大丈夫そうだからな。
「ソラカッコよかった。シュッて消えてた」
ティナには消えているように見えたのか。
んー。喜んでいるが、ティナに勇姿がちゃんと見えていないのは問題だ。
これは緊急案件だな。ティナに見えるスピードで戦うことを意識しなければ……
「ありがとう。みんなが楽しめたならよかった。今度も頑張るよ」
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