第61話 帝都のダンジョン事情

「今日はなにするっ?」

「きゅ?」


 朝食を食べ終わった後、ティナとシロから質問される。これは毎日のルーティーンだ。

 いつもはこれといった用事がないことが多く、帝都観光やラキシエール伯爵家の屋敷でまったりと過ごすことが多い。

 ただ、今日は違う。


「ダンジョンにいこっか」

「ダンジョンッ!」

「にゃー」

「わふー」

「きゅー」


 ダンジョンという単語を聞き、うちの子たちは大騒ぎだ。

 ベットの上でぴょんぴょんと跳ねている。


 ダンジョンに行くことにしたのはいくつか理由があるが。

 主な理由はテトモコシロの運動不足解消だ。帝都に来てから思いっきり体を動かしていないし、ストレスが溜まっているかもしれないからね。

 ただ、運動だけなら、帝都の外にある草原にでも行けばいいのだが、ラキシエール伯爵家の馬車を使わない今、あの恐ろしい長蛇の列に並ばないといけない。

 考えるだけでも気がなえる。


 サバスさんに相談すると、冒険者であれば、帝都の依頼受注書を持っているとすんなりと通行を許可されるらしい。

 確かにそうしないと、帝都に冒険者が居座らない気がする。

 一回出るたびに二時間ぐらい外で待たされたら、仕事なんてできやしない。

 

 ここでこう考えるのは心が腐っているのかもしれないが、冒険者なら密輸し放題じゃね?

 荷物検査なく、受注書を見せるだけで通行できるんだ。

 地球だとドラッグや重火器、その他もろもろ運ぶことができる。悪人大歓喜の抜け穴だ。


 まあ、この世界はマジックバックみたいなものがあるし、収納スキル持ちもいる。 

 すべてを取り締まることはそもそも不可能なのかもしれない。

 いちいち、マジックバックや収納スキルの中身を確認するとしたら、門の警備の騎士はたまったもんじゃない。

 それに転移、透明、隠蔽などのスキルがあるとしたら、もはやお手上げだ。


 そんな悪人の行動のことはひとまず置いておいて。

 俺たちも冒険者ギルドで依頼を受注し、外に出ようと決めたのだが、やはり外に出るなら俺も戦闘をこなしたい。

 それで、手っ取り早くダンジョンに行くことを決めた。


 サバスさんの話では日帰りで行ける距離にあるダンジョンは二つで、Dランクの迷いの森とBランクの鋼鉄の塔だと。


 迷いの森は帝都の西にあり、草原を歩いた先に森が見えるそうだ。コトサカ草原のように洞窟の中にダンジョンがあると思いきや、普通に地上にあるダンジョンらしい。

 なぜ、普通の森がダンジョンなのかというと、迷いの森の中心に祠があり、そこにコアが存在するからだとか。

 

 ルイからは死の森がダンジョンだとは聞いたことがないが。

 サバスさん曰く、死の森の中心に到達した人がおらず、ダンジョンであることの確認ができていないだけらしい。

 だから冒険者ギルドによるダンジョン認定は降りていない。が、冒険者の界隈ではSランクのダンジョン相当だと考えられている。

 

 まあ、中心には神様の休憩所があるだけだから、おそらくダンジョンではないかな?

 いや、ダンジョンも神様が作りし物だから、死の森もダンジョンと呼べるのかもしれない。

 ただ、探索した限り、コアのようなものは見当たらなかったが……

 

 考えていてもどうせ、他の人は結界の中には入れないし確かめようがないか。




 迷いの森の外縁には比較的弱い魔物が多く、帝都の低ランク冒険者の狩場になっているとのこと。

 死の森同様に中心に行けば行くほど、魔物が強くなり、その数も増える。

 祠に行くまでには上位冒険者パーティーでも5日ほどかかるらしく、帝都のほとんどの冒険者は日帰りか、一泊ほどの探索をしているらしい。


 迷いの森の説明を聞いている時にはすでに決めていたのだが、俺たちが行くのは鋼鉄の塔の方だ。

 死の森で散々森は探索しつくしたし、どうせ行くなら新鮮味が欲しい。

 それに、Dランクのダンジョンだと魔物も弱いだろうし、うちの子たちの運動にすらならないだろう。


 鋼鉄の塔のダンジョンは名前の通り、塔型のダンジョンだ。

 帝都の東側にあり、草原を進めば石でできた塔が見えてくるらしい。塔の入り口には門があり、近くに冒険者ギルドの出張場があるとのこと。


 十階層までは洞窟型のダンジョンらしいが、それ以降は鉱山、火山が存在する山岳フィールドが形成されている。

 もちろん、空気も薄くなり、初めて行く人はその環境に慣れる必要があるそうだ。

 ほんと、ダンジョンは不思議空間すぎだ。


 出てくる魔物の多くは、石や鉱石で体を覆った魔物らしい。

 魔法との相性はわからないが、とにかく物理防御、攻撃力は高そうだ。



「じゃー、行こうか」

「うんっ」


 外行きのシロローブを身に纏い、ティナが元気よく返事をする。

 テトモコシロは三匹そろって、体をぐーっと伸ばし、しっぽが力強く振られている。

 どうやらうちの子たちは戦闘準備万端らしい。


 急かされるように、モコに乗せられ、周りに迷惑をかけないスピードで帝都の街並みを滑走していく。

 道行く人の視線を全力で集めているみたいだが、モコは気にすることなく、人込みをすりぬけている。

 まるで、死の森の木々を避けるかのように、軽やかなステップで人々を交わす。


 宣伝して、知名度を高めていなかったら、魔物の襲撃として騒がせていたかもしれない。


 あっという間に冒険者ギルドにつき、モコの鼻で扉を開け、二階へと駆け上がっていく。


 受付を見ると人はおらず、そのまま受付の前に行く。


「あのー」

「はい?」


 冒険者ギルドの一階からやってきた職員さんに声をかけられる。

 走ってやってきたけどなにかあったか?


「従魔を冒険者ギルド内で走らせるのはやめてください。いきなりこられて、一階にいる冒険者が臨戦態勢をとってしまいました。従魔の暴走と捉えられて攻撃されても文句は言えませんよ」

「すみません」


 職員さんに怒られてしまった。

 モコも反省しているようで、耳もたれ、尻尾がだらーんと下がってしまっている。


「以後気を付けます」

「そうしてください。こんなに可愛い従魔が攻撃される所なんて見たくありませんからね」


 そういうと、職員さんはモコをひと撫でして、一階へと帰っていった。


「くぅーん」

「楽しみでしょうがなかったんだよな?俺の方こそごめん。周りを気にしてなかった」


 俺の体に寄り添い申し訳なさそうな声を出しているモコ。

 これは主である俺も悪い。

 モコがあまりにも楽しそうにかけているのを止めることをしなかった俺の監督不足だ。

 気落ちしているモコの頭を撫でてなぐさめていく。

 テトもぺろぺろと鼻の頭をなめている。


「さっさと依頼を受けてダンジョンに行こう。魔物をズタズタにしていいからな」

「わふわふ。わんわんわふ」


 少しは機嫌がよくなったようだが、魔物をズタズタにするのは拒否されてしまった。

 魔物の素材は大事って、魔物のモコが発する言葉かね。

 君は金にも興味があるのかな?


 モコはぶんぶんと首を振り、ティナを見る。

 あー。ティナの宝物集めね。

 ほんとうちの子たちはできた子だ。世界の中心はティナだそうだ。

 いきなり見つめられたティナは戸惑っていたが、そのままモコに抱き着いた。


 んー。癒しだ。


「あのー、なにか受付に用があったのではないでしょうか?」


 受付にいる女性が、何も言わない俺たちにしびれを切らせて質問してきた。


「ごめんなさい。鋼鉄の塔に行きたいんだけど、なにか依頼はないかな?」

「それでしたら常設依頼の鉱石の採取がありますけど……みなさんには合わないかもしれませんね。えっと……」


 受付嬢はそう言うと、依頼が貼ってある掲示板を見に行った。

 そうか、掲示板を確認すればよかったんだ。

 今まで、ティナの時以外に掲示板なんて見たことがないから失念していたよ。

 それにしても鉱石の採取か、つるはし持ってカンカンすればいいのかな?

 そんなこと冒険者がすると思えないのだが。


「みなさんはどれぐらいの期間探索されるつもりですか?」

「んー。長くて一泊」

「それでしたら洞窟フィールドの依頼ですね。ゴーレムの素材、スケルトンの素材、キュアリーラビットの素材がありますね」

「えーっと、キュアリーラビットとは?」

「全身がキュアライト鉱石になってまして、その鉱石は回復魔道具に使用できるのですが、キュアリーラビットの角の方が希少で上級ポーションの材料ですので価格は高いです」


 全身が鉱石?名前からしてすごく癒し系のもふもふなのかと思って損したよ。

 ただ単に、素材が回復系の物に使用ができるからキュアリーと名付けられたのか。

 正直、もふもふじゃないウサギなんて見たくない。

 俺の中でのウサギ像が壊れてしまうだろ。


「ですが、キュアリーラビットは逃げ足がはやく、隠密に長けていますので素材の回収は難しいと思います」

 

 それならいい。遭遇しづらいのなら必死になって探す必要もない。

 無難にゴーレムとスケルトンかな?


「ゴーレムとスケルトンを倒す方法は?」

「ゴーレムは胸の中心に魔石がありますので、それを壊せば活動を停止します。スケルトンは光魔法があれば浄化してそのまま崩れ落ちるんですが……光魔法使えませんよね?」

「うん。使えない場合は?」

「逃げることをおすすめします。鋼鉄の塔にいるスケルトンはコンゴ―スケルトンでして骨を鉱石でコーテイングした体をしています。まず剣や槍では傷すらつきません」


 俺の中でのスケルトン像が壊れる音がする。

 鋼鉄の塔にいる魔物はとりあえず、すべて鉱石を身に纏っているということでいいかな?

 俺の大鎌がどれだけ通用するかわからないが、試し切りさせてもらおう。


「ちなみにだけど、スケルトンと戦うならどうすればいい?」

「頭をつぶしてください。そうすれば魔石ごとつぶせるので活動が停止します」


 頭に魔石があるタイプの魔物もいるのか、今まで倒してきた魔物はすべて心臓付近にあったんだけどな。

 よく考えれば、骨の体だから肉がなく、魔石が収まる場所がないのかもしれない。


「じゃー、ゴーレムのだけ受けるよ。他は見つけたら討伐しておく」

「わかりました。それではサインをお願いします」


 ソラ・カゲヤマっと。ちゃんと天使の楽園名義なのでティナの依頼でもあるようだ。

 ティナは俺の横でモコの上に乗り、受注書にサインしている。

 うんうん。さらっとカゲヤマと書けるようになったな。 

 これで俺たちは家族同然。

 

 そんな些細な幸せを噛みしめながら、モコに乗って冒険者ギルドを颯爽と後にする。


「だから、ギルドで走らせないでください」

「ごめんなさーーーーーい」

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