第九話 黒木 智也(26)の場合

「じゃあ、黒木。取材がんばって。魔法使いのカッコいいところ、しっかりアピールしてきてよね!」


 桃瀬さんのキラッキラなアイドルウィンクに黒木くんは無言でうなずくだけ。

 でも――。


「……」


「はい、青柳さん。がんばってきます」


 青柳さんに背中をぽんと叩かれると背筋を伸ばしてうなずいた。唇を引き結んで真剣な表情だ。そんな黒木くんを見て桃瀬さんと、事情を知っているのだろう赤間さんたちは肩をすくめて苦笑いした。

 魔法使い、魔法使い見習いも人間同士。いろいろとあるらしい。


「じゃあね、記者さん!」


「……」


「赤間さん、緑川さん、失礼しまっす!」


 アイドルユニットみたいな桃瀬さんと青柳さん、親近感しか覚えないフツメンな黄倉くんの背中を見送りながら思う。

 そういえば青柳さんの声、一回も聞かなかったなぁ。


 まぁ、それはさておいて――。


 トレーニングルームにやってきたのは黒木くんに取材をするためだ。ランニングマシンやフィットネスバイク、チェストプレスマシン――スポーツジムかと思うほど立派なマシンがずらりと並ぶトレーニングルームを見学するために来たわけじゃない。

 写真はしっかり撮らせてもらったけど、見学するために来たわけじゃない。


 コホンと咳払いをして俺は黒木くんに向き直った。


「それじゃあ、早速。黒木さんはどうして魔法使い……じゃなかった、魔法使い見習いになろうと思ったんですか?」


 取材させてもらえる魔法使い全員に聞くことにした質問を最初にしてみる。黒木くんは眉間に皺を寄せてうつむくと、


「……た、から」


 ぼそりとつぶやいた。え? と聞き返すと黒木くんは顔をあげて、今度はハッキリ、キッパリと答えた。


「両親を妖精に殺されて、児童養護施設に入ったから」


「両親を……殺された……」


「十年前、俺が中学生のとき。俺の目の前で」


 黒木くんは相変わらずの無表情で言った。でも、太ももの横で握りしめた拳が小刻みに震えている。


 妖精と戦うということは死と隣り合わせだ。命懸けだ。

 命を懸けるくらいだからそれなりの理由があって魔法使いになったんだろうと思ってた。魔法使いを目指したんだろうと思ってた。その理由の中にこういう理由もあるだろうと思ってた。

 思ってたけど――。


「……っ」


 目の前にそういう理由を持った人が現れてみて思い知らされる。思っていただけで、そういう人たちと向き合う覚悟は全然できてなかったって。


「それじゃあ……ご両親のかたきを取るために?」


「そうです」


 黒木くんの短い答えが胸に刺さった。

 でも――。


「……最初は、そうでした」


 そう言い直した黒木くんは頬を緩め、ふ……と柔らかい表情になった。


「俺が世話になった児童養護施設、俺と同じように妖精災害で親や家族を亡くしたやつらが大勢いたんです。俺より小さいやつらばっかりで、そういうやつらが次から次に来て……泣いてる暇なんて全然なかった。泣いてるやつらをあやすのに毎日、必死でした」


 幼稚園児たちによじ登られて仏頂面で立ち尽くす中学生の黒木くんを思い浮かべてみる。なんとなく子供の相手は不得手そうなイメージだ。なんとなーーーく不得手そうなイメージだ。

 でも――。


「親を亡くして、さみしくて泣き止まないやつもいました。でも……妖精が怖くて、怯えて、泣き止まないやつもいたんです」


 襟首をぽりぽりとかく黒木くんの表情は弟や妹たちを心配する過保護なお兄ちゃんそのものだ。


「俺、両親を殺されてからずっと、どうやったら妖精を倒せるか、魔法使いになれるか。そんなことばっかりスマホで調べてたんです。それを偶然、妖精怖がって泣いてたやつに見られちゃって……」


 愛想が悪くても、仏頂面でも、意外といいお兄ちゃんをやっていたのかもしれない。黒木くんの話を聞いて、そんな風に思った。


「そうしたら、そいつ……泣き止んだんです。やっと笑ってくれたんです」


 目を細めて微笑む黒木くんを見て、そんな風に思った。


智兄ともにいが魔法使いになったら絶対に助けに来てくれる。絶対に妖精から守ってくれるって。やっと笑って、やっと物音がしても起きないくらいぐっすり眠れるようになったんです。……そんなん見たら、魔法使いにならないわけにいかないじゃないですか」


 きっと黒木くんの中にある妖精への憎しみも、恐怖も、消えてはいない。噛みしめた唇と小刻みに震える握りしめた拳からそれが透けて見えた。


「正直、ヒーローも魔法使いも嫌いです。大嫌いです。俺やあいつらの前には現れなかった。助けてくれなかったから」


 きっぱりと言い放つ黒木くんに胸がチクリと痛んだ。だけど黒木くんの後ろで、黒木くんの背中を見つめる魔法使いたちが――赤間さんと緑川さんが優しく微笑んでいるのが見えた。

 だから、聞けた。


「それでも……黒木くんは魔法使いになるんですか?」


 真っ直ぐに黒木くんの目を見て聞くことができた。


「俺は魔法使いになろうだなんて思ってない」


 真っ直ぐに俺の目を見て答えてくれる黒木くんから目を逸らさずにいられた。


「あいつらや、あいつらの大事なやつらが妖精に襲われたときに助けられるようになりたい。ただ、それだけなんです」

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