第五話 なんで魔法使いになったんですか?
赤間さんと緑川さんが次に案内してくれたのは白を基調とした休憩室だった。
「取材だなんて緊張するなぁ」
広々とした空間に置かれた木製のテーブルで待っていたのは、白瀧さんや銀さんと同年代だろう男性だった。困り顔で後頭部をポリポリと掻くようすは気は弱いけど優しげなお父さんといった雰囲気だ。
「
「
名刺を受け取った紫村さんは俺を見上げてにこりと微笑んだ。その拍子に目尻に皺ができる。白髪の混じり始めた髪、ニットにジーパンという飾らない格好。でも、
イケメン……と、いうかイケオジだ。優しげでちょっと茶目っ気のあるイケオジだ。
「紫村さんは
「魔法室のお父さんって感じだな!」
緑川さんと赤間さんの説明に俺は思わずコクコクとうなずいた。大納得だ。俺の第一印象同様、ドテマ内でもお父さんポジションと認識されているらしい。
「えー、魔法室のお父さんかぁ。なんだか照れちゃうなぁ」
なんて言いながら照れくさそうに後頭部を掻く紫村さん。
はい、可愛いイケオジー!
……とかって心の声が漏れ出さないように咳払いをして、俺はボイスレコーダーをテーブルの端に置いた。
「それじゃあ、始めさせてもらいますね」
「はい、よろしくお願いします。……上手く答えられるかわからないけど、気兼ねなく聞いてね」
にこりと微笑む紫村さんに俺は頬を緩めた。自分でも気付かないうちに肩に力が入っていたらしい。それが紫村さんのおかげでほぐれた気がした。
「紫村さんはドテ……魔法使いなんですよね? どうして魔法使いになろうと思ったんですか?」
童貞魔法使いな本人たちに向かって通称で蔑称な〝ドテマ〟呼びはNGだ。慌てて誤魔化す俺に気付いてたと思うけど、紫村さんはくすりと苦笑いしただけだった。
て、いうか赤間さんや緑川さんと同じように紫村さんも童貞なんだよな。魔法使いやってるってことは。なんで、このイケオジが童貞で魔法使いなんだ。さっぱりわからん!
なんて思っいると――。
「魔法使いになった理由かぁ。カッコイイことが言えたら良かったんだけど、俺の場合はただの成り行き……かな」
紫村さんがさらりと答えた。
「成り行き、ですか」
「そう、成り行き」
三十才まで童貞を貫いて魔法使いになって、さらに二十年以上も童貞を貫いて魔法使いを続けているのだ。なんかすっごい理由でもあるのかと思ってたのに。
拍子抜けして思わずオウム返しにする俺に紫村さんはコクリとうなずいた。
「直人と信長……白瀧室長と銀博士
「……紫村さんは白瀧さんと銀さんと幼馴染だったんですか」
二人の顔を思い浮かべて俺は思わず乾いた声で笑っていた。方向性は全然違うけど二人ともクセの強いキャラをしている。あの二人と幼馴染なんてなんとも気苦労が耐えなそうだ。
俺が何を考えているか紫村さんも察しがついたらしい。
「そう、あの二人と幼馴染なんだよ。あの白瀧 直人と銀 信長と、ね」
腕組みして深々と頷いた。
「小さい頃からずーっとあんな感じなんだよ、二人とも。天才と奇才って感じ。凡才の俺は振り回されてばっかり。て、いうか現在進行形で振り回されてるからこんな年まで童貞で、魔法使いで、妖精なんて当たれば死にかねないような怖いのと戦う羽目になっちゃってるんだけどね」
「魔法使いの紫村さんでも妖精が怖いんですか?」
「怖いよ」
間髪入れずに答えて紫村さんはすっと目を鋭くした。
「怖いよ。自分が死ぬのも、誰かが死ぬのを見るのも怖い」
幼馴染二人の話をしているときには柔らかな雰囲気で苦笑いを浮かべていた紫村さんが妖精の話になった途端、怖い顔になった。青ざめた顔になった。
その事実に俺は背筋を伸ばした。銀さんの指を食い千切った小さな小さなトカゲ型妖精がふと脳裏をよぎった。
「怖い……けどね。だからと言って、やーめたって魔法使いという立場を投げ出してしまえるほど、これまでの時間は短くも、単純なものでもないんだよ。龍二先輩と約束したこと、託されたものもたくさんあるしね」
そう言って紫村さんは隣のテーブルにいる赤間さんと緑川さんに目配せした。紫村さんの視線に気が付いた赤間さんはニカッと歯を見せて笑った。緑川さんもはにかんだ笑みを見せた。
紫村さんも、赤間さんも、緑川さんも笑顔だ。だけど、どこか影のある笑顔だ。
そういえば――。
「紅野さんって……二十年前の記者会見で魔法使いとして紹介された紅野 龍二さんって……」
今はどうしてるんですか? と、いう言葉は出てこなかった。紫村さんの笑みも、赤間さんの笑顔も、緑川さんの微笑みも、影が濃くなったから。それで察しはついてしまったから。
「死んだよ。妖精との戦いの最中にね」
察しはついていたけど。妖精と戦うということがどれくらい危険なことかわかっていたつもりだったけど。それでも紫村さんの――魔法使いの口からはっきりと聞かされるとショックだった。
妖精との戦いで命を落とした魔法使いがいるという事実が。
二十年前の記者会見で大剣を肩に担ぎ、豪快な笑顔を見せていた紅野 龍二という魔法使いがすでに死んでいたという事実が。
ただ、ショックだった。
「どうして魔法使いになったのか。その答えは成り行きとしか言えない」
うつむいて寂し気に微笑んでいた紫村さんがゆっくりと顔をあげた。
そして――。
「でも、どうして魔法使いを続けているのかの答えは……守らなきゃいけない約束と守らなきゃいけない人たちがいるから、かな」
眉を八の字に下げた困り顔で、だけどこか清々しい微笑みで紫村さんは言ったのだった。
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