011 高校生デートの限界

 お昼休み、今日は晴れてるけど、昨日の雨が酷くて屋上に出られなかった。

 というか、昨日の男子が来れない場所に行かないと、対処法の相談ができない。ということを事前にスマホのメッセで相談した結果、今日は別の場所で昼食を摂ることになった。

「あんた……一個下の学年でも、ちゃんと友達いたのね」

「きっかけ打算だから、今後の進展は未定だけどね」

 ここは留年生の彼女のご友人のクラス。つまり私にとっては、一年上の先輩方の教室だった。

 最初は気後れしたものの、周囲を無視して連行された為に、あっさりと空いた席に着くことに。

 ちなみに席の主はいつも部室で昼食を摂っているのでただいま不在、特に気にせず座っていいらしい。

「ほんと、自分で言い出しといてなんだけど……どうなるのかな? 私達」

「あんたはあんたで、私よりも気にしなきゃならない相手がいるでしょうが」

 思い出させないで欲しい。そりゃたしかに、相談持ちかけたのは私だけどさ……

「……で、メッセだとあんまり詳しく聞けなかったけど。告白されたんだって?」

「何々? 恋愛話こいばな?」

 すると留年生の彼女のご友人も、何故か私達に混ざってきた。

 私の事情、というか顔は他学年にそこまで広まっているわけではないらしく、後輩がこのクラスに来たもの珍しさ以外には、好奇の視線を受けることはなかった。あのバイトグループのメンバーって、このクラスにはいなかったのかな?

「ちなみにこいつ、私の休学に合わせて抜けたけど、あのバイトメンバーの一人ね」

「ああ、この子が……ごめんね。迷惑掛けちゃって」

「あ、いえ……」

 理解が早いのは助かるけど、微妙に軽い。彼女もご友人の謝罪に、若干顔をしかめている。

 まあ、いまさら蒸し返されてもこっちが困るから、別にいいんだけどね。

「ちなみに私もタメでいいから。で、どんな話?」

「とりあえずグイグイ止めろ。あんた接客の時も態度軽すぎて、何度も注意喰らったんでしょうが」

 知り合って十分も経ってないのに、すごくよく分かる。

「えっと、昨日の放課後に……あれ、告白されたのかな?」

「……は?」

「いいから、私にも昨日会ったことを教えて教えて」

 二回言われた……

 とりあえず、彼女にも改めて伝えるのも兼ねて、時系列順に昨日あったことを説明した。

 1、放課後に尾行された。

 2、適当に撒いた。

 3、帰宅途中に遭遇してしまった。

 4、『俺と付き合わないか?』と言われた。

 5、『今度、改めて話そう』的なことを返してさっさと帰った。

 6、現在いまに至る。

「……尾行のくだり、要る?」

「他の友人曰く、そのこと話したら『拗らせた童貞だろ、そいつ』って返されたので、判断材料として一応追加した」

「いや要るでしょう。私も同意見だわ~それ」

 ご友人も覚えがあるのか、凄い納得したみたいに頷いてくる。

「何かというと妙な自信というか、謎の上から目線かましてくるのよね……特に失敗経験のない男子によく見られる兆候だわ」

「というかそれ以前に……」

 すると彼女はお弁当を摘まみつつ、私に聞いてきた。

「なんでそいつ、あんたに『付き合わないか?』なんて言ってきたのよ?」

「…………全然ぜんっぜん、分かんない」

 だから困っているのよね……

 ただでさえ恋愛関係に疎いのに、なんでよく分かりもしない、ほぼ初対面の相手から告白(?)されなきゃいけないのよ。

「何か、打算の匂いがするわね……」

「お、経験者はかたるぐっ!?」

 あ、蹴られた。後、透き通る程シースルーの迷彩柄って、誰得なんだろう?

「あんた、そいつに目を付けられた心当たりないの?」

「う~ん……」

 考えられるのは、公園の友人曰く『いいマンションに住んでる』ところを見られて金持ち認定されたか、それとも留年生の彼女のように『母親が税務署で出世している』ことをどこかで知ったか。

 いや、もしかしたら……

「……屋上での会話、聞かれた?」

「あんたの父親の話?」

「うん。ほら……」

 よくよく考えてみると、屋上でお父さんのことについて話して、数日と経たずにこんな状況になったのだ。

 それにあの時の会話を思い出してみると、『会社を継いだりとかは?』『絶対にいや』としか言っていない。何をして、どれだけ儲けているかとかは、特に話してなかったと思う。

 それ位しか、考えられなかった。

「なるほど……都合よく孤立しているあんたを口説いて逆玉に乗ろうとしていると」

「あわよくば味方になるだけでも、か……情けない男じゃん。相手にする価値ある?」

 立ち上がったご友人も、呆れたように口を開いてくる。

 でもこればっかりは、ちゃんと対応しないとまずそうだ。

「逆に相手にしないと、面倒なことになりそうで……」

 古今東西、拗らせた男がどのような行動に出るのかは、はっきり言って予想がつかない。だから穏便に済ませるに、越したことはなかった。

 本当私って……男運がなさすぎでしょう。

「どうする? 何なら知り合いの同性愛者ゲイに掘らせようか、そいつ」

「やめて」

 ご友人がスカートを直しながらそう聞いてくるけれど、私は拒否した。

 私をいじめてた連中だって結局、後で調べてみたら身バレして警察送りになっただけで済んでいたらしいのに……これ以上平和(?)な学校生活を乱さないで欲しい。

「まあ、金目当てなら大した男じゃないでしょう。何なら私もついてって、話つけようか?」

「それは……最後の手段にとっとくわ」

 人数差で相手を圧迫するのって、いやなのよね……数の暴力って感じで。

「とりあえず『お断り』で返すことにするわ。面倒臭めんどそうだし」

「それが正解かもね……」

 もうすぐお昼休みが終わる。私はお弁当を片付け、二人に手を振ってから教室を後にした。




 放課後に私は、あの男から空き教室に呼び出されていた。そして早々に、最後の手段を使わなかったことを後悔している。

「だからさ~、明日休みだろう? デートすれば俺のこと分かってくれるって。な?」

 何が『な?』だ。

 まさかここまで食い下がってくるとは……正直思わなかった。

 断ったというのに言い寄ってくるこいつや、私に対して未だに距離を取っている生徒教員共々を脳内でとっちめてやりながら、この勘違い野郎にどう対応するかを思案する。

「一回だけ。なっ、一回だけデートしてくれって。それで駄目なら諦めるからさぁ~」

「…………」

(ストーカー規制法って、実害がないと適用されないんだっけ?)

 まあでも……ただでさえ面倒なことになっている高校生活がさらにややこしくなるのは、さすがにいやだ。

(……ま、これも人生経験と思おう)

「……本当に一回だけ?」

 頷くな、言葉にしろ。

「デートの計画プランは任せてもいい?」

「もちろんだ任せとけ。じゃあ……連絡先を教えてくれ」

 軽く息を吐いてから、私はからスマホを取り出した。




 しかし所詮は高校生、しかも相手はごく一般的な額のお小遣いしか貰っていないらしい。

(映画は面白かったけど……)

 行き先は秘密にしたくせに、私の最寄り駅どころか定期の有無すら聞かないまま、交通費の掛かる場所を選択してくる。相手こっちに負担を掛ける場合は、必ず確認を入れて欲しかった。

 映画は前売り券を使って値段を抑えているけれど、普通に割り勘。それは別にいい。ただネットで座席指定してこなかったせいでめちゃくちゃ観辛い席に座らされたのは許せない。最近は前売り券でも座席指定できるというのに。しかも上映中に手を触ろうとするわスマホを弄ろうとするわ、マナーは最悪(その度に肩を叩いて注意する羽目に)。私は彼女ではなく母親候補か。

 昼食もファミレスなのは高校生だからまだ許せるけど、店の選択は自分の好み優先でこっちの要望は一切聞いてこなかった。おまけに個別払いじゃなく割り勘(私の方が安い)。

 挙句の果てには、会話の内容が自分のことばかり。アピールしたいのは分かるけど、私のこととか聞かなくていいのだろうか?

(現実にいるんだ……こんな自分勝手な人間って)

 俺様系、と言ってしまえば聞こえはいいのだろうが、相手のことを考えていない時点で完全にNG。

 というか……

「今日のデート。自分でも上手くいってない、って内心思っているでしょう?」

「……はい」

 そもそも私の服装からして、出会い頭に微妙な顔をしてきたのだ。

 一応お洒落してきたとはいえ、こちらはデニムのパンツルック。けれども彼はどうも、私のガーリーな服装スカート姿をご所望だったようだ。無理して褒める義務はないけど、せめて不満そうな顔は隠して欲しい。

 そのくせ向こうは向こうで小洒落てはいても、明らかに着古した感が否めない服装だった。大方気に入って何度も着ている服で来たとかだろう。人によるかもしれないけど、私の場合は値段やセンスよりも、服がよれてないことを優先して欲しかった。

 しかし段々会話を重ねていく内に、私の口数が減ってきているのには気付いているのだろう。彼もまた、この沈黙には耐えられなかったらしい。

 さすがに帰りの電車に乗った頃には、向こうは完全に意気消沈してしまっていた。

 時間帯的にガラガラとはいえ座席に腰掛ける彼の向かいに立った私は、手すりを握りながら相手を見下ろしている。隣に座りたくないというのもあるが、ちょっと問い詰めたいこともあるし。

「……で、そもそも何で、私と付き合いたいなんて言い出したの?」

「えっと……」

 すると予想通り、先日私が屋上で留年生の彼女と話していた内容を、一部とはいえ盗み聞いていたらしい。そして私がいじめられていたせいで開いた距離感もあり、社長令嬢と付き合って逆玉狙えるかと思っていたとか。

 ……呆れて言葉も出ない。

「あなたね……今日のようなデートされて、私が喜ぶと本気で思っているの?」

「いいえ……」

 そうこうしている内に、電車が着いてしまった。

 ちなみにほぼ解散の雰囲気であるにも関わらず、彼は未だに私についてきている。電車を降り、改札を通っても離れようとしてこない。

「というかお前、本当に社長令嬢か? 全然金持っているように見えないんだけど」

「『社長の娘』、という意味だけ・・なら間違ってないわよ。お金は金銭感覚狂わないように、普段から気を付けているだけ」

 そもそもの話、自分を社長令嬢だと思ったことは一度もない。

 むしろ……悪ガキサークルの姫的な立ち位置だった気がする。微妙に常識からずれた形で猫可愛がりされていたし。

 もう子供に会えない人もいただけに、お父さんも強く出られなかったからなぁ……さすがに一線は越えさせなかったけど。

「まあ今日のデート見てたら、私がどんな立場でも断るのは分かるでしょう。それとも言葉にした方がいい?」

「いや、デートはともかくっ!」

 ともかくじゃない。断る理由の最大要素だ。映画の好み以外、いいところも趣味が合う部分も、全然なかったじゃないの。

「お前だって微妙な立ち位置な上にそこまで可愛くないだろうが! 俺がすと一生彼氏できないかもしれないぞ!? それでもいいのかっ!」


 …………んだと、コラ。


「そういう自分はどうなのよ……独り善がりの拗らせ童貞野郎のくせに」

「なっ!?」

 いくら相手が激昂しようが、私には一切関係ない。こっちは払いたくもない交通費払わされた上に無駄な時間取らされて……いいかげん、かなり苛立っているのだ。

「偉そうに言ってくれるじゃねえかこの雌犬ビッチがっ!」

 天下の往来とはいえ、人がいなくて良かった。正面からぶつけられた侮蔑表現に対して、私は鼻で嗤ってやる。図星突かれたからって、顔を真っ赤にさせちゃってまあ。

 いや、待って……最近ストレス発散できなかったし、丁度いいからこいつで鬱憤晴らししよう。

「信じるかは勝手だけど……これでも経験なし処女よ」

「そりゃモテなさそうな地味顔してるもんなぁ!」

 ……もう怒った、許さん。

「何ならあなたにあげましょうか? こんな地味女の処女で良けりゃね」

「いっ!?」

 混乱している混乱している。

 こうなると向かう場所は一つしかない。

「ついてきなさい」

「ほ、ホントにくれるのかよ……?」

「ええ……」

 私はショルダーバッグを背負い直しながら振り返り、空いた手で中指を立ててやった。


「……私に『喧嘩』で勝てたらね」


 私を怒らせるとどうなるか……思い知らせてやる。

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