006 高卒でも出世できたわけ

「はあ、疲れた……」

 今日もまた、いつも通りの学校生活だった。

 互いが互いに気遣い過ぎて生まれた距離感が、かえっていじめよりも過酷な環境を生み出してしまっている。

 所属している部活は名ばかりの文芸部。その実態は内申書の得点稼ぎに学校側が用意した、『対帰宅部』用の幽霊部だ。通う義務も理由もない。

 かつての名門校の名残か、それとも歴史にこびり付いた虚栄心プライドという重しのせいか、この手の幽霊部は他にも複数存在する。この高校での部活所属率100%という数字は、これからも無駄に続いていくことになるだろう。

「今日はどうしようかな……」

 いつもなら公園に行くところだけど、しばらくは近寄れなかった。

 かといって家に帰っても誰もいないし、寄り道する程アウトドアな趣味は持ち合わせていない。ましてや、今は貯金を考えているところだ。無意味に散財する気は起きなかった。

「コンビニにでも寄ろうかな」

 そんな時だった。

「……ちょっと」

 声を掛けられたのは。

 ただ、変な距離感が生まれている現状から見て私じゃないと思い、聞き違いだと足を止めなかった。

「ねぇちょっとっ!」

「ひゃっ!?」

 だからいきなり肩を掴まれた時は、本当に驚いた。

「……え、私?」

「他に誰がいるのよ」

 振り向いてみると、随分チャラそうな女生徒が立っていた。

 ただ、ここまで目立つ風貌をしているにも関わらず、私は今まで、彼女を学内で見たことがなかった。

「えっと、あなたは……」

「隣のクラスの留年生ダブり。今日から休学明けだから、知らないのは当然でしょう」

「まあ、それはたしかに……」

 でもそんな人が、私に一体何の用だろうか?

「ちょっと顔貸してくれる? ……ああ、年齢はともかく学年は同じだから、気ぃ使わなくていいわよ」

 とか言いつつ、逃がさないという圧は止めて欲しい。ただでさえ内気で気圧されやすいのに。




「えっと、これは……」

「足りないならオムライスでも追加する? それとも食べられないものがあるとか?」

 連れられてきたのは、彼女の印象イメージとはかけ離れたような飲食店だった。

 何もない場所であればただのギャルに見えるのに、アニメグッズで埋め尽くされたコスプレ喫茶の中だと、彼女は何かの登場人物キャラクターのコスプレをしているようにしか見えない。

 その気になればお洒落ともコスプレともとれる、そんな半端な格好でいるのは何故だろうか。

 ……という疑問よりも先に、何故か客席に通された私は、彼女が並べたクッキーと少し本格的な紅茶セットを勧められた。

「要らないなら私が食べるから、気にしなくていいわよ。お金も私が出すし」

「いや、事情がよく分からないから混乱してて……」

 そう言うと納得したのか、彼女は向かいの席に腰掛けてきた。

「お詫びよ。私がいない間に暴走したあいつ等のせいで、こんなことになったのだから」

 それは……なんとなく分かる。

 明らかに見た目がそっち系なのだ。私をいじめていた連中の仲間だというのは分かるが、それなのにお詫びとか……勝手な考えだけど、そんなことをするような人間には見えなかった。

「不思議そうね」

「当然ですよ。いきなり連れてこられて、未だに混乱しているんですから」

「だから敬語じゃなくてもいいって……」

 彼女はそうぼやくとクッキーを一つ摘み、そのまま口に放り込んだ。

「元々はね、あいつ等も援助交際えんこうに手を出すような連中じゃないのよ」

 再度紅茶を勧められたので、私はゆっくりと口をつけた。

 ……正直に言って、本当にコスプレ喫茶の商品かと思える位の出来栄えだった。

「私のいない間に、援助交際えんこうに平気で手を出すような奴が混ざってきたみたいでね。それで暴走して今の結果になったらしいのよ」

「それはまた、自業自得な……」

「本当、頭痛くなってくるわ」

 聞くところによると、元々は高校生でもできて、かつ時給の高いバイトを探す情報交換の為のグループだったらしい。だが彼女が家庭の事情で今まで休学し、幾つものバイトを掛け持ちしている間に、先程の状況に陥ってしまったと言うのだ。

「もっと将来のこととか考えられなかったのかしらね……お陰でせっかく作ったバイト情報網はめちゃくちゃ、一から作るのも面倒だから、単発スポットや短期バイトはもうほとんど手を出せなくなっちゃったし」

 微妙に、愚痴ばかりの会話になりそうな気配がする。それならこっちから、質問を投げた方がいいかもしれない。

 それに、ちょっと気になっていることもあるし。

 ……なんでそこまでバイトをするんだろう?

「どうしてお金がいるのか、聞いてもいい?」

「大した話じゃないわよ。親が自営業なんだけど、経営傾いているから生活費を別に稼がなきゃならないだけ」

 そして丁度去年の今頃、倒産間近となった家業を守る為、一家総出で延命作業に従事じていたとか。

「ということは……ただ筋を通そうとした、だけじゃないってこと?」

「私の実家、別に後ろめたいことはしていないんだけどね……」

 彼女は一息吐いてから、話を本題へと進めた。

「……あなたが母親にいじめのことを話して、報復に強制調査されたら困るのよ」

「なるほど。そういうことか……」

 ここにきてようやく、彼女の目的が見えてきた。

 税務調査には二種類ある。

 正しく納税されているかを確認する為の任意調査と、脱税の嫌疑で警察同様令状を取って行う強制調査だ。そしてお母さんの場合は、納税申告に対する事務処理や任意調査が主な仕事だ。そのせいで普段から、あちこち飛び回っている。

 しかし、強制調査は任意調査と違い、悪質な隠蔽工作や桁違いな額の脱税に対する嫌疑が生まれない限りは、滅多に行われない。そして、一度強制調査が行われてしまえば、結果に関わらず、脱税の印象イメージが対象となる企業に長期間こびり付いてしまう。だからこそ、強制調査は慎重に検討した上で行われなければならない。

 今回の件である小規模な自営業なら、ただでさえ経営が傾いていることも合わさり、より致命的になってしまうのは確実だ。

 ……だから彼女も、ここまで必死になって、私に頼みに来たのだろう。

「でも……特に何もないんじゃないかな?」

 そう、税務署も暇じゃない。組織を回しているのが人間である以上、全ての企業を調査すること等不可能な話だ。

 じゃなきゃ、横領や脱税等の犯罪が生まれるわけがない。

「お母さんはたしかに税務署の職員だけど、別に国税局査察部マルサってわけじゃないし」

 そもそも同じ親方国税庁とはいえ、任意調査を行う税務署と、強制調査を担当する国税局は完全な別組織だ。管轄違いにも程がある。

「それに、証拠があって告発するならまだしも……お母さんに無理矢理強制調査させるだけのコネがあるなんて話、聞いたことが、」

「えっ!?」

「……えっ?」

 言葉を遮られ、

「ごめん、余計なこと言った……」

 目尻を下げる彼女を見つめる。

 何故そういう考えに至ったのか。どちらかというとその事情に興味が生まれたので、私は少し踏み込むことにした。

「じゃあ……確約する代わりに話してくれる? 私が何故、母親を使って報復する可能性があるなんて考えたのか」

 いまさら報復してもしなくても、結果は変わらない。

「その根拠は何?」

 正直、無害な分ごといじめの元凶を断ち切るよりも、お母さんについて知りたいと思うことの方が強かった。




「ただいま~……って、あれ?」

 深夜十時、人によってはもう就寝時間となる頃。

 今日は遅くなるだけで泊りがけじゃないと事前に聞いていたこともあり、私は起きて、お母さんの帰りを待っていた。

「おかえり……」

「ただいま。どうしたの……何かあった?」

「ちょっと、変なこと聞いちゃって……」

 変に拗れるのも嫌だし、私はさっさと本題に入ることにした。

「……お母さん。たしか前に、『実家とは絶縁した』って言ってたよね」

「ああ。そういうこと……」

 何の話かを理解したお母さんはテーブルを挟んだ、私の向かいの席に腰掛けた。

「ええ、そうよ……で、誰に何を聞いてきたの?」

 スムーズに事が進む。もしかしたら、ずっと覚悟していたのかもしれない。

 いつか、話さなければならないことだと。


「……お母さんが、『自分の実家を売って出世した』って今日、偶々聞いた」


 けれども、私は『誰が』話してきたのかまでは答えなかった。

 事の真相までは分からないが、少なくとも、『万が一』を避けておかなければならないから。

「本当なの? ただの不仲だって聞いていたけど……」

「う~ん。どう話したものかしらね……」

 他に何か聞いたのか、と目で問い掛けられるものの、私は首を横に振って否定した。

 実際、お母さんが実家を切り捨ててでも出世するような人間であるのならば、その娘に手を出す者達にも容赦しない可能性がある。

 だから彼女も、私にコンタクトを取ってきたのだろう。

 ……今後の報復を恐れて。


「その実家がまともじゃなくて、法の裁きで切り捨てないと大変なことになると分かっていたら……あなたはどうする?」


 それは、一介の女子高生が答えられる内容じゃない。完全にその範疇を超えていた。

「え、っとつまり……元々脱税していた、ってこと?」

「そういうこと」

 それが本当ならば、話は変わってくる。

 親族を切り捨てる非情さからか、それとも家族を想って敢えてそうしたのか。

 何が正しいのかは……私には分からない。ただ、人を切り捨てるというのはどういう気持ちを抱えることになるのか、想像すらできなかった。

「じゃあ、実家の犯罪を止める為に、強制調査を仕向けたってこと?」

「人の話を聞くような相手なら、そうする必要もなかったけれどね」

 それはそうだ。

 まともな手合いなら強引な手段を取る前に説得していたはずなのに、お母さんは『血縁者』ではなく『税務署職員』として対応したのだから。

「細かいことを言うと、実家を売って出世したわけじゃないわよ。職員になって、初めて挙げた成果ではあるけれど……ただそれだけ」

「そう、だったんだ……」

 私は何も言えず、ただまっすぐお母さんを見つめた。

 しかしお母さんは私から視線を外すと、椅子から立ち上がり、台所へと向かっていく。

「何か飲む?」

「ううん、大丈夫……」

 後顧の憂いなく眠りたい。

 だから話を聞いて、納得出来たらすぐに寝るつもりだった。

 ……逆に、何か問題があれば、すぐに家出するつもりだったが、その必要がなくなって良かった。荷物を纏められはしても、行く当てがないし。

 勝手にお父さんの所には行けない上に、あの人ともしばらく会えないのだから。

「先に寝るね。お休み……」

「もう聞くことはない? 大丈夫?」

 グラスを取り出し、氷を入れているお母さんに大丈夫、と言い残してから、私は部屋へと戻っていった。




 **********




「はぁ……良かった」

 どことなく安堵して、一人ごちてから……その女性は、グラスに注いだ水を口に含んだ。

 離婚した夫には立場があるから飲むこともあるが、彼女は離婚を決意したその日以来、酒精の類を口にすることはなかった。

 常に、警戒しなければいけないから。

(それにしても……)

 取り出したスマホを操作しつつ、その女性は冷蔵庫にもたれながら腰を下ろす。

あのこと・・・・を聞かれなくて……本当に良かった)

 こちらからは深く切り出さなかったが、今日、娘があんなことを聞いてきた理由は分かっている。

 うまく隠してはいるようだが、一時期いじめがあったことは、元夫を通してすでに知っていた。しかし向こうから何も言われない限りは、こちらから言うことはない。




 ……言えない事情があるから。

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