【完結】その婚約破棄は認めません!~わたくしから奪ったモノ、そろそろ返して頂きますッ!~
北乃ゆうひ
婚約破棄
短編のつもりで書いていたら文字数がふくれあがってしまったので連載形式で投稿します。元々短編の予定だったので完結まで勢いよく投稿しちゃいます。
これから30分ごとに更新するよ!
読んで下さった方々が、少しでも楽しんで頂ければ幸いです٩( 'ω' )و
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「オフィーディア・イエフケリア。申し訳ないが、君との婚約を破棄させて頂く」
若き貴族たちが、その生まれの血と才能を研鑽させるべく通う学園。
その学園で行われているパーティの最中に、それは宣言された。
そして即座に返された。
「ダメですわ。その婚約破棄は認められません」
だが宣言した側の男は、宣言された側の女の言葉など聞いていないかのような返答をする。
「正直、ボクは君に少しばかり失望をしているんだ」
「失望……ですか?」
パーティ中の出来事だ。
当然、ギャラリーも多い。宣言した側は恐らくはそれを狙ってのことだろう。
「君は、彼女に嫌がらせをしていただろう?」
「嫌がらせ、ですか……?」
男が自分の横にいる女を示して告げる言葉に、思わず首を傾げる。
婚約破棄の宣言を受けた女性――イエフケリア侯爵家の令嬢オフィーディアは、美しくしなやかな人差し指で、自分の美貌の輪郭をなぞりながら、相手を観察していた。
オフィーディアは座学も武術や魔術といった実技も、常に成績トップの才女だ。
淑女としてのマナー教育も、王妃として必要な教育なども、涼しい顔をしてさらりとマスターして見せる。
人当たりもよく、面倒見もよい。
傍目からみれば非の打ち所のない
「あいにくと、クリス様の言う嫌がらせというモノに心当たりがございません。
政治的に見ても、わたくし自身が常に貴方に伝えている愛に見ても、そのような取るに足らない女に嫌がらせする必要など無いではありませんか」
オフィーディアの本心からの言葉である。
政略結婚ではあるか、オフィーディア的にはしっかりと愛はある。それは言葉の通り、常に口にしているつもりだったのだが――
「だから、少し失望したと言っているんだ。
君は常にボクの一歩先にいる。そんな君がつまらないコトをしているという事実に」
「そんな事実などないと――言ったところで、聞いていただけないのでしょうね」
婚約破棄の宣言を行ったのはクリス――イルニクリス・イェネオドロス。この国の王子である。
今はなぜか、横に女を一人
婚約者であるオフィーディアではなく、どこぞの馬の骨とも知らぬぽっと出の男爵令嬢だ。
侍らせている女のことはさておき――イルニクリスは、トップこそオフィーディアに譲るが、どの教科も常にトップ5に入り続けている秀才であることは間違いない。
だが見目麗しいこの王子は、優秀ではあるものの、王侯貴族としてはお人好しの部類だ。その決断が必要なものであったとしても、清濁の濁を飲み込むことに躊躇いを覚えてしまうタイプと言えよう。
だからこそ、婚約者として次世代の
オフィーディアであれば、例え心を痛めるような選択を取ろうとも、おくびに出すことはない。イルニクリスと違い濁を飲み込むことも躊躇いがないのだ。
白き決断をイルニクリスが、黒き決断をオフィーディアがする。
次期王とその妻に求められるのは、二人で互いを補い合いながらも政治である。
もっとも、そういう政略的なモノとは別に、オフィーディアは純粋にイルニクリスが好きだった。
イルニクリスからも、同じような言葉を貰い、自他と共に認めるほどに仲睦まじい関係でいられていたはずである。
(だからこそ、解せないのですけれど)
人差し指で自分の輪郭をなぞるのは思考をする時の彼女のクセだ。
この瞬間の婚約破棄宣言に対して疑問しか抱けない。
そしてその疑問に対する思考を止めてはいけないと、本能が訴えている。
(あの女が現れてから、何かが狂い始めた)
イルニクリスの横にいる女。
確か――ラヘレー男爵令嬢のディトリエだったか。
(わたくしの婚約者の腕に、見せつけるかのように抱きついて……ッ!)
だが、イルニクリスはそれを振り払わない。
それどころか、受け入れているようにすら見える。
マグマよりも熱くドロついた激情がオフィーディアの胸を焦がす。
しかし、彼女は表情や態度、仕草に至るまで、そんな様子など微塵も表に出すことはない。
また感情とは別に、思考は常に一歩引いたところから全体を俯瞰し、冷静に状況を分析していく。
(ギャラリーの七割はわたくしを非難するような目を向けている。
清廉潔白を擬人化したような方や、騎士道の重んじる方……他にもわたくしの味方をしてくれそうな方々も、非難する側に混じっているのが不可解です)
彼ら彼女らは、何らかの手段でディトリエに掌握されているのは間違いないだろう。
(あまりにも本人の性格や人格からズレた行いをしているのを見るに……。
精神操作や洗脳が行える
古代人が作り出したと言われる、超技術の産物。
その大半が、用途不明であったり、作成意図が不明なシロモノだ。
だが、中には絶大な性能を誇るモノも存在しているためバカにはできない。
それらの発掘に命を懸ける
(でも、強力すぎる効果を持つものは個人所有が禁じられております。なにより発見され次第、国や発掘者ギルドに報告され、厳重管理されるはず……)
もちろん抜け道がないワケではないが――
「どうしてダメなんだ? オフィーディア。
お互いに愛し合ってもいるからこそ、君には過ちを認めてもらいたいし、婚約破棄を受け入れて欲しいのに」
イルニクリスに声を掛けられて、思考の海に沈んでいたオフィーディアの意識が浮上する。
(クリス様は、自分が何を口にしているのか分かっているのでしょうか?)
彼の目を見ると、そこには光が宿ってないように見えた。
オフィーディアを見ているようで見ていない。何も移さない人形のような瞳。
それがどうしようもなく寂しい。
それがどうしようもなく悔しい。
それがどうしようもなく腹立たしい。
「ボクは真実の愛を見つけたんだ」
「それを真実の愛だなどと本気でお思いなのでしたら、わたくしは貴方を一生節穴王子と呼び続けますわ」
「……それはボクが王になっても?」
「ええ、もちろん。王になろうと節穴王子と呼ばせて頂きます」
「オフィーディア……」
その些細なやりとりの一瞬だけ、イルニクリスの瞳に光が戻ったような気がする。それはオフィーディアがそう思いたかったからこそ見えた錯覚かもしれないけれど。
だけど、それでも――オフィーディアにはそれで充分だった。
泥棒猫などという言葉で表すには生温すぎる醜悪な女から、婚約者を奪い返そうとオフィーディアが決意するには、その錯覚だけで充分だったのだ。
「もう! どうしてそんなイジワル言うんですか、オフィーディア様!」
イルニクリスの瞳に僅かな光を感じ取った時、割り込むように入ってくる。
媚びを売るような、ぶりっこしているような……。
自分よりも頭一つ小さい小柄な男爵令嬢を冷めた眼差し見下ろしながら、オフィーディアは考える。
「貴女はあたしとクリス様が仲良くなるのがイヤで、何度も嫌がらせをしてきたじゃないですかッ!」
そんなことをした覚えはないが、彼女はその辺りの根回しは終えていることだろう。
何もしなければ、このまま彼女の主張が通ってしまいかねない。
そうなれば、最近市井で流行っている物語に出てくる悪役令嬢とやらと同じような展開が待っていることだろう。
このディトリエという女は、かぶった猫の奥底から、そのくらいやってきそうな凄みを感じるのだ。
完全なる猫かぶり。
この愛らしい皮をはがしてやれば、醜い本性が姿を見せるに違いない。
だからこそ、ここで引いてはいけないと、オフィーディアの本能が訴える。
(人生を賭けるようなギャンブルはしないつもりでしたが……。
この方を相手とするならば、そのくらいの覚悟が必要かもしれません)
追い詰められる中、オフィーディアはディトリエの被った猫を引っぺがすにはどうすれば良いのか――そんなことを考えはじめていた。
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