クラスで1番人気のあの娘をブロックした結果
さきはひ
第1話 この世には、見たくないものが多すぎる。
――この世は、見たくないもの、聞きたくないもの、口にしたくないもので満ちあふれている。
平日の、いつもと変わり映えのしない日の夜。窓の外は静かで、月明かりは冴えていた。
宿題やなんかも済ませて、自室でひとり、まったりできる時間。
これが俺、
「ふぅぅ……至福の時なり」
風呂から出て、火照った身体をベッドに横たえる。最近おろした石鹸の匂いが心地いい。
横になったままスマートフォンを手に取り、画面に映し出されたサイトを眺めた。半日見なかっただけですっかり内容が入れ替わったヘッドラインを辿って、最新情報をチェックしていく。
しかし。その平穏は、それから数10分間だけ、乱されることになる。
「え?」
きっかけは、とあるニュース記事だった。
――〝「あかりん」こと、大物声優の田町あかりが結婚を発表!!〟――
「な…なんで……? こんな時間にこんなニュースが……」
俺は凍りついてしまった。
あかりんと言えば、俺が小さい頃から活躍していたアイドル声優だ。
出演したアニメやゲームの数は数知れず。恋愛面でも各方面から引く手あまただと思うが、なぜか交際や結婚の話を聞かないため、ファンの間では神も犯しえぬ聖域と呼ばれていたほどだ。
俺は高校生だし、そこまで熱心なファンだったとは言えないかもしれない。
しかし今、このニュースを耳に(目に?)した俺の動揺は、想像以上のものだった。
「いや待て、まだ本物と限ったわけでは」
そう、心を乱すにはまだ早い。ウケ狙いで、故意に作られた偽情報――いわゆるフェイクニュース――の可能性がある。
真相を確かめるため、彼女の公式アカウントに繋いだ。
これは田町あかりが自ら発言しているもので、信頼の置けるものだ。
「〝本日入籍しました。ありがとうございます〟……だと……?」
しばらく画面を送って見た。
さすが長年活躍していただけあって、コメント欄は温かい祝福の言葉で占められていた。老若男女、一般人のファンから彼女を知る芸能人まで、祝賀ムードに満ちている。
どうやら今日一日、俺が知らずに過ごしていただけらしい。
タイムラインには、けっこう前に録画されたと思しき記者会見の映像が流れていた。
WEBニュースやテレビ局の報道陣を前に、微笑むあかりん。至る所で、彼女が演じたキャラクターの動画、加工した画像、アスキー・アートなどが投稿されている。
これは本物と考えてよさそうだ。待ちに待った、大物声優の結婚――心が次第に、事態を受け入れ始める。
「ふぅう――」
俺は深呼吸した。
彼女との出会いはいつだったのであろうか。
何も知らずに彼女が出演しているアニメを視た時か。それとも、はじめて背後に作り手や中の人がいることを知って、配役をチェックした時からか。
認めよう、現実を。
そして、決断しよう。
「よし」
俺は行動を始めた。
「―――ブロック」
まずは公式アカウントをブロックする。
「このニュースサイトもブロック。こっちもブロック。うっ、この人も引用してるのか……恨みはないけど、落ち着くまではブロック。このコメントも目に入る可能性があるから、ブロック」
――SNSには大抵、「ブロック」という機能が付いている。
これは、特定なアカウントとの接続を、こちらから遮断するものだ。それにより、その個人や団体がどんなに新しい情報を発信しても、届くことがなくなる。
要するに、ブロックしておけば、その相手のことを見なくて済む。
見なくて済むということはつまり、――少なくとも自分の世界からは消える。いなくなる、ということだ。
「作業完了ー」
束の間の
何も感じなかったと言えば、嘘になる。身近な人間が(というのは錯覚だが)どこか遠くへ行ってしまったかのようで、切なさも一入だった。
だが、そんなことにかかずらわっている余裕はない。
日々刻々と変化する世界情勢に振り回され、小さなことにくよくよしている暇はないのだ。
戻ってきた休息の時間を、しばし楽しむ。
「自分の心の平和は、自分で守らないとな」
いつもと変わらない、平和で、温かく、家族のような愛にあふれた日常。
それは日々の心がけ次第で、守ることができる。
これからも、この平和が続くよう、
「明日からも、頑張ろう」
* * *
~クラスで1番人気のあの娘をブロックした結果
I blocked the most popular girl in my class, and then...~
* * *
朝はどことなく、もの憂いものだ。
いつもどおり早めに学校に着いた俺は、窓の開放を行った。
春風が心地よかった。散り残った桜の花びらが、風に乗って舞いこんでくる。
進級したばかりなこともあって、気持ちも新たにリセットされたような気分である。
「おはよ、申彦。また同じクラスになれて嬉しいよ!」
とても可愛らしい生徒が入ってくるなり、とびきりキュートな笑顔で掌を向けてきた。
「おはよう、卯砂斗」
俺は微笑みながら、親友の
「2人とも、仲良いねー?」
一緒に入ってきた女子が俺たちを見て、通りすがりに声をかけてくる。
卯沙斗は「うん。ボクら前のクラスから一緒なんだ~」と肩を組んでニコニコして見せたが、
女子が通りすぎると、俺にこっそりと顔を寄せて、小声で耳打ちしてくる。
「見た見た? 林さんのスカート、始業式の時より短くなってるよ! ボクはもう一声ー、2cmくらい短くしてくれると好みなんだけど~。申彦はどう思う?」
「はぁ………」
可愛い女の子だと思った? 残念! こいつは悪友ポジションの男でした。
俺の学園生活に、男の娘ヒロインとかそういう現代ラブコメっぽいものを期待してはいけない。いくら文明が進歩しても俺の人生は、せいぜい2000年代のチープなロマコメ止まりだ。今後もそれは変わらないと思うんで、よろしく(誰に言ってんだ俺?)。
「そんな目で見てると、いつか本性がバレんぞ」
「ソレは困る。女の子の夢を壊すわけにはいかないんだ。ボクは日頃から無邪気な草食男子を演じることで、みんなの夢を護ってるんだよっ?」
そんなことで夢を護られて女子が喜ぶものかどうか。おかげで知らなくていい情報ばかり、俺に入ってくるし。
「それに、このクラスには1番の注目株がいるからね。朝のお出ましまでに、気を引き締めておかないといけな――っと、噂をすれば」
さすがの俺も、卯砂斗が誰のことを言ってるかはすぐ分かった。
「みんな、おはよ~! 今日も東のお日さまがあったかいね?」
前のドアから笑顔を振りまき。すでに当教室の人気No.1になることが決まっている、花形役者が入ってきた。
それが、彼女の名である。
丸くなって話していた女子の1人が「なに、東のお日様ってー!」と笑うと。日枝は「えっ、だって太陽が昇るのって東でしょ?」と言い、「いやそうだけどぉ」「それ初めて聞いた~」と他の女子も巻き込んで会話が弾んでいく。
自然な色あいでありながら輝く髪は、派手すぎず、地味すぎず。
人となりは太陽のように明るく、柔肌は雪のように白く。
「いや~さすが日枝辰美。神々しすぎて、直視できないよ」
後光が射してるかのように、半ば目を覆って見せる卯砂斗。
「なんだよ、大げさだな」
つっこみはしたものの、それだけの理由があるのは俺も重々承知していた。
彼は誰に説明するでもなく、公然の事実を述べる。
「だってさ。なんせ日枝辰美は現役高校生にして、フォロワー数5万! 動画広告なんかにも出演してる高校生インフルエンサーだよ? いくらボクでも、御尊顔を拝む以外に何をしろって言うのさぁ…」
目を細めながら眉尻を下げ、溜め息を吐く。彼でも尻込みするということがあるらしい。
「たしかにな。っていうか、」
話の腰を折るようで悪いが、始業まで暇なので質問することにする。
「前から思ってたけど、インフルエンサーってなんなんだ? インフルエンザの親戚か?」
「なんだ、知らないのかい? インフルエンサーっていうのはね、英語で影響を表す単語〝influence〟に、人を表す語尾のrをつけたものだよ。すごい発言力や存在感がある人を、そう呼ぶんだ」
「なるほど」
要するに『すごい影響力を持った人間』のことか。
ただ可愛いだけのアイドルや、派手なだけのリア充が権力を握っていたのは遠い過去の話。
現在はそれに加え、いかに周囲に気を配ることができ、皆の模範となれるかが、クラスでの覇権争いにものを言う。
いまも周りのクラスメートと明るく話をしている、あの日枝辰美のように。
情報の更新が遅い俺に対し、我が友はやれやれといった感じで、「まったく、申彦はボクがいないとダメなんだから~」と嘯いて背中を叩いた。
「む?」
卯砂斗とは入学以来の長い付き合いであるが、ここのところちょっと調子に乗りすぎな気がするな…。
ここは《007:ゴールデンアイ》ばりの手刀を、後頭部の気持ちいいところにキメてやろうと背後から狙いをつけた。
が、
「……でもね。申彦には助けられてるよ」
てなことを言われたら、俺としても寸前で矛を収めざるを得ない。
「何が?」
「『見ない・聞かない・言わない』が、キミのモットーだろう? 人に知られたくないことが見なかったことにしてくれるし、しかも口が固い。
でないと、ボクはこんなふうに、本当の自分を晒け出せなかったと思うんだ」
「そうかね。話を聞くだけなら、誰だってできるぞ?」
「そうでもないさ。気兼ねなく話せる相手っていうのは、いますごく貴重だと思うよ。申彦にも、そろそろ恋の季節がやってくるかもしれないよ~?」
反対に肩の良い場所をぐりぐりされてしまう。
「ッ…。……そんなの、求めてないって」
これは本心のつもりだった。
俺のモットーは『見ない、聞かない、言わない』だ。
なぜなら、なんであれ見て、聞いて、話をすれば、その分だけ相手との関係は深くなり、期待は勝手に膨らんで、裏切られたと感じた時のダメージも大きくなるからだ。
そのため、俺は現代テクノロジーの助けも借りて、己の感情を自己管理している。右を向いても左を向いても、知りたくもないニュースで溢れかえっているこの時代。最初から何も求めないのが、最も賢い生き方だと言える。
冷めてるだとか臆病だとか。思いたければ思えばいい。勝てる見込みもないのに、わざわざハイリスクな投資を行うつもりはないんでね。
「は~い、皆さん。朝の会を始めますよ。席について下さい」
前のドアから、担任の先生か入ってきた。
俺のところに来ていた卯砂斗も、「またね」と言い残して席へと戻っていく。
ふと目をやると、すでに自席に着いていた日枝辰美が、着席して顔を上げるのが見えた。窓から射す朝の光りが、きらきらしながらも、シックな明るさで彼女を染める。
べつに何かしているわけではない、ただ前を見つめているだけだ。なのに、そこだけ学園ドラマかなんかのワンカットに見える。
たしかに、何もしないで座ってるだけで絵になるってのは、反則級だよな。
………え? うちの人気No.1が日枝辰美だというのなら、このクラスで2番目に可愛い子は誰かって?
そんなの鵜戸卯砂斗に決まってるっての。
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