第2話、勇者が世界を滅ぼす時。
──俺の名は、ジーク。
この、剣と魔法のファンタジーワールド、ニーベルングにおける勇者だ。
俺はこれまで、魔王を始め、悪竜や巨人族など、
それも、それぞれたった一度闘うだけで、この世界最強の存在である彼らを、あっさりと倒してしまったのだ。
よって当然のようにして、俺は当代最強の勇者と呼ばれるようになって、世界中の
──しかし、これには『からくり』があったのだ。
そう。実は俺は現代日本からの転生者で、この世界を司る女神から、いわゆる『死に戻り』のチート能力を与えられていたのだ。
『死に戻り』とは、例えば魔王等の強敵との闘いで、何度死のうと、何度でも甦って、何度でも再挑戦できることであった。
元々戦闘職の転生者への
もちろんそのためには、俺自身のほうは、何度も闘いに敗れ、何度も死に続けなければならなかったのだが。
どうせ甦るのだから、勝利を得るためだったら、別に構わないじゃないか──などと、割り切れるものではなかった。
死ぬ瞬間の、筆舌に尽くしがたい凄絶なる苦痛は、何度経験しても慣れるものではなく、正直言ってもう二度と味わいたくはなかった。
いやむしろ、何度も力及ばず敵の前で屈服することや、何よりも『死』などという異常な体験を繰り返すことによる、精神的苦痛のほうが耐えがたく、何度も心が折れそうになったり発狂しそうになった。
──とはいえ、このように『死に戻り』によって
問題は、世界そのものが、ゆゆしき被害を被ることであった。
むしろ、『死に戻り』という反則技によって、
それに対して、俺が『魔王退治に失敗してしまった世界』のほうは、どうなるであろうか?
魔王によって世界のすべてが支配されて、人間は皆魔族の奴隷になってしまったり、下手したら情け容赦なく、一人残らず滅ぼされたりするのではなかろうか?
これだけでも、俺は夜も眠れないほど、悩み続けていた。
──いいや、まだ生ぬるい。
たとえ勇者である俺が死んでしまおうとも、世界さえ存在し続ければ、また新たなる勇者が現代日本から召喚されるかも知れないし、異世界人自身が一致団結して全力を振り絞って闘いに挑み、見事魔王を倒すかも知れなかった。
けれども、もし──そう、あくまでも『もし』という、仮定の話であるが、
もし、俺が『死に戻り』を繰り返すごとに、世界そのものが、消滅したり、新しい世界に上書きされたり、しているとしたら、
──まさしく俺の『死に戻り』のチートこそが、これまで無数の『世界そのもの』を、滅ぼしてきたことになるのだ。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……何と、そういうことだったのですか」
目の前の誰もが認める、この世界を代表する勇者である青年の、『懺悔』を聞き終えるや、私こと、ニーベルング帝国の帝都ワーグナーに所在する、聖レーン転生教団帝都教会の首席司祭であるヘルベルト=バイハンは、感嘆の溜息交じりにそうつぶやいた。
現在、手狭な告解室の中央に置かれているテーブルを挟んで、対面に座っている青年の心底憔悴しきった顔を見るに、彼の述懐は嘘偽り無いものと思われた。
──何と純真無垢な、お方であろうか。
我ら転生教団の御本尊であられる、『なろうの女神』様が、入れ込むわけだ。
……これは是非とも、『お救い』して差し上げなければ、なりませんねえ。
「──勇者殿、大丈夫ですよ。異世界転生の専門機関たる、聖レーン転生教団の首席司祭として断言いたします、あなたはけして、世界をただの一つたりとて、滅ぼしたりしていないと」
私の突然の何ら迷いのない言葉に、それまでずっとうつむけた顔を勢いよく上げる、若き勇者殿。
「……何で、そんなことが言えるのです? 『死に戻り』を──すなわち、世界そのもののやり直しを、実感できているのは、あくまでも俺一人だけなのであって、司祭様を含め他の誰も、『死に戻り』の事実を知ることができないというのに」
ふむ、一見、論理的に正しい──とも思えるが。
「いえいえ、そんなことは、ありませんよ?」
「な、何ですって⁉」
「なぜなら転生教団の司祭として、転生者であるあなたに対して、これまで何かとサポートしてきた私は、ちゃんと覚えていますもの。──あなたが今回『北の魔王』を、たった一度で討伐できたように、その前にも『南の龍王』を、やはりたった一度で討伐できたことを」
「それがどうしたんですか? 言ったでしょう、俺が魔王や龍王を一度で退治することをなし得ていないのを知っているのは、この世界で俺だけだって!」
「おや、私とあなたの話の『決定的な矛盾』に、気づかれませんでした?」
「は? 決定的、矛盾て……」
「あなたのお話だと、強敵を倒すことに成功する前には必ず、強敵に倒されている世界を体験されていることになっておりますが、少なくとも私の記憶では、この世界においては、北の魔王も南の龍王も、続けてあっさりと倒されておりますよ?」
「──あ」
私の至極当然の『事実』を聞かされて、目を丸くし硬直する勇者殿。
そうなのです、彼の話は
「い、いや、俺がたまたま、前回『死に戻り』無しで、うまく南の龍王を倒すことができた世界に転移してきたとしたら、矛盾しなくなるのではありませんか?」
「ほう、あなた『死に戻り』無しに──つまりは、無限の試行錯誤無しに、龍王や魔王を倒せるとおっしゃるわけで?」
「──うっ、た、確かに、俺の実力からしたら、何回も勝負をやり直して、針の穴を通すような万に一つの奇跡的な『活路』を見いださなければ、龍王や魔王には勝てやしないだろうな」
「ということは、あなた以外に、すべての勝負に快勝していることを知っている者が存在していること自体が、おかしくなるのですよ」
「だったら、実は俺の『死に戻り』って、あくまでも同じ世界の中で、俺が物理的に何度も生き返ることができるという、これまたとんでもないチートだったとか?」
「……やれやれ、いくら剣と魔法のファンタジーワールドといえども、そうも何度も都合良く生き返ることのできる魔法なんかあるわけないし、あったとしたら物語として破綻してしまうではないですか? あなた現代日本からの転生者として、そんな悪い意味での『何でもアリ』の世界に転生したいと思われます?」
「……うん、あくまでもWeb作品の読者からすれば、メインヒロインを簡単に殺しといて、しかもその上ぬけぬけと簡単に生き返らせたりしたら、『ふざけるな!』って怒鳴りながらブラウザを閉じて、もう二度とその作品を読もうとはしないな」
「もしもそんな文字通りチート級の蘇生術を使えるヒーラーの方が奇跡的におられて、それを転生者が死ぬごとにかけ続けているとしたら、単なる『鬼か悪魔』以外の何者でもないでしょう。『てめえこそ自分に蘇生術かけながら闘えよ⁉』ってなもんですよ」
「……OK、俺たち、このたった数行の間で、ものすんごい数の敵を、作ったんじゃないかな?」
──おお、いけないいけない、少々脇道に外れすぎましたか。
「つまりですねえ、別にあなたは実際に勝負のつど死んでいるわけでも、世界をやりおなしているわけでもなくて、これまでも、そしてこれからも、ずっとこの世界だけに居続けながら、『なろうの女神』様から与えられた真の『チート』として、自分が死に続ける『別の可能性の世界の記憶』を、実際の強敵との勝負の際に、すべて
「…………………へ? な、何ですその、『別の可能性の世界の記憶』って⁉」
「あなたの世界の『ユング心理学』に則れば、現代日本かここのような剣と魔法のファンタジーワールドかにかかわらず、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくると言われる、『集合的無意識』という全世界人類共通の精神的領域が存在しているとされているのですが、個々の世界を司る女神という概念の集合体であるゆえに、ありとあらゆる世界を意のままにできる『なろうの女神』様であれば、自分自身はもとより他者すらも、集合的無意識にアクセスさせて、その脳みそに直接、どんな世界のどんな時代のどんな存在の『記憶や知識』でもインストールして、あたかも本当にその者自身となりその者の人生を体験したようにさせることができるので、あなたに事前に『魔王等と闘って力足りずに敗れる、別の可能性のあなた』の『記憶や知識』を、全パターンすべてあなたの脳みそに直接インストールすることによって、あなたはあくまでもこの世界にいながら一瞬にして、まるでループでもしたかのように、無数の『魔王に敗れる自分』を経験して、その失敗を生かして、本当の魔王との決戦に挑むものだから、辛うじて勝つことができたといった次第なのですよ」
「──‼」
ついに『死に戻りというチートの真実』を明かされて、今度こそ完全に我を失い棒立ちとなる勇者殿。
「ただ単に『記憶と知識』を与えられただけだと、侮らないでくださいね? 何せ人は感覚器ではなく、最終的には脳みそでこそ、自分を取り巻く世界のすべてを体感しているのですから、このように直接脳みそに刷り込んでしまえば、それは実際に体験した本物の記憶となるのです」
「……つまり俺は、実際に死んでいたのでも、世界そのものを見捨てて自分だけ逃げ出していたのでもなく、女神からもらったチート能力のお陰とはいえ、あくまでも
「ええ、すべては、あなたの努力と実力の賜物でしかないのです」
「──ありがとう! 司祭様のお陰で、悩みがすべて無くなったよ! これからも全力で勇者として頑張るから、これに懲りずまたご助力のほど、よろしくお願いします!」
そのように高らかに宣うや、私に向かって深々と頭を下げて、いかにもすべてに吹っ切れたかのような輝くような笑顔をたたえながら、今にもスキップでもしかねない軽やかな足取りで、告解室を後にしていく勇者殿。
「……やれやれ、本当に、純真無垢なお方だ」
確かに、彼自身が世界を壊しているわけではないが、あくまでも別の可能性の世界とはいえ、彼が勝利を得るために、無数の『彼』が犠牲になっているのは、歴然とした事実だというのに。
「そうなのです、まさしく『死に戻り』よろしく、死に続けている『彼』は、ちゃんと『別の世界』に存在しているのです。しかも彼自身、それを強制的に体験させられているのですから、彼自身が死に続けているのも同然と言えましょう」
──まさしく、巷にあふれている、『死に戻り』のWeb小説そのままにね。
「……まったく、『なろうの女神』様も罪なお方だ。あのような純真無垢な人物こそを、無間地獄にたたき落として、その苦しみ続ける姿を眺めるのが、何よりも大好物であられるのですから」
そのように溜息交じりにつぶやきながら、その後すぐに私自身も、告解室を後にしたのであった。
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