17.貴族の意地
部屋の壁、天井、床に張り巡らされた薄い透明な膜。
外界との接触を断つ結界だ。
閉じ込められたか……
結界の強度はそれなりに高そうだ。
集中すれば破壊は出来そうだけど時間がかかるかな。
「そう警戒しなくて良い。これはただの保険だ」
「保険?」
「そうとも。君が私の要求をのんでくれるのなら、何事も起こらないさ」
「……」
最初と違って、わかりやすい表情をするようになったな。
悪だくみをする大人の顔だ。
交渉なんて丁寧な言い方をしているけど、次に口から出る言葉は間違いなく……脅しだろう。
やれやれだな。
「要求というのは?」
「簡単なことさ。魔術学園に、君が不正を働いたと自白してほしいんだ」
「不正? そんなことしていませんが?」
「しているかどうか重要じゃないんだよ。嘘でもいいから、学園に報告してもらえないかな?」
清々しい表情でとんでもないことを言い出した。
大体の理由は想像できるが、念のために確認しておこう。
そう思って、俺は彼に問い返す。
「なぜですか?」
「わかるだろう? 君が不正をしていたとなれば、君に敗れた者たちへの評価が変わる。たとえば私の息子も……ね?」
予想した通りの回答に呆れてしまう。
要するに、自分の息子を合格させるために、俺に嘘の報告をしろということか。
魔術学園では地位や権力は通じない。
お金で学園側は動かせないから、個人の方を動かそうという魂胆だ。
実にわかりやすい。
貴族の執着を知っていれば、誰だって予想できる回答だ。
だからこそ俺は、堂々とこの言葉を返そう。
「お断りします」
「正気かい?」
「もちろんですよ。元より何を要求されても、断ろうと決めていましたから」
良い要求はあり得ない。
どんな悪い要求だろうと、不利な状況だろうと、俺の回答は最初から決まっていた。
ここへ来たのは、拒否の姿勢を示すためでもあるんだ。
「もう一度聞くが、正気かい?」
「何度でも同じ返答をしますよ。俺は不正なんてしていない。ただ勝負を挑まれて、実力で勝っただけです」
「……そうか。ならば仕方がない」
一瞬で空気がピリ突く。
彼は顔を伏せ、目を閉じ、小さくため息をこぼす。
ほんのわずかな仕草から放たれる殺気に、俺は思わず身構えた。
「私としては非常に不本意だが、実力行使を取らせてもらおう」
「っ――」
男の全身から放たれる魔力。
それはまさに、歴戦の魔術師を思わせる。
サイネル家は代々、優秀な魔術師を何人も輩出している家柄だ。
その当主ともなれば、実力に疑う余地もない。
舐めてかかれる相手じゃないのは明白だ。
俺は腰に携えた黒錠を抜き、空間を斬り裂き穴を明ける。
そこに手を伸ばし、一振りの魔剣を抜く。
「いくぞ、千変」
「それが噂の魔剣だね?」
「――!」
「驚いたふりはよし給え。話はネハンから聞いているよ。どんな状況に対応できる無敵の魔剣だとね」
彼は淡々と説明口調で、無敵の魔剣と口にした。
ならばどうして、そんな風に余裕を見せていられるんだ?
無敵だと本気で思っているなら、勝ち目のない戦いだと理解できるはずだ。
そうでないとすれば、この男……
「だが、事実そんな魔剣が存在するのだろうか? 私はこれでも数十年魔術師として活動している。魔剣に関する知識も豊富だ。どれだけ強力だろうと魔剣の術式は一つだけ。そして強力であるほどに、制限があるものだ」
やっぱりそうか。
この男は気づいている。
いや、予想しているんだ。
「その魔剣、対応できるのは一つの事象に対してだけじゃないのかな?」
左右の壁と天井、さらに床。
四方に術式が展開され、攻撃が放たれる。
炎、風、雷、水、氷……全てが異なる術式を、複数同時に解放した。
「っ――」
「躱すだけかい? その様子だと、私の予想は当たっていたということかな?」
四方から飛び交う攻撃を躱す。
一つの攻撃に対してなら、千変の効果で対応できる。
しかし同時に二つ、それ以上の異なる攻撃に対しては対処が難しい。
正解だよまったく。
千変でも対応できなくはない。
ただしこの状況を打開する能力、形状に変化させるなら、俺自身も巻き込む形になるだろう。
部屋の狭さも悪い方に作用してしまっている。
おそらくそれも計算の内。
とは言え、五種類以上の魔術行使は相当な負担がかかるはず。
だがこの場合は……
「魔力切れを狙っているのであれば無駄だよ? 私は貴族だ。その辺りの劣等人種とは生まれ持った才能が違う。この程度の魔術行使なら一日だって平気だ」
「っ、そうでしょうね」
相手が悪いとしか言えない。
魔術師の才能は遺伝の要因も大きく関係している。
そういう家系に生まれただけで、魔力量の上限は一般人より遥かに高い。
術式に適応がなかった俺でも、魔力量は桁外れに多かった。
それを知っているからこそ、魔力切れは狙えそうにない。
「どうかな? これが本物の魔術師の戦い方だよ。君がいかに強力な魔剣を使おうと、所詮は一つの術式でしかない。そこに自由はない」
攻撃の雨は止まない。
どころか徐々に展開される術式の数が増えている。
攻撃を繰り返すことで処理に慣れ、ほぼ無意識に連続使用しているのか。
千変の能力でなんとか凌いでいた俺だが、次第に追い込まれていく。
ああ、羨ましいな。
圧倒的な手数と対応で相手を追い込む。
力のある魔術師らしいオーソドックスな戦法だ。
俺がどれだけ手を伸ばしても届かない領域。
貴族の実力……いや意地か。
でも、だからこそ――
「挑み打ち破る価値があるんだ」
俺が選んだ道が正しかったと証明するために。
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