第26話 ちょっとした意趣返し
明日乃に手渡したプレゼントは概ね好評のようだった。
料理が得意なのに料理できないなんて、製作者にとって地獄みたいなもんだもんな。
僕も、もしそのような不要な能力をつけられたら溜まったもんじゃない。
だからこそ、彼女のあの力は早いところ封印しておきたかった。
あの子はどうも物事を毒で解決してきた背景があるので、何でもかんでも毒で片付けようとする側面がある。
それはある意味では思考停止だ。
今まで通用したからこそ、それがあればなんとかなると思っている。
周囲がそれをもてはやして彼女にやる気を出させてきた。
それが同時に自分たちを守るための方便だったからだ。もしそんな力が自分たちに向けられたら?
想像したくもない。
それをうっすら感じ取っているからこそ、彼女はその力を恐れていた。
僕はそんな彼女に自分を重ねていたのかもしれない。
生産者であり、毒使い。
それは僕のスタイルと同じだった。
僕は運良くゲームシステムを持ち越してこの世界へ来た。
周囲からの僕を見る目はすこぶる悪意に満ちた物だ。
使えない、ハズレ。
しかしそれはゲーム内でも言われてきたこと。
自分のプレイスタイルを貫く上では、これが一番安定したからだ。
だから僕は平常心を保ち続けられた。
でも彼女にとって、ここは見知らぬ地。
齢なりに前向きな態度には励まされるものがあるが、その能力が彼女を雁字搦めに巻き付けた。
それは、全身凶器と言わんばかりの毒精製能力だ。
自分になんの非が無くとも周囲を傷つけてしまう能力。お仲間を始め、召喚した王国は、きっと彼女を持て余しただろう。
始末しようにも毒は効かず、おもてなし料理は一撃必殺。それが運良く通用した魔王討伐の旅。
彼女にとって、それは苦痛の連続だったはずだ。
だから僕は、僕だけは彼女の理解者としていてあげたい。
弱者代表のスライムを使って、くっついていた未知のモンスターに申告した。
交渉役はライムだったが、それもうまくいった。
もしかしたらこの世界は僕の遊んでいたゲームと少し似通ったところがあるのかもしれない。
死に技能であるフレンドチャットとメッセージ。
試してみる価値はあるか?
そんな風に思いを巡らせていると、丁度、本日の薬草探索隊が集まってきたようだ。
「それじゃあ、アシュ。その子にいろんな耐性を覚えさせてあげることから始めてあげて欲しい。最初の方こそすぐに溶け落ちてしまうが、この子は頑張り屋だ。一度や二度の失敗で諦めないのは君も見てて知っているだろう?」
「はい」
「それに君の猛毒にだって耐えて見せた。だったら他の耐性なんて取るに足らないだろう」
「ですね」
「そしてようこそ日常へ。まだ立ちはだかる壁は多く君の前に現れるだろうが、少しずつ壊していこう。君にならそれができると僕は信じているよ、明日乃」
僕は人生経験の豊富さを武器に彼女に激励を送った。だけど明日乃はその場で泣き崩れてしまい、マリンに肘で脇腹を突かれてしまう。
「あー、リトさんが出発前に女の子泣かせてる~」
「いや、これは違うんだ」
「嬉し涙にしろ、涙は涙ですよ。僕からも彼女に変わって感謝します。ありがとうございます、リトさん」
「私からも言っておくね、ありがとうリトさん」
若者から茶化される。
酷く恥ずかしい思いをしながら、僕は男性陣の前で槍玉にあげられた。
ただでさえ明日乃は可愛いからな。そんな子が僕の言葉で泣いていた。何かあったと勘ぐってしまうのも仕方ない。
周囲からのニヤニヤとした視線を無視し、僕たちは門を抜けて森を目指した。
「待て、そこの者達。街を抜けてどこへ行く?」
そこに居たのは昨日とは違う騎士団の兵士。
しかし情報は伝わっているのだろう、武器を携帯した厳つめのお供が今回は3人くっついてくることになった。
要は脅してなんらかの取得物を奪い取るつもりだろう。
先ほどまで明るかった若者たちの表情が、一気に冷え込む。
だから年長者の僕が表に立って挨拶をした。
◇
薬草採取を終えたら休憩を挟む。
この時騎士団はマリンとリュウを警戒していた。
昨日と同じであれば、最大戦力の二人が出かけた時に事を仕掛けるつもりだろう。
だが、今回は趣向を凝らす。
本日は昨日参加してくれた男性人が多く、効率が昨日より段違いに早く、余力を残していたのだ。
明日乃もお手伝いをしてくれた。
基本的に手を覆っているスライムが膨らみ、それを捕食すると言う形でだが、猛毒を付与せずにいくつか採取して見せた。本人はようやく恩返しができるって喜んでたな。
で、だ。
今回は男性陣も全員参加しての罠の作り方や、狩猟の仕方を教え込む。
リュウやマリンが居なくても、この街の男衆の手だけで仕留められるアイディアを提供する予定だ。
それを僕が見本を見せながら男衆に伝えていく。
基本は弓矢でヘイトを稼ぎ、まっすぐに僕に狙いをつけて突っ込んできたら、真横に飛んで逃げて、後ろに用意しておいた岩と正面衝突してもらう。
上手いこと目を回してもらったら、その間に四肢を縛り、動脈を切って血抜きをする。
吊し上げるのが無理ならば、穴を掘って血の噴出させる勢いを殺さないようにと注釈をつけながら説明をした。
何故かリュウにはジト目で見られたが。
「リトさん、どこが戦力外なんですか? 全然戦えるじゃないですか」
「まぁ、自活程度はな。これが殲滅戦ともなると、僕の能力ではお払い箱だよ」
肩をすくめてやると、リュウはまたそれですかと嘆息する。
彼は根が真面目過ぎるのがいけないな。こういうのはノリで受け流して欲しいものだ。
「それに血抜きの精度も私より手馴れてる」
「この程度はゲーム知識として当然だろ? ああ、ここでも画面の向こうと実際にリアルで体験できるゲーム性の違いが出てくるのか」
それは過去と未来の技術力の違い。
マリンやリュウ、明日乃なんかはパソコンがこの世に登場してから50年も経ってない時代だものな。脳にチップを埋め込まれてる僕たちとは違って、ある意味では自由な暮らしができていたのだとか。
「と、まぁ恐ろしく強い相手も工夫次第で対処できる。前もって準備は必要だが、そこら辺の準備も後で教えよう。まずは誘い役と囮役でチームを組んでやってみようか。囮役は瞬発力が高い人を中心に集めるぞ。誘い役は何か得意としている武器があれば申告してくれ」
僕は男衆達に、安全な狩りの仕組みを教え込んだ。
みんながやる気を出しているのを他所に、近くに寄ってきたリュウへと話題を投げかける。
「で、リュウはソロで行くのか?」
「ええ。しかしあの人達は手を出してきませんね」
チラリと後方を見やる。そこには腕を組んで語り合う騎士団の兵達。何故か苦々しげな表情を浮かべながら会話を繰り広げている。
「どうせ戦えない僕が一人になるのを待っていたんだろう」
「で、その人達に見せつけるようにして実力を披露した?」
「それは考えすぎだろう。それに僕の力はダンジョンアタックの時と何も変わっちゃいない。誘き出しと意識を逸らす事ぐらいだったろ?」
「それでも欲しいところに絶妙なタイミングでくれるのはさすがとしか言いようがないですけどね」
「そこら辺は慣れだ。マリンもきっとお前のことそういう風に見てくれてるぞ? 丁度良いタイミングでヘイトを奪ってくれるって」
そっと話題を変える。僕の話題からリュウへの話題へと。これぞ嫌な上司からの話題を受け流す営業トークの変化系。
「そうですかね?」
「あの子はいいところを見せようとして、敵を抱え込もうとする悪癖がある」
「それはわかります。だからどうしても心配して目で追いかけてしまうんですよね」
「それがいい方向で動いてるだから、何も穿ってみることはないだろう。お陰でこのチームは衝突もなくやっていけてる。ケンジがいた時はあいつを中心に。今はなぜか僕がリーダーってことになってしまっているがな?」
「僕とマリンちゃんにリーダーが出来るとでも?」
リュウよ、そんな自信満々にリーダーは無理ですと言われてもなんの説得力もないんだからな?
案の定、リュウとマリンが出払ってから、僕の元へ騎士団の連中が歩いてきた。
男衆も嫌そうな顔をしている。これからどんなことが起こるのか目に浮かぶようだ。
「おい、貴様! 貴様がこの集団のリーダーか?」
「いいえ。リーダーは別にいます」
「何?」
「騎士様は此度の作戦については上からどれほど情報をもらっていますか?」
いけしゃあしゃあと言う。
この集まりは王命を全うするための集いであり、それを騎士団から聞き入れての作戦実行であると話した。
「では、この集まりは我らが騎士団より求められたモノであり、リーダーは我らの騎士団長様であると、そう言うことか?」
「はい。わたくしどもは作戦実行の為の協力者として引き込まれ、今この場にいます。戦が終わればこの集いは解散し、騎士様も王様より勲章が与えられると聞いています。だからこそ失敗のできない大事な作戦中だと聞いていますが?」
騎士団の連中はそんな情報を聞いているかと話し合っている。
だがこの街に対して勧告した内容と所々一致する為、無碍な扱いをしない方向で話がまとまった。
ゴネ特ゴネ特。
単純な話、この騎士様は僕たちばかりうまそうなものを食っていてずるいぞ。分け前をよこせと働きもしないくせして言いたかったのだ。
だから渡してやる。一番上手いとされる腰肉を一塊で。
但しこれらは小腸や大腸、肛門などが集中する場所であり、しっかり処理せずに焼いて食べると高確率で食中毒を起こす場所でもあった。
僕とマリン、リュウは手入れを行ったあとの鍋を食ったことがあるので、手渡すその時まで悔しそうな顔をしてやった。
案の定、調理のちの字も知らない騎士様は僕たちの見様見真似で塩で味付けしたスープに、どこの部位かもわからずに適当に切りつけた肉を投入し、糞尿を浮かせたスープを食べて食中毒を起こした。
嘔吐と下痢の止まらない騎士様達に、ガルドフの店を教えてやる。
この手の症状はポーションで治るのだが、それを出して後で咎められても困るので、専門店に丸投げした形だ。
そのあとは僕は関わってないのでよくわからないが、ガルドフは懐がいつになく暖まったと感謝の報告を入れてきた。
「で、結局ポーションは売ったのか?」
「ああ。王命に背く事になっても、後で咎められないように三重の契約者を書かせた上で売った。もちろん、仕入れ料金の百倍の金貨5枚でな。お陰でその日から笑いが止まらんよ」
「おお、そりゃよかった。少しは冬を越える蓄えになったか?」
「いやぁ、どうだろうな?」
ガルドフはまだ足りないと言いたげに顎髭を摘んでは伸ばした。それを見咎め、忠告を入れる。
「あまり欲を出しすぎると足を掬われるぞ?」
「堂々と正面から国に啖呵きった奴に心配されてもな?」
「違いない」
どちらが一番つっかかれやすいかは火を見るよりも明らかである。
僕はガルドフの自慢話を聞き終えた後、宿に帰った。
最初こそ一泊だけの料金しか持ち合わせていなかったが、その日以降は気前の良い女将さんに無料で泊めてもらっていた。
まずは戦を乗り越える事。その作戦参謀の身柄を預かれるってのは何よりも名誉な事だよと自慢げに胸を張っていたっけ。
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