第5話 戦術指南

「お前ら、頭を伏せろ!」

「「──ッ」」


 僕の大声に、いち早く反応したのはまだ余裕を残していたケンジだった。

 続いてリュウが身を屈め、マリンは既に踞っている状態なので問題無い。


 番えた矢が、巨大なネズミの目を射貫く。


「ギッ!?」


 矢はストレージから取り出す形なので、連射が可能だ。

 手のひら収まる形で取り出せば、わざわざ矢を補充する手間が消える為である。

 そのまま態勢を立て直し、再び声をかける。


「ケンジは後方待機! リュウは引き続き前衛を頼む!」

「ライトさん、あんた戦えないんじゃ?」

「こんなものじゃ敵は倒せない。せいぜいが時間稼ぎだ。そういう意味で戦えないと言った! だが、一度に流れ込んでくる物量を分散させることくらいはできる。ケンジ、相手が纏一つにまっていれば火力は今より上げられるか?」

「もちろん、でもこうも周りが暗いんじゃ!」

「ならばライトの魔法で周囲を照らせ! あれだけ息巻いていたんだ。まさか魔法の発動はひとつづつしかできませんとは言わないだろうな!?」

「それは……でもダブルキャストは消費MPが多い! 回復の見込みがなけりゃ……」

「僕がなんの職人か忘れたか? ポーションなら蓄えはある。構わずぶっ放せ!」

「おぉおおッ!」


 なりふりかまっていられない状況。

 僕の言葉を真に受けて、ケンジがこのダンジョン内の周囲が見えるほどの光源を作り出す。


 それはまるで真昼であるかの様な光。

 突然の光の本流に暗闇に目が慣れていたネズミたちも立ち止まる。

 数は減った気がしない程、まだ多く蠢いている。


「リュウ、傷は深いか?」

「自然回復でなんとか立ってはいられます」

「敵は見えるな? 堪えられそうか?」

「数で来られるとキツイですが」

「ならば僕が散らしてケンジが減らす」

「それならば、可能です」

「だいたい理解した。このダンジョンは僕たちの能力以上の難易度だ。だが、生き残るぞッ!」

「はい! 防御は任せてください!」

「頼む。僕は身軽さを売りにしてる分防御が無いに等しい。火力はケンジに劣り、スピードもマリン程はない。ないない尽くしの僕だが……」


 少し間を置き、リュウからの言葉を待つ。


「でも、この劣勢を切り開いてくれました!」

「そうだ。適材適所、役割分担をこなせばここは乗り越えられる!」

「はいっ!」


 矢を走らせる。ライムから送られてくる敵視感知で寸分違わずネズミの弱点へ当てていく。

 これらでダメージを取る必要はない。

 注意を逸らし、そしてヘイトをリュウに集中させ過ぎない。それが弓術の真骨頂だ。


 敵を倒すのにとことん向かない、非力な者向けの護身用武装。火力を上げ用と考えれば途端に金食い虫に変わる、いわゆる不人気武器No.1であるが、それゆえに僕はこれが気に入っている。


「おっらぁあ!」


 再び溜めに溜めたケンジの魔法が炸裂した。

 光源を保ってなお威力を上げた火炎魔法。


 本来ならば洞窟で火を焚くのは愚の骨頂だ。

 だがケンジの魔法は空気を消耗しない魔法であるがゆえ連発ができるのが強み。

 だからこそ暴挙とも取れる火炎魔法の続投を命じた。特に火炎魔法はケンジにとっても思い入れが強い魔法。

 せっかくならば得意技で決めたいと言うのは中高生にありがちな心情だ。

 僕もそう言った時期があるので尚更わかる。

 現にそれで仕留めたと分かったケンジの表情には自信が溢れていた。


「ケンジ、頻繁にポーションを飲め。僅かだが自己MP回復力を上げる効果をつけた!」

「流石ライトさん、頼りになる!」

「余裕があればマリンにも手伝ってほしいが……」


 しかし、視線を落とした先には明らかに無理そうなマリンの姿。

 それを見て、ケンジはかぶりを振る。


「いや、ここは俺たちだけでやろうライトさん。か弱い女の子を守ってやるのも男の務めだ」

「言うじゃないか。リュウもやれるか?」

「そこはケンジくんに同意します。僕は僕のやり方で、でしたよね?」

「そうだ。僕たちで乗り越えるぞ!」


 状況は一変した。

 僕がモンスターの注意を逸らし、ケンジが魔法でその数を減らしていく。

 リュウはマリンを守るためにネズミの突撃をものともしない壁として君臨した。


 明らかにここで全滅していたかもしれない戦力差であったにもかかわらず、僕たちはダンジョン1Fに巣食うネズミ型モンスターを全て駆逐して周り、しっかりと休憩をしてから次の階に降りて行った。


 時間にしてダンジョン突入から半日後のことである。

 それほどまでにこのダンジョンは入り組んでおり、そして広大だった。


 ◇


 その頃ダンジョン前の陣では、一人も帰ってこないことに肝を冷やす騎士団長とその部下がいた。


「おい、もう夕刻になるぞ。他の三人はどうでもいいが、ケンジ殿も帰ってこない。まさか全滅したとかではあるまいな?」


 苛立たしげな騎士団長の声。それを遮る形で部下が返す。


「いえ、ケンジ殿に手渡した生命確認の腕輪の反応があります。他の三人はともかくとして、ケンジ殿が御存命であることは確かです」

「そうか、ならば良い。なるべくならば早く終わらせたいものだ。それで、次の階のモンスターはどうなっている?」


 ややソワソワとした声色で騎士団長。

 今回のモンスターも少しやり過ぎだったのでは? と心配していたのだ。

 だが命が無事であると聞いてようやく一息ついた形である。

 次こそは安心していただけますと部下がその心情を慮りながら新しい羊皮紙を広げた。


「こいつです」

「ほう、飛行型モンスターのバットか。だが数こそ多くてもワイルドマウスの二の舞になってしまうのではないか?」

「いいえ、団長。彼らは遠距離武器を所持しておりません。高所からの攻撃に対処できるのは魔法を得意とされるケンジ殿のみ!」

「なるほどな。そこでマリン殿は命を断つと?」

「軽戦士にとって飛行モンスターは天敵です。王はそんな中途半端な戦力よりも、圧倒的火力を御所望でしょう。あの若さと美貌は失うには惜しいですが、私達もまだ命が惜しいですからね。王命に背いてまで救助する必要もないでしょう、彼女は諦めましょう」


 悲観にくれる部下を見やり、騎士団長は鼻を鳴らした。もし上手いこと生き延びて、不要となったら嫁として迎え入れようと企む騎士団長。

 だがそれも王命で有れば仕方がないかと嘆息し、部下の入れた茶で喉を潤した。

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