第17話

【 鮭とかえる 】10

◎ 第10話 お別れ

ふたつのたまごが出会ったのは、山深い小さな川の淵。

ここを故郷に、旅をして成長していった鮭とかえる。

生まれたてのころは、小さな川の淵でさえも、大きな世界でした。

長い長い旅路を経て。

鮭くんとかえるくん、そして鮭ちゃん。

3匹が故郷をめざします。

海につながる大きな川は、上って行くにつれて流れも速く、だんだんと狭く浅くなってきました。

川底も見えるようになると、大きな石もあらわれるようになりました。

目印。

あのブナの木がだんだんと近づいてきました。

いよいよ最後の難関です。

大きな石を飛び移りながら、かえるくんが指示を出します。

「鮭くん、こっちだよ」

それでもざらざらした石や、とがった木の枝が鮭くんと鮭ちゃんの身体を傷つけていきます。

「鮭くん、ここを右だよ」

大きくなった鮭くんと鮭ちゃんが上りやすいほうをかえるくんが判断します。

「鮭くん、ここは急いで」

浅いところでは鮭くんと鮭ちゃんの背びれがまる見えです。

急がないと、またカラスや大きな動物に襲われてしまいそうです。

そしてついに。

大きなブナの木の近く。

ついにふるさとの川の淵に帰ってきました。

旅立ったときと同じ、おだやかな流れのしずかな場所です。

旅立ちはふたり。

今は鮭ちゃんもいっしょ。

3匹で帰ってきました。

「帰ってきたね」

「帰ってきたね」

「良いところね」

「おお、鮭にかえる、帰ってきたか」

川の淵。

岩の上では、旅立ったあの日と変わらずに亀じいさんが待っていてくれました。

「亀じいさん、ただいま」

「おかえり。ふたりとも大人になったなぁ。

鮭はお嫁さんも一緒じゃな。


かえるは鈴をつけているのかい」

亀じいさんに旅のできごとを話します。

ねこのシロのこと。

ねこのキナコのこと。

ねこのシロに鈴をもらったこと。

カラスに襲われたり、釣針に襲われたりしたこと。

からまる網から、にんげんに助けてもらったことなど。

話は尽きません。

鮭くんが過ごした海の話。

かえるくんは、初めて聞くことばかり。

そんな話からは、見たこともない広い海が見えるようです。

かえるくんが過ごした田んぼの話やねこのシロの話。

鮭くんと鮭ちゃんは、初めて聞くことばかり。

ねこのシロの話はとくにおもしろい話でした。

「おもしろいね」

「おもしろいね」

「おもしろいね」

かえるくんを真ん中に、鮭くんと鮭ちゃんの3人でほっぺをすりすり。

そして。

鮭くんとかえるくんと鮭ちゃん。

流れもおだやかな故郷の川の淵で、毎日を楽しく過ごします。

やがて。

鮭くんと鮭ちゃんがしっぽを振って、川底の石を平らにするように。

居心地の良い川底のベットができました。

「かえるくん、もうすぐたまごが産まれるよ」


「たまごが産まれるよ」

そして。

鮭くんと鮭ちゃんが協力してたまごを産みつけました。

まん丸のたまごがたくさん産まれました。

陽の光を浴びて、黄金色に輝くたまごです。

たまごは流れに合わせてゆらゆら揺れています。

「ぼくたちも、こうして生まれてきたんだね」

「そうよ。鮭くんもかえるくんもこうして産まれたのよ」

たまごを産み終えた鮭くんと鮭ちゃん。

みるみるやせてしまいました。

身体の色もなんだか水底の落ち葉のようです。

力を使い果したのです。

ふらふらの鮭くんと鮭ちゃん。

泳ぐのもままならないありさまです。

「かえるくん、そろそろお別れだよ」

すっかり力が弱くなった鮭くんが言いました。

「えっ?どうして!」

「ぼくたち鮭は、たまごを産むまでが生きる使命なんだよ。

そしてたまごを産んだ今、次に生命をつないだんだ。

使命を果たしたと自分たちでわかるんだよ」

鮭くんと鮭ちゃんはお互いにうなづき合います。

「お別れはイヤだよ!」

かえるくんが叫ぶように言いました。

「お別れしたら、ぼくはひとりぼっちになる!」

鮭くんがゆっくりと言いました。

「かえるくんはひとりじゃないよ。

ぼくたちだって会えたんだ。

そして違ういきものだけど、助けあって生きてこれた。

何度も何度も危険なことにもあったけど。

いつも助け合って乗り越えてきたよね。

亀じいさんやキナコさんやシロさんにも会えたし、人間の女の子にだって助けられたよね」


「かえるくんには友だちが、いっぱいできたんだよ」

「かえるくん、きっとまた会えるよ」

鮭くんがかえるくんに近づきました。

かえるくんのほっぺをスリスリ。

「かえるくんに会えてよかった

顔や形が違っても仲間ができるってわかったわ

わたしたちはもうすぐいなくなるけど、たまごをよろしくね」

鮭ちゃんもかえるくんに近づきました。

かえるくんのほっぺをスリスリ。

「かえるくんに会えてよかった」

「かえるくんに会えてよかった」


鮭くんと鮭ちゃんがそろって言いました。

かえるくんを真ん中にして、ほっぺをスリスリ。

かえるくんの目から涙が溢れます。

見えなくなった片目からも流れます。

鮭くんと鮭ちゃんの目からも涙が流れます。

「かえるくんの涙は、塩辛くてちょっぴり甘い海の水のようだよ」

「ほんと!海の水みたい!」

「ふたりの涙も、海の水みたいだよ

でもぼくは海には住めないけど」

ワハハ〜

わはは〜

うふふ

泣き笑いをする3人です。

そして最後に。

鮭くんとかえるくんが同時に言いました。

「また会おうね」

「また会おうね」

「楽しかったね」

「楽しかったね」


「かえるくん、さようなら」

「かえるくん、さようなら」

「鮭くん、さようなら」

「鮭ちゃん、さようなら」

鮭くんと鮭ちゃんは淵を離れて川の流れに身を任せて下っていきます。

「またいつか一緒に旅をしようね」

「またいつか一緒に旅をしようね」

「またいつか一緒に旅をしようね」


かえるくん、さようなら。


鮭くん、さようなら。


またいつか一緒に旅をしようね。


またいつか一緒に旅をしようね。

こうして鮭くんと鮭ちゃんは川の淵を離れて、流れに身をまかせるように川下へと消えていきました。


かえるくんの目から涙が流れ続けます。

見えなくなった目からも涙が流れます。

かえるくんが鳴きます。

高い鈴の音色のような響きが川面にこだまします。

クッカカカカッー

クッカカカカッー

その美しい音色の持ち主は、清流に住む絶滅危惧種のかえる。

カジカガエル(河鹿蛙)。


私たち人間は、かえるくんをこう呼びます。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

ひっそりと閑かな川の淵。

水底には、たくさんのたまごとこれを見守るかえるがいます。

大きなブナの木に、冷たい風が吹きました。

山の上から細かな白い雪も降っているようです。

たまごを見守るかえるくん。

「鮭くん・・・ぼくも眠くなってきたよ・・・」

やがてかえるくんも動かなくなりました。

あたり一面に白い雪が降ります。


すべてが雪に覆われていきます。

川の水も、川に流れ落ちるはずの滝でさえも、その流れ落ちるかたちのままに凍りついていきます。

生き物の姿のない、一面に広がる白い世界になりました。


鮭とかえるの長い長い旅が終わりました。


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