第18話 魔王様、素敵です(1)

 扉が開くと、そこには大きな広間があった。

 重々しい黒曜石こくようせきの壁に、床は黒の大理石だいりせきだ。部屋全体がそう言った暗い色なのに対して、天井にはシャンデリア、入り口から真っ直ぐに、真っ赤なふかふかの絨毯じゅうたんかれている。

 その先にはいくつかの階段があり、その先には玉座に座った魔王がいるのだ。

 黒い長髪に、紫色の角がツインテールのように生えている。破けたのかと思うくらい胸元全開の黒いジャケット風の上着に、スラッとした黒いパンツを履いている。

 街を歩いていたら、バイク乗りか何かと間違えそうなほどの服の質感だ。

 そう考えると、ゲームで描かれた魔王にはこんな質感はなく、姿は全体的に暗い感じだった。

 唯一描かれたイラストと同じなのは、小麦色に焼けた肌に、釣り上がった真っ赤な瞳くらいか。

 肘掛けに偉そうに手をかけながら、私達をニヤニヤとした表情で見ている。

 イラストでは無表情だったはずだ。それなのに目の前に現れたのは、意地悪な小学生男子のようなニヤけた魔王だ。

 なんとなく、ムカついてしまう。


『よく来たな、勇者達よ』

 声もゲームと同じだ。その点は安心感というか……目をつぶれば、想像で補填ほてんできる優しさとでも言っておこう。

「ここで会ったが百年目!!お前を倒して、この国を救ってみせる!!」

 そう言ってモブは盾と小さな片手剣を構えた。

 いつの間に片手剣なんて準備してたんだよとツッコミたくなるが、グッとこらえた。


 どうして小さめの片手剣なのだろうか……包丁サイズなので、盾をフライパン代わりにすればあらびっくり。

 料理対決番組と言われても、誰も気づかないだろう。

 それに、ザ・普通の台詞セリフをモブが言うもんだから、またも死亡フラグでも立ててるのかと思ってしまう。

 こんなドキドキハラハラはいらない。

 最近は俺最強とかそう言う設定が流行はやっているんだし、それ風な台詞でも言ってほしかった。

 あっ、でもそれをモブが言ったら、それこそ死亡フラグか。


 何か勝手に、モブと魔王でペラペラと話をしている。いつになったら戦いに入るのだろうか。

 二人とも井戸端会議が好きなおばちゃんか何かだろうか。

 私はため息をつきながら、辺りを見渡した。

 魔王と言ったら側近の男、ゼフがいるはずなのだ。

 魔王の座る玉座の横に、まるで執事のようにピーンと背筋を伸ばして立っているはずなのだが、姿が見えない。

 ふと、魔王の玉座の後ろに違和感を感じた。

 じっと目をらしてみると、まるで家政婦は見たでもやっているのかと言うくらいしか顔を出さないで、こちらをのぞいているゼフがいた。

 何やらおびえているようだが、どうしたのかと見つめていると目があった。

『ヒッ、ヒィィィッッッ!!!!!!!!』

 ゼフは玉座の後ろに隠れてしまったのだ。

『……ったく、魔王の右腕たる者が恥ずかしい。少しは姿を出したらどうだ』

 ゼフの奇声を聞いた魔王は、モブとの対話をやめてため息をついた。そして、ゼフの方に視線を向けた。


 先ほどの魔物達のよう……いや、それ以上か。怯えに怯えたゼフが姿を現した。

 魔王の隣……ではなく、玉座の後ろの壁に張り付くように立っていた。

 驚いたのは、執事のような綺麗な姿ではなく、頭や腕、足などそこら中を包帯で巻いているのだ。

 よーく見れば顔も傷だらけだし、服も土汚れや破れがあって汚い。

 何があったのかは知らないが、この姿をファンが見たら冷めてしまうのではないだろうか。

 スペアードと同じ知的キャラだというのに、ぶるぶると震えて言葉も上手くしゃべれなさそうだ。

 じっと見ていると、白目を向きそうな顔で大量の汗を流していた。

『……まったく、人間の村でお前に倒されてからこうも怯えてばかりでな』

 魔王がそう言うと、モブの方へ視線を戻した。

『我が妹が戻ったから、人間共と争わないでも良いかと思ったがな。我の右腕をこのような状態にした罪は重いぞ』

「そっそれは……」

 モブが言葉に詰まってしまった。私がいない間に、モブはそんなハードな展開を迎えていたというのだろうか。

 私の方に視線を向けるが、私が知るよしもない。

 ゼフは横に首をぷるぷると振っているが、何の運動をしているのだろうか。

「それは俺じゃない!!……だけど、俺がやったってことでいい!!他の人達には絶対手を出すな!!」

 なんだ、やはりモブがやったわけではないようだ。

 そりゃあそうか。魔物と戦うときは、盾がないと戦えないんだから。

 そんな状態のやつにやられたとしたら、魔王の側近が雑魚ザコとしか言いようがない。

『ふむ、まぁよい。それに戦う理由は、他にもあるからな』

「他……??」

 そう言いながら、魔王はゆっくりと玉座から立ち上がった。

 そして、ゆっくりと階段を下り始めたのだ。

『そうだ。先日、我が調査部隊が村の近隣で、お前達と出食わしてしまってな。攻撃する間もなく消し炭にされたと聞いた』


 そ……れ……は……


「それは俺達の部隊だ……」

 モブは下を向きながら、そうつぶやいた。

 部隊……つまりはリーくん達のことだろうか。

 確か手紙では、魔物が大量発生していたが全滅させたと書かれていたらしい。

 リーくんは魔物に対して嫌悪感を抱いているのは確かだ。

 ゲームでは、中盤辺りから嫌っている傾向があった。ゲームしていた時は突然豹変ひょうへんするリーくんにドキドキしていたが、家族や自分の部隊が魔物に殺されたのなら豹変しても仕方がないだろう。

 だが、そう言う大事な話はしっかりとシナリオに書いておいてほしいものだ。


 しかし、現状はどうだ。

 リーくんは隊長として遠征へ行ったし、モブは死んでもいない。そこまで恨む理由は無さそうなのに、魔物は全滅とは……


 まぁ、もうこの際どうでも良い。

 早くモブと魔王の戦いを見せてもらいたいものだ。

 こんなところで脱線していたら、私の野望がいつになっても実現しないではないか。

 私がモブを後ろからつつくと、モブは振り返って申し訳なさそうな顔をしながらうなずいた。

「魔王……すまない。俺の弟がやっちまったことだ。俺には謝るしかできない」

「えっ⁉モブがお兄さんなの!!⁇」

 私はモブを後ろから勢いよく引っ張り、今言ったことが本当のことなのか問いただした。

 ガクガクと揺れながらも肯定するモブに、私は愕然がくぜんとした。

 モブがお兄さんってことは、私と同い年……もしくは上かも知れないと言うことだ。

 こんなに頭が能天気そうなモブが年上なんて……


『……オホンッ。さぁ、無駄話は以上だ。最後の戦いを始めようじゃないか』

 魔王はそう言うと、モブに目掛けて右手を伸ばした。すると、右手の辺りから深紅の長剣が現れたのだ。

『さぁ、死ぬ準備は良いか⁇』

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