第14話 さらば、ライトよ(1)

「ねぇねぇ、松??」

 営業から戻ってきた頏河明日那はニマニマと笑いながら、私・名川松子に声をかけてきた。

「おかえりー。何??」

 私は左手でキーボードをポチポチと打ちながら、明日那に返事をした。右手は包帯を巻いて固定されている。

「朝から気になっていたんだけど、その手はどうしたのー??」

 朝、手の痛みで起こされた私は、病院へ行った。幸い骨が折れてるとかでは無かったが、神経が傷ついているのかも知れないと医者の先生に言われた。動かして悪化するとよろしくないとのことで、念の為に固定することになった。

 だが、固定してくれた看護師さんは新人……だったのだろう。固定すると息巻いて、右手をぐるぐる巻にされたのだ。

 その為、私の右手は凶器のように固く大きな手に変化したのだ。先生が何か言ってくれるだろうと口に出さなかったら、そのまま華麗なるスルーを受けてしまった。

 そんな状態で会社へ行ったものだから、課長はあごが外れそうな勢いで口を開けて驚いていた。明日那はすれ違いだったので、一瞬だけ見えたのだろう。

「ちょっと……ね」

「まさか、いつもの夢のヤツ??」

 明日那はきっと、私が夢の中で暴れて怪我をしたのだと思っているのだろう。そうではない。

「違うよ。ってか夢じゃないし!!モブが初めて魔物を倒せたって騒いで、ハイタッチを求めてきたのよ」

「ほうほう。じゃあ、モブ君の力がヤバかったってことー??」

 明日那のニヤケは止まらない。きっと、言ったらまた笑い転げるだろうけど、言うしかないか。

「ハイタッチする瞬間に、元の世界に戻ってきたの。そしたら……ハイタッチの相手が……電柱だったのさ」

 その言葉を聞いて、明日那は目を丸くして驚いた。そして、徐々に身体が震え始めて、爆笑し始めたのだ。

「で……電柱!?電柱とハイタッチってあぁた!!……あひゃひゃひゃひゃ!!!!」

 仕事中だと言うのに、お構いなしに爆笑する明日那をジロリとにらみながら、私は資料作成をするためにパソコンをポチポチと押し続けた。

「ごほんっ!!あーっ明日那君、騒ぎたいなら営業にまた行きなさい。名川君、ちょっとこっちへ」

 課長が眉間みけんにシワを寄せながら、明日那をしっしと追い払った。笑い死にそうになりながら、明日那は営業へ行った。

 その姿を見送った後、私は課長の前まで歩いていった。

「カチョー、お呼びでしょうか」

「あぁ。いやー実はな……」

 また課長の長い説教でも始まるのかと思い、私はゆっくりと目を閉じた。昨日までの課長が戻ってくれば良いのになーと願いながら目を開けた。


 そこには、モブがいた。

「わっつ??」

「えっ、……松!!戻ったのか」

 き火をしながら、モブは何かを焼いていた。辺りを見渡すと、真っ暗だ。今回は夜に召喚されたのだろう。

「また飯食ってんのー??」

 そう言うと、モブは笑いながら焼いていた何かの肉の塊を私に差し出した。私はそれを手に取り、口に入れた。噛んだ瞬間、口の中に肉汁が飛び散った。


 これはイケる!!


 そう思った瞬間、雨の日にあぶらぎったおっさんからただよう何とも言えない匂いをした味が、口の中に広がった。

「はわわわわわわっっっ!!⁇」

 今にも吐き出しそうだが、ぐっと抑えて飲み込んだ。もう、次の一口を食べる気はしなかった。

「どぉ⁇不味いっしょ!!」

 そう言いながら、モブは笑っていた。笑いながら、肉の塊を食べているのだ。こんな食べ物を普通に食べれるなんて……モブの口はどうなっているんだと驚かされる。

「いやー、松とは一周日いっしゅうびぶりだね。元気だった⁇」


 一周日、それは私達の世界で言う一週間だ。こちらでは火・水・風・土・木・雷・氷・闇・光で一周日となる。つまり、私は九日もの間、この世界へ飛んできていなかったことになる。

 今まで元の世界と異世界を飛び交うのに、時間が空くことは無かった。もしかしたら、喜びのクリスタルと怒りのクリスタルを手に入れたことによって、時間軸がズレ始めているのだろうか。


「……」

 話したくても、口を動かすと女性主人公失格の映像を披露ひろうしてしまいそうだ。私は必死に目でモブにうったえた。私がいない間、どうだったのか。

「……あぁっ、松がいなくなった後さ、とりあえず怒りのクリスタルを取って王様のところまで行ったんだよ。それで、松が来るまで町で待機してたら、親父が来てさ。王様から早く次に行けって言われて今にいたるわけ」

 そう言いながら、モブはおっさん肉をもぐもぐと食べていた。私はモブの前にある筒状の入れ物を手に取り飲んだ。確か道中でモブが飲んでいたから、飲み物なのは確かだ。

「あぁ……ゆっくり飲めよ。帰るまでもうむ場所ねぇから」

 どうやら、川の水のようだ。また変なものだったら次こそ終わる気がしていた。私はゴクゴクと飲み切ってしまった。空の入れ物をモブに渡すと、モブはあららと言って笑っていた。

「もうじきしたら、日が昇る。そうしたら哀しみのクリスタルを取りに行こう」

「おぉっ、もうそこまで来てるの⁇」

 私は手に持っていた食べかけの肉を、モブの口に突っ込んだ。そして、立ち上がった。

 怒りのクリスタルでは、お城へ行けなかった。次の悲しみのクリスタルでは絶対にお城へ行ってみせると、気合を入れながら。


「……あっ、そいえばライトは⁇」

「あぁ、そこで寝てるだろ⁇」

 モブが指さす方を見ると、まるで芋虫がさなぎになったような姿をしたライトの姿があった。あんなクズいことをやったのだ。主人公もいないんだから、置いて行っても良かったのに……やはりモブは優しいやつだ。


「ってか、その手……どうしたの⁇」

 モブが私の右手を指差すので、私も右手に視線を移動させた。飴玉袋と同じく、強化された私の右手もそのまま異世界召喚されたようだ。

「これは……そう。神に封印されし力を秘めた右手よ」

 そう言って、モブの顔の前に出した。おぉっと言いつつ、モブは私の右手をギュッと掴んだ。

「いったぁぁぁっ!!⁇何っすんの!!⁇」

「やっぱ怪我だよな……どこでやったのさ⁇」

 くっ……わかっているなら握るんじゃないと思いながらも私は右手をさすった。


「んっ……⁇」

 私の奇声で、ライトが目覚めたようだ。目覚めた感じは天使のような少年だ。寝ぼけまなこな状態で、私の顔を見た。

「あれ……まっ、救世主⁇」

「あぁ、おはよう」

 私は冷たい目をしながらライトを見ていたが、ライトは私の顔を見た後、右手に興味を示した。

「えっ……それって……!!⁇」

 ライトはその……ツンデレ要素もあるのだが、この何とも言えない中二要素もあるのだ。見た目に反してヤバいやつだから、マニアックなファンには好かれていた。


 そう、俗に言う同族嫌悪……だから私はライトが嫌いなのだろう。

 モブの冷たい視線が刺さっている気がするが、太陽も出てきたことだ。そろそろ、次のクリスタルを取りに行こうと私は準備を始めた。

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