第19話 ちょっとだけ説明された

 士官学院の寮に入寮してから数日後、俺たちは入学式に参加している。


 他の寮と比べて狭い我が寮なので皆とはそれなりに交流を持つことができたので、いつの間にか俺に決められていた監督生について再度話し合ったのだけど……。


 俺以外の皆には、俺を監督生に推薦する確固たる理由があるらしく全く取り合ってもらえなかった。


 ならば手合わせをとも思ったが、入学式が終わるまで俺たちは正式な士官学院の生徒とは認められないらしく、演習場は借りられないとサリナさんに言われてしまった。


 サリナさんとしても監督生を決めるのが一番揉めると思っていたらしく、スムーズに決まったことを覆す真似はしたくないのだそうだ。


 そんなわけで、俺はただでさえ今までの士官学院にはなかった色の制服と、六人しかいない少人数で目立っているのに、監督生のバッジまで付けてさらに目立ってしまっている。


 剣士科と魔法科の新入生たちからチラチラ……じゃなくガッツリ見られながら入学式に参加している。


「ぷくく、アンタ、目立ってるわよ?」

「うっせーな。ただでさえ目立ってんだから話しかけてくんな」


 俺とは違い、皆の注目を集めていることが気持ちいいのか、アビーは上機嫌で俺に話しかけてきた。


 っていうか、入学式の途中で話しかけてくんな。


 先生に睨まれるだろうが。


 実際、こっちを睨んでる先生がいる気がする。


『……というわけで、今期から加わった新しい学科の生徒諸君も含め、皆が切磋琢磨し己を磨き上げることを期待する』


 学院長はそう言って入学の挨拶を締めくくった。


 っていうか最後、こっちを見ながら話してた。


 ヤバイな、さっそく目を付けられたか?


『それでは、これにて入学式を終了する。このあと教室まで担任が案内するので付いて行くように。そこで今後の指示を受ければ本日は解散だ』


 司会進行の先生がそう言うと、俺たちの前に一人の男性が歩み寄ってきた。


 さっきの説明の通りであればこの人が担任だと思うけど、俺はその人に見覚えがあった。


「よおし、じゃあ俺に付いてこい」


 先生は特に自己紹介することもなく歩き始める。


 俺たちは先生のあとに付いて行くが、歩いている最中にあることに気付いた。


 皆も気付いている様子である。


「あの、すみません」

「ん? なんだ?」


 一応俺が監督生なので、皆を代表して俺が聞いてみた。


「こっち、校舎と違うような気がするんですけど……」


 俺がそう言うと、先生はニヤッと笑って「ほう」と呟いた。


「ちゃんと気付いたか。事前に学院のことは調べていたようだな」

「それはまあ、時間もありましたし。ところで、俺たちはどこに向かってるんですか?」


 俺がそう訊ねると、先生は再び歩き出しながら答えてくれた。


「旧校舎だ」

『え?』


 初めて士官学院に来たとき、その大きさに驚いた建物ではなく、別の方向に進んでいたのでどうしたのかと思っていたが、まさか俺たちの教室が旧校舎にあるとは思いもしなかった。


「え……もしかして、アタシらって落ちこぼれ扱いってことなの?」


 いつも勝気なアビーも、自分たちの教室が旧校舎にあると聞かされて少し不安になったようだ。


 聞いたことないような情けない声を出している。


 そのアビーの言葉を聞いた先生は「フハハハ!」と笑いだした。


「いやいや違う。それはちょっと事情があってな。まあ、教室に着いたら説明するからちょっと我慢しろ」


 先生がそう言うので、仕方なく俺たちは黙って先生のあとに付いて行った。


 そうして辿り着いたのは、ボロくはないが年季の入った建物である旧校舎の教室。


 そこに入ると六つだけ用意されている机があり、どこでも好きな所に座っていいと言われた。


「あ、監督生のお前はここな」


 ただし、俺の席だけは決まっているようで、教壇の真ん前を指定されてしまった。


 まあ、これだけ席数が少なければどこでも一緒かと素直に座る。


 他も、各々好きな席に座ると先生が教壇に立った。


「さて、お前たちと会うのは選抜試験以来だな。覚えてるか?」


 そう、見覚えがあったのは、先生が選抜試験に来ていた見たことのない制服を着ている試験官だったからだ。


「さて、まずは自己紹介と行こうか。俺の名前はネロ。ネロ=アーヴァティンだ。今日からお前たちの担任になる。よろしくな。ああ、お前たちの自己紹介はいい。六人しかいないし同じ寮だから自己紹介は済んでるだろ? 俺もお前たちのことは把握しているからな」


 アーヴァティン先生はそう言うと、黒板に自分の名前を書いた。


「さて、俺は今日から士官学院魔剣士科の教師になったわけだが……本来の俺は学院の教師じゃない」


 突然のアーヴァティン先生の告白に、俺たちの間で動揺が走る。


 教師じゃない? どういうことだろう。


「本来の俺の所属は、王都軍魔剣士隊の隊員だ。ここで教鞭を振るっている教師陣は第一線を退いた元軍人なんだが、俺は現役の軍人だ」


 その言葉に増々混乱が広がる。


「あの、なんで現役の軍人が教師なんてしてるんですか? それに、魔剣士隊って聞いたことないですけど……」


 先生の話を遮ってしまうけれど、とりあえず一回これまでの疑問を解消して欲しかったので、俺は先生に質問した。


 すると先生は、またニヤッとした。


「いい質問だ。まず現役の軍人である俺が教師をする理由だが……魔剣士隊自体が最近できた隊でな、まだ退役軍人がいないんだよ。だから、現役軍人が教師をすることになったんだが、今回の魔剣士科の設立を提言したのが俺を含めた数人だったから俺たちで担当することになった」

「俺『たち』?」

「そう。提言の責任者が俺だから担任になったが、魔剣士科設立を訴えたのは他にもいてな。そいつらと交代でお前らを教えることになってる。他の教師はおいおい紹介するよ」

「はあ……」

「お前たちは、俺たち魔剣士隊待望の新入生だ。他の教師たちもお前たちのことは気にかけているから、心配しなくてもいいぞ」

「待望、ですか?」

「ああ。魔剣士隊の新入隊員は、剣士隊や魔法士隊から引き抜かなきゃならない。しかし、引き抜かれる方の剣士隊や魔法士隊からすればたまったもんじゃない。だから、俺たちは両方から厳しい目で見られてるんだよ」


 人材が他の隊に引き抜かれて行く。


 それは、その隊にとっては面白くないだろう。


 しかし、そうなると疑問が出てくる。


「そんな軍内部に軋轢を生んでまで、なんでそんな隊を組織したんです?」


 俺がそう訊ねると、ネロ先生は一瞬驚いた顔をした後、ニヤッと笑った。


「そこに気が付くとは、さすがは魔剣士科首席だな」


 俺、主席だったんだ。


 でも、六人しかいない科の首席だって言われても、あんまり嬉しくない。


 久々の一位なのに……。


「簡潔に言うと、王命、だな」

『王命!?』


 何気なく聞いた質問だったのに、意外なほど大きな話が出てきた。


 王命とは、国王陛下が『これは絶対に遂行するべき命令である』と王自身の名を持って宣言したもの。


 反抗はおろか、疑問だって持っちゃいけない。


 そんな命令を下してまで魔剣士隊を作ったなんて……。


 マジで、一体なにに巻き込まれてるんだ? 俺たちは……。


「まあ、そんな心配すんなって。これは、お前たちの将来にとっても絶対に意味のあることになる。それに……」


 そこまで言ったネロ先生は、またニヤッと笑った。


「剣士科や魔法科の奴らなんか目じゃねえ出世ができるぜ?」


 その言葉を聞いたとき、脳裏に浮かんだのは幼馴染みであるケインとエマの二人の姿だった。


 二人も、今日入学しているはずである。


 ステラと違って携帯の連絡先を知らないので、卒業してから今日まで全く連絡を取っていない。


 まあ、連絡を取っても話すことがないんだけどな。


 そういえば、ステラとは番号を交換したのに連絡を取っていない。


 こっちも、特に連絡することはないんだけどな。


 それにしても、専業で学んでいるはずの剣士科や魔法科の生徒より出世できるとか……本当なのだろうか?


 ようやく、魔剣士科について聞かされたが、その内容はより一層俺たちの頭を混乱させたのだった。


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