士官学院編
第16話 おじさんの薫陶
俺の乗っているバスが徐々にスピードを落としていく。
座席で眠っていた俺は、身体がその変化を感じ取ったのか目が覚めてしまった。
今俺が乗っているのは、王都行きの街間バス。
街と街の間を運行しているバスで、街中で走っているものより大型だ。
座席は指定席で、長距離の移動を前提にしているので座席がリクライニングするしそのまま眠ることができる。
街と街との距離にもよるが、フェイマス街と王都なら夕方に出て翌早朝に着く。
車中で一泊するので寝ている間に着いているという感覚である。
俺たち乗客はそれでいいが、今俺たちの乗っているバスの周囲を並走している数台の無骨な魔動車はそうはいかない。
並走しているのは、街間バスを護衛してくれている傭兵の車である。
これは、街と街の間に出没する妖魔に対する備えである。
街の中心である領主館には、神族からもたらされたという妖魔避けの魔道具が設置されている。
どういう理屈で妖魔を避けているのか魔工学者にも分からないほどの魔道具らしいが、それがあるお陰で街の中心から半径約十キロ内には妖魔が発生しない。
なので、その魔道具の有効範囲内で人は安全に暮らすことができる。
その魔道具を人族に与えてくれたこともあり、人族は神族を敬っているのだ。
ただまあ、発生しないだけで魔道具の有効範囲外で発生した妖魔が街を襲うことはあるので、そういったことを事前に防ぐために各街に常駐している軍が定期的に街周辺の妖魔を討伐している。
しかし、いくら軍といえども街と街の間まではカバーしきれない。
そのため、街から街へと移動する際は傭兵を雇うのだ。
今回、俺の乗るバスを護衛してくれているのは父さんの友達であるバロックおじさんだ。
俺が王都の士官学院に入学するということで、入学祝いに護衛してくれるとのことだった。
それを聞いたバスの運転手と同乗者から物凄く感謝されてしまった。
というのも、バロックおじさんは超凄腕の傭兵で、王国でも有名な傭兵団を率いており、ぜひ護衛してほしいという依頼が引っ切り無しに来ており、そうそうバロックおじさんの護衛に当たることはないらしい。
妖魔の強さは、一級から十級まであり、一級が一番強い。
一級は軍が総出で対処するが、バロックおじさんは三級くらいまでなら単独で討伐できるらしい。
まさに人外だ。
そんな人が、俺の進学祝いにと護衛についてくれるのだから乗客や乗務員からすれば望外の幸運なんだそうだ。
ちなみに、なぜそんな人が軍に所属していないかというと、軍にはかなり厳しい規律が存在する。
バロックおじさんはそれが性に合わず、傭兵をしているというわけだ。
そんな頼れるバロックおじさんに護衛された俺たちの乗るバスは、途中何度か妖魔が出たらしいが当然のように無傷で王都に到着した。
アメイジス王国王都、アメイジス。
王都に設置されている例の妖魔避けの魔道具は、街に設置されているものより有効範囲が数倍大きいらしい。
なので、俺の住んでいたフェイマス街の何倍も大きく、中央政府と王族が存在している、まさに都だ。
そして、王都に常駐している王都軍は、軍人の中でも優秀な人間で構成されており、アメイジス王国内で最強を誇っている。
というのも、各街は領主による自治が認められているとはいえ、それは中央政府の打ち出した方針に沿ったものに限られる。
中央政府の方針から大きく逸脱……例えば、常駐軍を必要以上に大きくしたり、税金を大幅に上げたりした場合は、中央政府からの監査と是正が入る。
過去にそういったことをして独立を目論んだ街があったのだが、中央政府によって即座に是正……つまり鎮圧された。
各街には妖魔に対抗するために常駐軍がいるので、それが反乱を起こした場合、鎮圧するためにはさらに大きな力が必要というわけである。
なので王都軍は、王国最強である必要があるのだ。
そして、士官学院を卒業し王都軍に配属されれば、人生の勝ち組と言われるほど、権威は絶大なのである。
当然、王都軍も普段は妖魔討伐をしているし、各街の常駐軍で対処できない妖魔が発生した場合は出張することもあるなど、その権威に見合った働きをする必要があるし、それができなければ即異動させられるなど厳しい面もあるらしい。
これから俺が入る士官学院は、その王都軍への最短ルートと言える。
当然厳しい授業が待っているだろう。
俺は、これから始まる厳しくも輝かしい士官学院での生活に胸を躍らせ……ていたんだろうなあ、本当だったら。
「はぁ……」
王都をグルリと囲う城壁の外に設置されたバスターミナル(ちなみに、バスターミナルも壁にグルリと覆われている)に着き、バスを降りた俺は非常に堅牢で大きな王都の城壁を見上げて溜め息を吐いた。
すると、後ろからやってきた人に肩をバン、と叩かれた。
「おいおい、なに辛気臭い顔して溜め息なんか吐いてるんだ? フェリックス。栄えある士官学院の新入生がそんな顔してんじゃねえよ」
肩を叩いてきたのはバロックのおじさんだった。
「ああ、いや。士官学院に受かったのは嬉しいんだよ? でもなあ……」
「例の新設科の話か?」
「そう。機密事項なのか、ウォルター様でも調べられなかったんだよ」
王都軍への最短チケットである王都士官学院への入学を素直に喜べないのは新設科が謎過ぎるからだ。
魔剣士科。
俺は、剣と魔法、あと治癒魔法とを同時に追い求めて落ちこぼれた。
国が同じことをしようとしていると思ったら、憂鬱にしかならない。
折角王都軍への最短チケットを貰って喜んでいたのに、行き先が違うと言われているようなものだ。
そもそも、軍に魔剣士団などというものがあるとは公表されていない。
つまり、士官学院を卒業しても、士官するべき部隊がないということだ。
本来なら輝かしい未来を想像して胸を高鳴らせるところを、不安に胸が押しつぶされそうになってもしょうがないだろ。
「まあ、俺には軍のことは分からんが、エリート校である士官学院のやることだ、なにか考えがあるんだろ。そう心配すんな」
「だといいんだけど……」
「おやまあ、アンタ、士官学院の生徒さんだったのかね?」
バロックおじさんと話をしていると、一緒のバスに乗っていたお爺さんが俺に話しかけてきた。
「あ、ええ。まあ、新入学生なので、正式にはまだですけど……」
「そうかい。最強の傭兵バロックと懇意の士官学院生とは、いやはや将来が楽しみだねえ」
お爺さんはそう言うと「はっはっは」と笑いながら立ち去って行った。
その後ろ姿を見送っていると、バロックおじさんがグッと肩を抱いてきた。
「今のを見たか? 市民は、士官学院生に絶大な信頼を寄せている。それは今までの士官学院の卒業性が市民の信頼を勝ち得てきたからだ。お前はそんな士官学院生の一員になる。そんなお前が不安そうな顔をしていたら、市民たちはどう思う?」
「それは……」
当然、不安になる、だろうな。
「だからよ」
バロックおじさんは、俺の腹をポスっと叩いて言った。
「俯いて自信なさげな顔してねえで、顔をあげて堂々としてろ。それはお前のためでもあるが、士官学院生を見ている市民のためでもあるんだからよ」
そう言って、バロックおじさんはニヤッと不敵に笑った。
そんなバロックおじさんを、俺は驚いた顔で見てしまった。
「ん? どうした?」
「おじさんが格好いいこと言ってる……」
予想外の言葉に驚くと、バロックおじさんはガックリと肩を落とした。
「お前……俺のこと、なんだと思ってたんだよ?」
「え? 父さんと母さんに呑み過ぎだっていつも怒られてるおじさん」
「……否定できねえ」
正直、バロックおじさんの印象はそれしかない。
周りがバロックおじさんを褒め称えても、誰かと間違えてない? って思ってしまう。
「ま、まあ、お前の印象はともかく、俺は傭兵として世間の目に晒されてきたんだ。自分がどういう評価を受けているのかは分かってるつもりだ。だから、俺は周りの期待は裏切らねえ。お前も、周りの期待を裏切らないようにしろよ」
バロックおじさんはそう言うと、俺の頭をグシャグシャと撫でて立ち去って行った。
まだ入学もしてないのに、そんなこと言われてもなあ……。
颯爽と立ち去っていくおじさんを見ながら、俺は溜め息を吐きつつ検問所に向かった。
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